「センパイ! イトノコセンパイ!」
「ウソだろ。どうしよう」
「どうしようもないよ、こうなったら皆で担いでとりあえず署に戻るしか」
 盛り上がる部下達を微笑ましく眺めながら呑んでいたはずの糸鋸がイビキをかきだして、センパイ、冗談はやめて下さいよー、と皆が振り返った時には遅かった。座卓に腕を枕にして幸せそうに糸鋸は突っ伏して、揺すっても叩いてみても目を覚まさない。万策尽きて、ついに彼らが諦めた時だった。
「ふム」
「あ!」
「え!?」
「御剣検事殿だ!」
 女将に頭を下げながら小さな座敷に案内されて現れたのは、検事局が誇る天才。かつ、人が好いのが取り柄のこのウッカリ先輩刑事を何故か無二の相棒として数々の難事件を解決してきたあの御剣怜侍その人だった。
「起きたまえ、糸鋸刑事」
「……ハイ……ッス……」
 さっきまで何をしても反応一つ無かった糸鋸が返事をした。何度も現場に現れたあの厳しい検事の、現場を指揮するのと変わらぬ口調に、彼らの酔いは吹き飛び、姿勢が正される。のそっと上がった糸鋸の顔。
「……あー、怜侍クンッスゥー」
 御剣の眉間がひび割れ、部下達は青ざめる。そして厳めしい顔の御剣に、酔っぱらいとは思えない素早さで頬にキスをすると、誰も見た事が無い幸せな笑みを浮かべ、再び突っ伏してイビキをかき始めた。
 御剣の表情は一切変わらない。それが余計に恐ろしく、彼らの顔は青を通り越して白くなった。
「お、おい、どうしよう」
「センパイ、またやっちゃったよ……」
「あの〈お帰りなさい、御剣検事! 祝☆復帰大パーティー!〉の悪夢が……!」
「もうダメだ。オレついて行く人、間違ってたー!」
「キミ達」
「「「ハッ!!」」」
 縮み上がる彼らを意に介さず、御剣の声はあくまで事務的だ。
「表にクルマを停めてある。運ぶのを手伝って欲しい」
「「「了解しましたッ!!」」」
 顔色も変えぬまま、御剣は会計を済ませた。
「私の背に刑事を乗せてくれたまえ」
「そんな、検事殿にはムリです! 自分達が、」
「取り敢えず乗せるだけでいい。そうすれば少しは目も覚めて自分の足で立ってくれるだろう」
 そう言いながら御剣は転がっている糸鋸の靴を迷いもせずに手に取ると、あぐらをかいている糸鋸の足を伸ばし、自分の膝の上に片脚ずつ置いて履かせる。そして立ち上がるとおろおろする新米刑事達に頭を下げた。
「どうかこれからも糸鋸をよろしく頼む」
「そ、そんな! 頭を上げて下さい」
「そうです! オレ達、ノコセンパイにずっとついて行きます!」
「御剣検事殿こそ、どうかセンパイを見捨てないで下さい!」


「けど、どうして検事殿にはここが分かったのですか」
 御剣の言う通り、背負われる格好になった糸鋸は朦朧としながらも何とか立っている。その両脇と後ろを彼らは支え、御剣もろとも糸鋸が崩れ落ちないようにそろそろと誘導した。
「フッ。簡単なロジックだ。昼食の時に、キミ達を労ってやりたいのでここに来ると聞いていた」
「ですが、連絡もないのに」
「むしろそのせいだな。いつもならしょっちゅう入る彼の連絡が無いので様子を見に来たら案の定」
 そっと糸鋸から離れ、肩をすくめて洒落たスポーツカーのドアを開けてシートを倒し、申し訳程度の後部座席に糸鋸を乗せようと御剣は先に乗り込み、手を差し出す。
「済まないが、私の部屋まで糸鋸を運んでもらいたいのだ。もう少し付き合ってくれたまえ」
「ハッ! しかし検事殿、センパイのウチは分かります。そちらへ……検事殿にこれ以上迷惑を掛けたと知ってはセンパイ、きっと後でものスゴく、」
「構わない。むしろいいクスリだ。キミ達も明日の糸鋸刑事を楽しみにしている事だ。きっとまたおごってもらえるだろう」
 御剣の口の端に浮かぶ残酷な笑みに再び刑事達が震え上がった。どうかご無事で、センパイ……! と、誰もが祈った。その時。
「……困ったオトコだな。キミは」
 そっと呟いて、御剣は幸せそうにシートに蹲る糸鋸の頭を一撫でした。伏せられているが温かな眼差し。柔らかな声音。
 呆気にとられている彼らを尻目に御剣は運転席に座ってキーを回した。



