上級検事執務室1202号室。主の不在の隙に、美雲は糸鋸の相談を受けていた。
「忍者ナンジャファンのミクモちゃんなら、検事の欲しいもの、分かると思うッス」
「欲しいもの、ねー。お誕生日でしょ?」
その聞き方は、トノサマングッズをプレゼントしようとしてるね、ノコちゃん。悪いけど、ミツルギさん、それはがっかりするんじゃないかな。
美雲が人差し指を口元に当てて考える。
あえてトノサマンで推すとしても、ヒメサマンにプロポーズの回はミツルギさん、ヒメサマン扱いしたら怒るだろうから参考に出来ないし。
どう誘導すればその辺気づくかな、ノコちゃん…
「トノサマン関係でって考えてるんだよね?でも、ミツルギさん大体のものはチェック済みじゃない?」
「う。それなんス」
糸鋸がため息をつく。
「検事の家にはオモチャ部屋があるッス」
「オモチャ部屋?」
「検事は書斎だと言い張るッスけど、あれはどう見ても…」
「中、見てるんだ。さすが相棒だね、ノコちゃん」
「それはありがたいッスが、余計プレッシャーッス。何あげても、絶対あの中から出てきそうな勢いッス」
「あ、そうだ」
美雲がぬすみちゃんを取り出す。
「ちょっとやってみようよ。ギゾクの奥の手!ノコちゃんミツルギさんのデータ、ちょうだい」
「そうッスね…」
当たり障りないところを伝えると美雲はシミュレーションを開始した。目の前に立体映像の御剣が現れる。
ご丁寧に腕を組み、眉間のヒビまでしっかり再現された姿に、糸鋸は手を変え品を変えプレゼントをしてみるが。
「くううっ…検事、さすがッス」
「開かずの金庫だね、まるで」
何をしても立体映像の御剣は、
『それはないだろう、刑事』
としか返さない。
「データ足りないなーやっぱり。ノコちゃん、他に何かミツルギさん喜んだの見た事無い?」
「面目無いッス。後は紅茶とか、チェスとかッスかね」
だが御剣は、そのどれにもかなりのマニアぶりを発揮している。新たに欲しがりそうなものはこれといって思いつかない。他に見た事のある喜んだ顔は…言いにくい。
「でも一つ分かった事があるよ」
「なんスか?」
「ミツルギさん、やっぱりトノサマンはいらないって事」
「けど、あんな部屋出来るくらいハマってるッスよ?」
「忘れたの?バースデープレゼントだよ。ノコちゃんからもらいたいのは違うの」
「自分から…」
糸鋸の頭にブローチやら指輪やらが浮かんでくるが、慌ててそれを否定する。
自分が刑事の中の刑事になるまでは。
糸鋸はぐっと拳を握って頷く。
「今まではどうしてたの?」
「それが、仕事の後でバースデーの話持ち出すと、『そんな事を考える暇があるなら証拠の一つでも余計に見つけたまえ』とか言われて…結局後で一杯奢って終わってたッス」
素直じゃないなーミツルギさん…。けどもうそんなによそよそしくしなくなったみたいだし。頷いた美雲に糸鋸が尋ねる。
「ミクモちゃんだったら忍者ナンジャ以外で何もらったら嬉しいッスか?えー、その…」
「大切な人から?」
「あ!イヤそういうアレでは」
「大切でしょ?ノコちゃんもミツルギさんも私には大切な人だよ?だからきっとミツルギさんもノコちゃんの事、大切に思ってるよ」
美雲の助け船に勢いよく糸鋸が答える。
「そ、そうッス!自分は検事の大切で大好きでイチバンッス!間違いないッス!」
そこまで言ってないよ、ノコちゃん…美雲の口には呆れた笑みが浮かぶ。子供のようにはしゃぐ糸鋸をよそに、気を取り直して美雲は答えた。
「やっぱりそういう気持ちのこもったものがいいな」
「キモチ…」
「同じように大切に思ってくれてるって分かるような。そういうもの」
「うぅ」
糸鋸が頭を抱える。
「具体的にはどんなものッスか」
「やっぱり、」
「キミ達はここで何をしているのだ」
「何ってシミュレーションを…ってうおおおおォォォッス!」
「ミツルギさん!」
いつの間にか開いているドア。そこにもたれて腕を組み、御剣が横目で笑っている。
「検事、いつからソコに!?」
「最初から…」
愕然とする糸鋸と美雲。
「…と言いたいところだが今来たところだ。ぬすみさんを使って何を企んでいるのだね」
御剣の不敵な笑みにほっとする二人。
「あ、あのッスね」
その時美雲の頭に閃きが訪れた。発想を逆転するのだ。
御剣の欲しいものを推理するのではなく、何に興味を示すのか見極める!
