一通りの調査を終え、御剣は冷えた体を温めようと、糸鋸を伴ってうどん屋で休んでいた。
川に落ちてケガをして、ひどい風邪までひいた親友の頼みで、もうすぐ弁護士として法廷に立つ。不思議な気分だった。

「…あの弁護士のためなら帰って来るんスね」
「む?」
「自分だってずっと待ってたッスのに」
食べるのをやめた糸鋸が唇を噛んでいる。
「やっぱりあの時の借りを返すって事ッスか」
「これで返せるとは思っていないが」
「検事を助けるのは自分だとずっと思ってるッスけど…やっぱりいざという時には何にも出来ないッス。信じてもらえなくても無理ないッス」
「糸鋸刑事」
御剣は箸をおくと姿勢を正した。
「むしろキミには助けられてばかりだと思っている。あの時法廷に立ったのは成歩堂でも、私を信じて、周りと軋轢を生んでまで捜査をしてくれたその事実は消えない」
「でも検事は今もずっと研修で、今回の事でもないと帰って来なかったッス。自分は何も…」
「今日もキミは真っ先に駆けつけてくれた。その事が何より私を助けている。私が帰る事をなかなか決断出来なかったのは、そんなキミに随分甘えていたように思っているからだ。これまでの私の意固地なルールにも、キミは何も意見しなかった。だが本当は言いたい事は沢山あったのだろうな」
確かに言いたい事はあった。
どうして置いて行かれるのか。どうして来るなと言うのか。そしてどうしていつまでも帰って来ないのか。
何度となく心の中で叫んだ言葉。
「キミには本当に感謝しているのだ」
悔しさが滲む糸鋸の顔を見て、御剣は一瞬辛そうに眉をひそめた。
「だから、もしキミに何かあれば、私はどんな事をしてもキミを救う」
真っ直ぐな瞳が、糸鋸の、言葉の裏にある御剣への想いをこじ開けてくる。
救って欲しい。今すぐに。自分だけのものになって欲しい。だが。
「もし自分がその…何か人には言えないような事を」
「たとえそれが真実をねじ曲げる事になるとしても、私はキミを救う」
「そんな事させられないッス!」
「ずっと私を信じ、助けてくれた。私にとってのその真実を信じる」
「ハッ…!」
「だから私は戻ろうと思う」
握りしめていた箸が糸鋸の手からぽろりと落ちた。
「本当…ッスか?」
「これからもまた私を助けてくれるだろうか」
口が開いたままの糸鋸。次の瞬間彼の両目から大粒の涙があふれ出した。

そう。今度は私がキミの助けになって見せよう。
キミが求める最高の検事として、力の限り職務を全うしよう。
だからどうか。私をそばに置いて欲しい。

「…さあ、冷めない内に食べたまえ」

目を擦りながらうどんをかきこみ出した糸鋸を眺めながら、御剣は自分も浮かんでくる涙を隠した。





※3、5話から

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