「いいところッスねー」
「ああ。本当に」
参道を登る二人。山間にひっそりとある古い神社。
たまには喧騒を忘れたいと、二人は参拝に来ている。
というより、糸鋸が渋る御剣を必死に連れ出したのだ。
御剣としては休みが合う日は互いの部屋でのんびりしたいのが本音だ。
だが糸鋸は二人でどこかに行きたがる。仕事以外で御剣怜侍を連れて歩ける自分、という立場を確認し、そして自慢したくてならないのだ。
オープンカーのルーフを畳んで走るのにちょうどいい陽気。差し込む木漏れ日が美しかった。
平日だからか、本殿まで結構な距離があるからか、参拝客はほとんどいない。
「贅沢だ」
御剣が深呼吸する。湿り気を帯びた緑の香り。
「疲れたッスか?」
「逆だ。キミの言う通りにして良かった」
「…もう少しッス」
糸鋸が手を差し出す。御剣がそっとその手を握ると、二人はまた階段を上り始めた。
参拝を終えた御剣が御守りを品定めしている。
その姿を不思議に思いながらいそいそと近づいた糸鋸が、買ってあげようと手を出すと、御剣はその手を押し留めてさっさと買ってしまった。
しゅんとしている糸鋸に御剣がその御守りを差し出す。
「え?」
「持っていて欲しい。キミが危険な目に遭わぬように」
御剣の真剣な眼差しに、糸鋸は恭しくそれを受け取った。
「…でも意外ッス」
「ム?」
「怜侍クンこういうの、信じてないと思ってたッス」
「そうか」
「ナルホドーを助けた時の勾玉、信じてなかったッスよね?」
「いや。人には見えない錠前が見えたのだ。さすがに見たものは信じている」
「突きつけられた時は焦ったッス。怜侍クンの事、どう思ってるか絶対バレると思って慌ててひったくって飲みこんじまおうとしたッスけど…」
「…そういうことだったか」
勾玉がキャンディに見えるほどの空腹を味わわせたのかと胸が痛んだのを思い出した御剣が、ほっとして笑みを浮かべる。
「それ自体はただのモノだろう。だがそれを選んだ私の願いはホンモノだ。キミがいつも健やかであるように。それを見たら思い出して欲しい。私はいつもキミを案じている」
「ハイ…ッス」
先に立って歩き出した御剣の背中を糸鋸は追いかける。
満ちたりた想いに御守りを握りしめ、内ポケットにそっとしまった。
「あ!ちょっとここで待ってて欲しいッス!」
「圭介?」
張られているロープを軽く飛び越え、崖のようになっている遊歩道の脇を勢いよく滑り下りていく。
捜査の時もあれくらい颯爽としていたら、と御剣は苦笑する。
どうやら目当ては遥か下にひっそり咲いている花のようだ。
たどり着いた糸鋸は、それを摘むと大事そうにくわえてよじ登ってくる。
くわえていたのはヤマユリだ。
大きく息をついて御剣の前に立つと、襟にそのヤマユリを挿した。
「言ったそばから無茶をするな。泥だらけではないか」
払おうとする御剣の手を汚してはいけないと、糸鋸は慌てて止めて自分で払った。
「自分が無茶したのは、あの時泣かせちまった一回きりッス」
思い出して御剣が俯く。なんだかむせてしまいそうなのは、ヤマユリの強い香りなのか、あの時の喜びと苦しみのない交ぜになったキスなのか。
「ヒラヒラでいい匂いがして、怜侍クンにぴったりッスよ」
「ヒラヒラ…」
「ちょっと検事バッジにも似てるッス」
バッジというには大き過ぎる百合だが、糸鋸は満足そうだ。
「“検事・オブ・ザ・自分”ッス!」
その言葉に御剣が顔を上げる。
真っ赤になって自分を見つめている御剣に、どうやら喜んでもらえたらしいと糸鋸は頷く。
「圭介」
「なんスか?」
「携帯電話を貸して欲しい」
「?」
「写真に残しておきたい」
「一緒に撮ってくれるなら貸してもいいッス」
「いや、花だけで…」
「下の鳥居のところに茶店あったッスから、一服してついでに」
「うう…」
糸鋸に笑われてもっと赤くなった御剣が顔をそむけた。
脇に張られたロープに手を掛け、下を覗く。
見下ろすと、糸鋸の取って来たヤマユリの咲く横には、苔むした大木が寄り添うように枝を投げかけている。
「冷えてきたッスね」
知ってか知らずか、糸鋸はコートを脱ぎ、御剣の背に掛けた。
※そしてプリザーブドフラワーにして何とか持たせようとするミッちゃん