私は捏造に手を染めよう。キミを求めるこの真実を覆い隠し、キミを失う事の無いように。

隠している事がある。検事になってからの自分をずっと見てきたあの刑事に。
自分について行く、と宣言し、その言葉通りたくさんの仕事を一緒にしてきた。

立て続けに自分の過去をほじくり返すような事件が起こった。
その度に糸鋸は何もかも振り捨てて自分のために動いてくれた。
検事と刑事という垣根が保ったバランスは、信じていた仕事に裏切られた今、大きく崩れていた。
その事に誰より心を痛めている糸鋸に心配そうに見つめられると、抱き締められてそして、撫でて欲しくなる。
地震に苦しんだ時にそうしてくれるように。
糸鋸は優しい。御剣がそれを願えば何の疑問もなくそうするだろう。
だがその後、今の自分はきっと言ってしまう。今まで隠してきたものを。そして全てをぶち壊しにするのだ。

あの時、御剣は恋をした。初めて糸鋸の懐で意識を取り戻したあの時に。
気がつくと彼に抱き締められて、大きなその手で頭を撫でられていた。大丈夫ッス。そう耳元で何度も囁かれて。
当たり前のように差し出された温かい腕の中にずっといたいと思ったその時。
自分がずっと検事を守るッス。そう言って糸鋸は頷いた。


どうしているだろう。いつの間にかそう考える自分に御剣は苛々している。
これではなんのために日本を離れたのかわからない。

ベッドに腰掛け、受話器を取り上げては戻す。それを彼はもう何度も繰り返している。
そして結局彼は糸鋸に連絡をする理由を組み立ててしまった。
接続の音に続いて呼び出し音。御剣の心臓が早鐘のように打ち出す。

『検事!』

聞きたくて仕方のなかったその声が御剣の耳に轟く。
『御剣検事ッスね!?大丈夫ッスか!どこにいるッスか!』
「いや、その…大丈夫だ」
御剣が自分でも間抜けだ、と思う返事を返した途端、受話器の向こうの怒鳴り声は嗚咽に変わった。
『ホントに、ホントに良かったッス…検事にもしもの事があったら、自分はもう…うう』
「キミこそ、その…きちんと仕事を」
『何言ってるッス!そんな事してる場合じゃなかったッス!検事の足取りを追うために自分はずっと駆けずり回って、』
「やはりか。そうなるのではないかと今気が付いたのでね。こうして連絡を、」
『無事だったッスね…』
怒号と嗚咽を繰り返す糸鋸に、御剣は受話器を握ったまま頭を下げた。
「済まなかった。本当に」
『もういいッスよ。で、いつ帰って来るッス?』
「う…」
彼の組み立てた言い訳は電話をする理由にとどまっていた。
期待で一杯の糸鋸の声に御剣は慌て、必死であふれそうになる本心を抑えた。
「まだ分からない」
『どうして!』
「時間が欲しいのだ。どうしたらいいのか、わからない。そのせいでキミにもたくさん迷惑を掛けた」
そして、どんどん大きくなるキミへの想いも。その言葉が御剣の頭の中で音を立てて回る。
『迷惑なんて思った事無いッス!自分頑張るッスから。…なら、自分が今すぐそっちに行くッス!』
「駄目だ。キミはそうやって私を放っておいたりはするまい」
『当たり前ッス!自分じゃダメなんスか!?そんなに頼りにならないッスか!』
「そ、そうではない」
糸鋸が力一杯携帯電話を握りしめているのが音になって御剣に届く。その音にまるで絞め上げられるように息苦しくなる。
「これは私が自分の力で向き合わなければいけない。そう思うのだ」
そんな声を出さないでくれ。そう御剣は思った。切羽詰まったその声に、彼の心が折れそうになる。
「どうか分かってくれ。きっと答えを見つけてみせる。いつか必ず戻る」
『…分かったッス』
何かを押し殺したような糸鋸の声。
『けど…約束して欲しい事があるッス』
「なんだろうか」
『自分、毎日電話するッス。必ず出て欲しいッス』
「刑事…」
キミは私のこれからの努力を無にしようというのか。ようやく御剣に苦笑する余裕が生まれた。
『自分、心配でずっと眠れなかったッス。どうしても会えないならそのくらい許して欲しいッス』
「分かった。約束しよう。だが電話はとりあえずこちらからさせてもらう」
『ダメッス!もし連絡がなかったら、自分は今度こそ、』
「海外への通話料金は…」
『あ…』
「少し待っていたまえ。キミからの通話をこちらで払えるようにしておこう」
『は、ハイッス!』
「周りに気付かせないように気を付けて欲しい。私がここにこうしている事はキミしか知らない。他言無用だ」
『了解ッス!』
「ではそろそろ休みたまえ。話せて良かった。感謝している」
『そんな、滅相もないッス。本当に良かったッス』
「ゆっくり休んでくれ」
『おやすみなさいッス!御剣検事。明日、明日電話待ってるッス。約束ッスよ!』
「約束だ。また明日」

御剣は受話器を置いた。頭がまだぼうっとしている。
そのままベッドに倒れ込んだ。
これで良かったのだろうか。そう御剣は自問する。
毎日電話すると糸鋸は言った。それが分かっていて電話したようなものだ。
我慢出来なかった。ここに着いて何時間も経たない。そして今こんなにも幸せになっている。それでも。
私には出来るはずだ。そう、私は…

証拠を捏造しよう。証言を操作しよう。私の中の真実が大切な人を傷つけないように。キミを失う事の無いように。

「キミが好きだ…」

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