「一時はどうなるかと思った」
「怖かったなー」
「どっちかっていうとビックリした」
 大わらわの一夜が終わる頃、彼らは酔い覚ましにとファミリーレストランに寄った。
「にしてもセンパイ、今日の昼メシ御剣検事と一緒だったんだな」
「あ、それ知ってた。捜査の目処が立ったゴホウビに天ぷらゴチソウになったって自慢してた。だからオレ達も今晩呑みに連れてってやるって」
「御剣検事殿は査定を下げた責任は取る人だからって、前にセンパイ言ってたし。そういうとこ、スゴイよね」
「連絡、しょっちゅうしてたんだな」
「そりゃいつでも連絡取れないと仕事にならないから」
「でもオレ達、今日あそこに連れてってもらったの、長丁場終わってご苦労さんって事だろ」
「検事殿達の仕事は自分達が捜査を完璧に終えてから始まる、って前にイトノコセンパイ言ってたから、こっちが終わってもいつも連絡してるんじゃないかなあ」
「飲み会の時とか、ちょこちょこ席外して電話してるだろ。相手の人、彼女さんだと思ってたけど、多分あれも御剣検事殿だな」
「……だよなー。あんな怖い人とよく組めると思ってたけど、さっきのわざわざ来てくれたの見てたら、センパイがついて行くって決めただけの事はあると思ったな」
 先輩刑事が鬼検事に心酔している理由が少し分かった気がして、彼らはコーヒーを啜りながら何度もうなずいた。



「御剣検事殿のお部屋からご出勤ッスか? センパイ」
 昨夜の泥酔が嘘の様に朗らかな顔で出勤してきた糸鋸を、昨夜酒を奢ってやった部下達がニヤニヤしながら出迎えた。
「なッ!? 何故オマエ達がそれを、」
「だって検事殿が酔って潰れたセンパイ迎えに来てくれて、自分達も検事殿のマンションの下まで行ったんですよ?」
「自分達と別れる頃にはセンパイ、ゴキゲンだったじゃないですか」
「な、ナンだとォォォオッ!」
「覚えてないんスか、センパイ……」
「覚えて……無い……!」
「それに検事殿は。今朝は絶対スゴく怒られるってみんな思ってたんですよ? 何も言われなかったんですか」
「何も……むしろ機嫌が良かったぐらいだ。だからいつも通り検事局にお送りしたが」
「センパイ、ウッカリにもほどがありますって。センパイが寝てたの自分の部屋じゃないんですよ? 普通まずその時点で気づくじゃないスか」
「イヤ、それは別にいつもの事で……」
「え?」
 ハッとした顔を隠す様に糸鋸は大慌てで顔の前で大きく手を振る。
「イ、イヤイヤ! 夜を徹して捜査する時などはやむを得ずそうさせて頂く時もある! てっきり昨日もそういう話があったのだと思ってだな、」
「まあ確かに捜査見に来る検事殿は御剣検事くらいですよね」
「そうとも、これがホンモノのデカと最高の検事殿のあるべきカタチだ! 分かったか! お、オマエ達も検事殿達からそんな信頼を受けられるようにッ! ……で、オレは昨日、無様に酔いつぶれて御剣検事に迎えに来てもらった。間違いないな?」
「まあその、そういう事です」
「ではオレはしばらく席を外す! 戻り次第出るぞ。準備を怠るな!」
「ハッ!」
 そう言って糸鋸は携帯片手に刑事課を飛び出して行く。その後を追う部下達の視線。
「……アレ、電話しに行ったんだな、きっと」
「うん」
「相手は御剣検事殿だよな」
「絶対そう。今頃スゴイ勢いでスミマセンって言ってる。多分」
「センパイ、昨夜の事今まで知らなかったんだな」
「御剣検事、昨日の事センパイに何にも言ってなかったんだ……」
「なあ、やっぱり御剣検事殿って、」
 そして三人は顔を見合わせてゴクリと唾を飲み込んだ。
「コワイ人だなぁ……」

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