「ミツルギさん、お願い!どうしても連れて行って欲しいところがあるんです。この間見つけた雑貨屋さん!オトナな雰囲気の!素敵なカフェもあるの!」
「…!検事!自分も連れて行って欲しいッス!」
美雲の思いつきに感心した糸鋸が調子を合わせる。
「それだけのためにぬすみさんを?大体、私が君達のお願いを断った事などないだろう」
立体映像と同じように腕を組み、とんとんと人差し指を動かすいつもの御剣。
このまま放っておけば真相が明らかになってしまう。
「そ、それは…ほら、ノコちゃん!」
「あー、検事はホラ、忙しい時期ッスから」
「私が今それほどの事件を抱えていない事くらい知っているだろう、刑事。それもキミが頑張ってくれているからだ」
憮然とする御剣にいよいよ糸鋸は戦く。追い詰められた糸鋸の様子に、美雲はぬすみちゃんを作動させる。立体映像の御剣が声を発した。
『そんな事を考える暇があるなら証拠の一つでも余計に見つけたまえ』
「ぐっ…!」
覚えのあるセリフに御剣が焦る。
「…確かに以前は少し行き過ぎもあったが」
顔を赤くしてうつむく御剣に、おろおろする糸鋸。
(怜侍クン…すまねッス)
だがこれも御剣に喜んでもらうためだ。糸鋸が必死に耐える。
「今はそんな事はないッ。すぐに行こう刑事、ミクモくん!」
「良かったー」
「良かったッス」
肩を撫で下ろす二人にまだどこか納得出来ずに御剣はデスクに書類をしまった。
「では車を回す。君達はぬすみさんをさっさとしまってエントランスで待っていたまえ。刑事、戸締まりを頼む」
「はいッス!」
出て行ったのを見計らって、二人は大きく息をついた。
「ミクモちゃん、さすがッス」
「でしょー。あとは向こうでミツルギさんが反応したものを逃さずチェック!」
ぬすみちゃんをしまってにっこりした美雲。
「じゃあ行くよ!ヤタガラス、出動!」
「ッス!」
「怜侍クン!」
「ム?」
「どういう事ッス!」
糸鋸が握りしめていた懐中時計を御剣に突き付けた。
カフェが併設されたショップのショーケースの中にぽつんと置いてあったアラベスク模様の美しい懐中時計に御剣が目を止めたのを、糸鋸の目は見逃さなかった。
美雲の機転のおかげで見つける事が出来たプレゼント。糸鋸の思った通り、スーツの内側から覗く鎖が美しい。御剣もひどく喜んでくれた。
それなのに、開いている蓋の裏には。
「なんでミサイルの写真が入っているッス!」
「大切な人の写真を入れるといいと言ったのはキミではないか」
「ミサイルは人じゃないッス!…ってそうじゃなくて、自分はッ!?」
「言うまでもない」
「ううっ。ならどうして…」
「フッ。とりあえずお茶にしよう。いい茶葉を手に入れた。まずキミと一緒に味わおうと取っておいたものだ」
御剣の言葉も耳に入らず、テーブルに両手をついて落ち込む糸鋸。
裏蓋の仕掛けとその中の写真を知るまであと5分。糸鋸の落胆は続く。
※ぬすみちゃんに発声機能はなかった気がしますがまあ、いいか