成歩堂法律事務所で、弁護士とその助手が、よく知る人間の相談に乗っていた。
依頼人の名は御剣怜侍。
目の前には見るからにゴージャスなケーキの箱が置かれている。今回の依頼料…もとい、おみやげだ。
湯飲みを並べ終えた真宵がおそるおそる箱を開けて嬌声を上げる。
「成歩堂、何かないだろうか」
糸鋸刑事の誕生日が近い。何か祝ってやりたいのだが。それが御剣の依頼だ。
「なんかご馳走してあげれば?いつもオナカ空かせてるんだから。オマエのせいで」
「ぐっ…!そんな事はない。常日頃から食事は奢っている。査定も上げた」
「オマエの奢りってうどんとかじゃないか。そんなんじゃなくて、もっとこう、華やかなさ、ディナーって感じの」
「ディナー…」
御剣の口元が歪み、彼はそれを隠すように拳を当てる。
「いい考えだろ?心細いならボクたちもついて行くし」
「ダメだよなるほどくん、魂胆バレバレだよ。みつるぎ検事は真剣なのに」
ケーキの効果は絶大だ。今日の真宵は御剣の味方だった。
「いや。いいかも知れない」
「あれ?」
御剣の痛烈な皮肉を覚悟していた成歩堂が拍子抜けして、考え込んでいる御剣を眺める。
「査定を上げた途端、刑事は私にあれこれ差し入れを持って来たり、食事を奢ろうとしたりするようになったのだ。これでは本末転倒だと困っていた。キミたちにも来てもらえばこの人数だ。駄々もこねまい」
「そりゃイトノコさんの給料はオマエ次第なんだからゴキゲンも取るだろ」
「違うと思うよなるほどくん。忘れたの?みつるぎ検事のためならクビになっちゃって平気だった人だよ?」
そうだった。ボクがその話を真宵ちゃんにしたのにすっかり忘れている。
成歩堂はお茶を飲みながらケーキの箱を覗き込んだ。真宵が口を尖らせる。
「とにかくイトノコさん、みつるぎ検事の事大好きだから、どんなお祝いでも感激して号泣すると思うけど」
「だ、大好き…!」
(真宵くん、キミは…?わ、私は信じないぞ!超常の力など!)
成歩堂に勾玉を突きつけられていないかと振り向くと、成歩堂はのんきな顔でケーキを取り出すところだった。
御剣は赤くなる顔をお茶を飲むふりをして隠す。
「ム、真宵くんの言う通り、あのオトコは何をしても喜んでくれると思う。それが私にはこの上もない重圧なのだ」
「何?面倒臭いの?」
ケーキを頬張りながら成歩堂は尋ねる。
「面倒になってきたのは貴様ではないのか」
横では真宵がポカーンと口を開けている。さらっと言ったけど、何をしても喜ぶなんて、めちゃめちゃ愛されてます、と同じ意味じゃない!
「キミなら何が嬉しい、成歩堂」
「そりゃ今月のここの家賃…」
「なるほどくん!」
「あ、キレイなお姉さんとお酒飲める店とかどうかな」
「キミはそういうところに行きたいのか?」
「そういう訳じゃないけど、イトノコ刑事、あんななりだし出会いとかなさそうだし」
「なるほどくん、イトノコさんそういうの興味ないと思う…」
「なんでだよ。オトコならキレイなお姉さんと一緒がイヤな訳ないんだぞ」
「そうかもしれないけど、イトノコさんもう好きな人がいるんだよ、だから」
ほうじ茶を吹き出しそうになった御剣だが、かろうじて踏みとどまった。
(キミはどこまで知っているというのだ真宵くん!…それ以上はッ)
「誰だよイトノコさんの好きな人って」
「だからさっき、」
その時、真宵の周りを禍々しいオーラが取り巻いた。出所はもちろん…。
恐る恐る真宵が御剣を見ると、法廷の何十倍もの眼力を放って御剣が震えている。
「まままままマコちゃん!」
「あ、そうか。…御剣、マコちゃんとデートさせてあげれば?って!?」
「…却下」
「あ、イヤ、そういうのは当人同士の問題ですよね、うん」
御剣の眼力をもろに浴びて成歩堂は崩壊寸前だ。と、突然眼力が消える。
「…いや、おかげでいい事を思いついた」
「え、そう?」
「持つべきものは良き友だ。感謝する」
立ち上がって勝ち誇ったように腕組みをする御剣を見て、ここが法廷ではなかった事にほっとする成歩堂。
「何にするんですか、みつるぎ検事」
「コートにしよう。以前スズキさんからもらったと刑事から見せてもらった覚えがある」
「…えーと」
「ではまた。今日は世話になった。この礼はまた改めて」
颯爽と出て行く御剣を見送った二人は揃ってため息をついた。
「ま、良かったんじゃないかな。一件落着」
「そうかなー。みつるぎ検事の思ってるような事にはならないような気がするんだけど」
「え?」
「ま、いいや。ちょっとおなかすいちゃった。なるほどくん、ゴハンゴハン」
「今ケーキ食べたばかりじゃないか」
「いいからいいから」
糸鋸が真新しいコートを手にくるくる回って喜んでいる。御剣が御用達のテーラーに作らせたそれの会心の出来映えに、御剣自身も満足し、大喜びの糸鋸の反応にまた満足する。
ナポレオン風の大きな襟がポイントの格式とダンディズムに溢れるデザイン。
これだけ大仰なら付き人に間違われて落ち込む姿を見ずに済むだろう。ハードボイルドに一歩前進だ、と微笑ましく眺める御剣。
だが次の瞬間、信じられない言葉が御剣の耳に飛び込んだ。
「感激ッス!これは自分の部屋に永久に展示するッス!」
「ま、待て、それでは意味が無いではないか」
そうだった。スズキさんからもらったというコート。確かに着ていたのではなく見せてもらっただけだ。気づいた御剣が慌てる。
「じゃあ、怜侍クンの法廷デビューの衣装の隣に!」
「だからそれでは意味がッ」
「怜侍クンと付き合って初めてのバースデープレゼント!アイの証!」
「話を聞きたまえ!」
※必死のミッちゃんの説得の後、なんとかコートを着せて食事に連れ出せたはず