「すまねッス。こんな時に…」
吹き荒れる風が窓を揺らし、隙間から糸鋸の部屋に吹き込む。
暗闇に白晶油の明かりが揺らぐ。
「いいんだ」
糸鋸の懐の中で御剣が呟く。糸鋸に包まれて、その糸鋸はすっぽり布団をかぶっていて、まるで小さなテントのようだ。
「怖くないッスか?」
「平気だ」
御剣が糸鋸の胸に頬を寄せる。ランタンの柔らかな灯りが睫毛を光らせている。
「キミがいるのだから」
「…」
安心しきって身を委ねる御剣の頭を撫でながら、糸鋸は幸せを噛みしめる。
「今、こうして二人でいる事は、誰も知らないッスね…」
「そう…」
温かい。しなやかな御剣の体。自分が望めば彼はいつでも寄り添ってくれる。誰も知らない彼を自分だけが知っている。
「…私達は遭難してるんだ」
頬を寄せた御剣の耳には、糸鋸の静かな鼓動が届く。一緒に眠る時にはいつも聞けるこの鼓動。
「あの時からもうずっと、誰にも見つからずに」
「隠す事はもう、何もなくなって。思い出すとまだドキドキするッス」
自分の前から逃げようとする御剣を捕まえて、想いを必死に訴えたあの日。
彼は今自分の腰にその手を回していて、あの時の自分の無茶が正当化されていく。
「…けど、時々バレてるような気もしてるッス」
「…キミもか。私もどこか生暖かい目で見守られているように感じる時が」
御剣が顔を上げた。目が合うと二人はどちらからともなく笑い出す。
「…お茶淹れるッス」
御剣はうなずくとランタンを持って暖かなそのテントを出て、糸鋸に手を差し出した。
停電は終わった。部屋に明かりが戻ると二人は空腹に気づく。
風の音は随分遠くなったが、テレビをつけるとまだまだ去ってはいないようだ。
強風の中を買い物してきた材料を手際よくかき混ぜて、いそいそとお好み焼きを焼き出した糸鋸が、鉄板を見て思いついた。
「…いつかキャンプに行ってみないッスか?釣りとかバーベキューとかやりたいッス」
「…不安だ」
「え?」
「本当に遭難するのではないか?」
「あっ、ひどいッス!さっきは自分がいれば平気だって言ってたじゃないッスか」
「さっきはさっきだ」
「うーっ、怜侍クン!カワイクないッス!」
「…そろそろいいのではないか?」
「あっ!ホントッス」
糸鋸はホットプレートの上のお好み焼きを器用にひっくり返し、押し付ける。
楽しそうにソースやマヨネーズを用意する糸鋸に御剣は微笑みかける。
「ひとつ約束してくれたまえ」
「なんスか」
「最初に行く時は、二人だけでお願いする」
「え…?」
糸鋸がソースをかけようとした手を止めた。
「キミと、二人だけで」
「…」
キャンプにバーベキュー。そんな賑やかが似合うイベントにはつい参加者を募る事を考えては御剣に複雑な顔をさせてしまう事を糸鋸は思い出し、頭をかいた。
「二人きり。約束するッス」
「楽しいに決まっている。…キミがいるのだから」
差し出された御剣の小指にそっと自分の小指を絡め、糸鋸は真っ赤になってまた頭をかき、縁の焦げ出したお好み焼きに気付いてマヨネーズでハートを描いて笑った。