リビングのソファ。重厚な革張りのソファには糸鋸が、まるで主の様な風情で背に両腕を大きく広げてもたれ掛かっている。
本来主であるはずの御剣は、広げられた腕にもたれ、ゆったりと撫でられるままになっていた。
そんな二人の目の前で繰り広げられていたのは、時間も空間も飛び越えてそれでも最後には一つになる恋人達のおとぎ話。
エンドクレジットが流れ出し、御剣は余韻の覚めやらぬ糸鋸に振り向いて軽く口づけると、紅茶の用意を始めた。



「もし今タイムマシンがあったら」

ゆっくりと紅茶を味わい、満足気にタバコをくわえた御剣に、糸鋸は火をつけてやる。

「刑事になった頃の自分に会いたいッス」

「会って、それからどうする?」

静かに煙を吐いて抱えた膝の上に顎を載せ、静かに笑う御剣。

「自分に教えるッス。自分はその内御剣検事の事が大好きになるって」

「それから?」

首を傾げて手を伸ばし、御剣は灰を落とす。

「いつか御剣検事には大変な事が起こってどっかに行っちまおうとするッスけど、その時は、絶対に止めなきゃダメって言うッス」

「そう上手くいくかな?」

タバコをくわえた糸鋸に、今度は御剣が火を着けてやった。

「ダメッスかね」

大真面目な糸鋸の顔を横目にした御剣の瞳に揺らめく穏やかな色。

「あの時の私はまともにモノを考える事など出来なかったからな。しかもキミの前から逃げ出したくて仕方なかった」

「そうッスか…」

しょんぼりする糸鋸の肩を御剣は掴み、背中に腕を回して頬を寄せる。

「代わりに今がある」

「だってあんなツラい思い、させたくなかったッス…ん?そうッス」

振り向いた糸鋸の顔が輝く。

「そもそもあんな事件が起きなかったらいいッス!あの時の自分に、裁判所で起きる事件をなんとしてでも止めろって言えば、」

「異議あり」

御剣は意気込む糸鋸を優しく眺める。

「あ、その…」

思い出させるつもりは無かった。無神経な自分に糸鋸は腹を立てたが、御剣の瞳に宿る光は穏やかなまま。苦しむ様子も自分の失言を責める様子も無い。
灰皿を差し出され、糸鋸は我に返って落ちそうになっていたタバコの灰を落とす。

「…もし時を越えて戻って事件を回避出来たなら、父は今でも私の父として、私の目標として在るだろう。そして私はきっと何の疑問も持たずに弁護士となっていた。
そうなるとキミに出会えていたかも定かではなく、会えても敵同士だ。
私は今の私が好きだ。こうしてキミがいつもそばにいてくれる私の事が、そのキミに夢中な、そんな私の事が好きなんだ。
確かに苦しかった。だが、だからこそ今の私がある。何よりあの苦しみは私を検事にし、キミと巡り合わせてくれた」

優雅に瞳を伏せて御剣はタバコを消した。

「もちろんキミが、私と出会わなくても構わないと言うなら仕方ない」

「あー!イヤッス!絶対イヤッス!勘弁して欲しいッス!」

「そうとも。私のこのスペシャルブレンドを味わう事も一生無かったという事だ。そんな残念な事は無いだろう?…おかわりは」

「欲しいッス」

立ち上がった御剣は、腰に腕を回して甘える糸鋸の頭を撫でる。

「マドレーヌもある」



菓子にきらきらする糸鋸の瞳を見た御剣は、いつか聞いたあの忌まわしい事件の頃の糸鋸の話を思い出す。
彼はきっと気づいていない。まさにあの時、二人の道はこの場所に繋がったのだ。
御剣はもう一度糸鋸の頭を抱きしめると、何度立ち止まっても決して裏切らなかったその手を取り、だが今夜はその話はするまい、と頭を垂れた。



※響華さんに吐かされたイトノコさんの秘密ってなんだろう

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