ソファーに優雅に脚を組み、パイプに慎重に葉を詰める御剣。
そろそろアフタヌーンティーという訳で、キッチンでは糸鋸が奮闘している。
お茶の前に糸鋸を驚かせてみたいと御剣は真剣だ。いつの間にか葉が山盛りになっている事にも気づかないほどに。
(これを押し込んで…詰める、か)
傍らの本を眺め、棒で詰めようとするが、溢れて散らかる。
慌てて落ちた葉をかき集め、今度は指で無理やり押し込んでみた。上手くいったようだ、と御剣は頷く。すれすれまでびっちりと詰まった葉。
もう一度本を見て、パイプをくわえ、マッチの火を近づける。
「ぬおおおおおおおッ!」
床にくずおれ、ぜえぜえと息をつく御剣を嘲笑うかのようにマッチの火が消える。
(吸えない…!)
「怜侍クーン、ハチミツどこに」
そこに糸鋸がニコニコしながら入って来る。だが次の瞬間、倒れている御剣の背中を見つけた彼は血相を変えて駆け寄った。
「…だ、大丈夫ッスか!?自分はここッス!しっかり!」
「心配かけちゃダメッス!」
しょぼくれた御剣の額を糸鋸がコツンと叩く。
「…済まない。紳士のたしなみのつもりが」
「たしなみで倒れてたら世話ないッスよ」
落ちていたパイプを取り、手のひらにとんとん、とたたくとガチガチに固まったタバコの葉のだんごが糸鋸の手に転がり出る。
「決定的な証拠を発見したッス」
苦笑しながらだんごをほぐしてパイプに詰め直し始めた。
やがて、糸鋸のくわえるパイプから静かな煙が立ちのぼった。
「さあ」
糸鋸が微笑んでパイプを差し出すが、御剣は良い薫りを漂わせる糸鋸の口元に見とれている。
「吸わないッス?」
「…キミは似合うな。悔しいが」
「そりゃ自分はこれでも年上ッスから。怜侍クンもそのうち似合うようになるッス」
もう一度パイプをくわえると、糸鋸は煙の輪を吹かしてみせる。
「んー、でも怜侍クンにはパイプよりステッキの方が似合うッスよ、きっと」
「そうだろうか」
「そうッス。自分が捜査終わってこうやってパイプくわえてる横で、怜侍クンがステッキ片手に推理してるッスよ。ハードボイルドッス」
「そうだな…いつか」
糸鋸の描いた未来が眩しくて御剣は目を細めた。
「魔法のステッキがあれば無敵ッス。魔法検事ッス!」
片手をついて糸鋸にもたれていた御剣が崩れる。
「ハードボイルドはどこに行ったのだ…」
「それまではこうやって二人で楽しめばいいッス」
糸鋸が差し出したパイプを受け取って、ほんのりとした温もりを手に包み、御剣はそっと口に近づける。
ふくよかな甘い薫り。
なんだかそれで満足してしまって、御剣は吸わずにまたパイプを糸鋸に返した。
「パイプの似合う刑事に紅茶を淹れて来よう」
糸鋸は首を振って、立ち上がった御剣の腕を掴むとまた座らせる。
「パイプをくわえた刑事の隣にはロジックの冴える検事が必要ッス」
「キミのパンケーキも冷めてしまう」
「今はこっちが欲しいッス」
糸鋸は御剣の肩を抱くと、ゆっくりとくちづけた。御剣の口の中に先程の甘い薫りが広がる。
「…パイプの楽しみ方が、分かった気がする」
「ッス」
頬を染めた御剣の肩を抱いたまま、糸鋸は自分も赤くなってまたパイプを吹かした。