時々言われるッス。
上級検事執務室を与えられた御剣検事が誇らしくて、模様替えや掃除に精を出す自分を見た仲間達に。
たかが検事一人にそんなに尽くしてどういうつもりだって。
有罪の為なら何でもやると噂されている上に、給与査定もしょっちゅうで、良い事なんか無いだろうって。
そりゃ皆知らないッスからね。
ゴマ擦ってる訳じゃなくて、ただそばにいたいからって事。
御剣検事は実際一人で起訴まで持っていけるくらい才能のある人ッスから、肝心の捜査で役に立てる事も滅多に無くて。
それでもそばにいようと思ったら、誰だってそうなるんじゃないッスか。
執務室に戻った検事が、そこにいる自分の顔見て驚いて、難しい顔になってちょっと小言言われて。
その顔のまま紅茶を飲むかと聞かれて、手ずから淹れてくれて、でもその口元にはうっすらだけど微笑みが浮かんでいて。
ほとんど無言のティータイムが始まって。
けど、御剣検事の顔をこっそり見るとその微笑みはまだ浮かんでて。
自分が出会った中で、一番真っ直ぐな人。
曇りの無い目を遠くに向けて、犯した罪の報いを必ず受けさせるって。自分の事みたいに。
きっと自分の事、重ねてるッス。辛い目に遭った自分の事。
事件資料を見たいと言った自分に、寂しい顔で笑って、終わった事だ、って。
終わってなんかない事はとっくに分かってるッス。
地震が起きたら。エレベーター乗る時は。
いつでもそばにいるッスよ。
あんな苦しそうな顔で自分の事探さなくていいように。
あの綺麗な微笑みが、隠れてしまわないように。
誰が何と言おうと、あれは自分だけのものッス。
大した手柄もまだ無いッスけど、男、糸鋸圭介が絶対に守り通さなきゃならないものッスよ。
気づくと彼を目で追っている。
ふと、彼の声が聞きたくなる。
糸鋸刑事が私にくっついていると周りは思っているのだろうが、本当は私が彼を探しているのだ。いつも。
どんなに大したことの無い事件であれ、私はまず糸鋸刑事の事を思う。
大抵彼は私のそばにいて、そして大抵何かやらかしてくれる。
完璧を信条とする私にはあるまじき事なのは承知している。
彼は有能とは言えない。だから時には、何故あの男を直属の様に扱うのか、と嫌味混じりに言われる。
だが私から言わせれば、皆、彼を知らな過ぎるというものだ。
彼の刑事としての適性は高い。
その証拠に彼は、私の泣き所のいくつかを呆気無く見つけてしまい、笑うどころか人にそれを見られぬように心を砕いてくれる。
彼は未だに気づかないだろうが、誰かに心配されたのは初めてだった私は、今ではまるで子供のように彼に甘えている。
彼は今日も変わらず捜査に熱を上げ、そしてどこか見当外れの推理を披露しているだろう。
だが、誰より鋭い刑事だと私は断言出来る。
だから私は、彼が設え、時には掃除までしてくれるこの執務室に、彼が顔を出すのを待っている。
最高のこの紅茶を一人で味わってもつまらないと、もう私は知っている。
私が勝てばキミの笑顔が私を迎えてくれる。
だから私はどんな事をしても有罪を取る。
狩魔の教えではなく自分自身の為に。
証言台のキミが瞳をまるで少年のようにキラキラさせて、私のロジックが被告を、弁護士を屈服させるのを期待する様。
傍聴席の片隅で小躍りして私の勝利を喜んでくれる姿。
それは私だけのものだ。天才と持て囃されそして疎まれる検事、御剣怜侍の。