お年賀人ごみにもみくちゃにされながらも。なんとか辿り着いた木の葉神社の境内で。
子供は、かじかむ小さな手をひっつけて。
それはもう、任務時もかくや、という程の真剣具合。
ねがいごと
「大体。先生は根性なさすぎなんだってばよ」
吐く息も白くけぶる。明け方までにはまだ少し間のある時分。
繋いだ手の先。
上忍のクセにさー、なんて。ぷ、と頬を膨らませたコに、カカシはあきれ顔で溜め息を
吐いた。
「根性って・・・。おまえね。あんな小銭で一体どれだけ粘るつもりなワケ?」
「それって大人のケガレタ考えだってば。神さまは、金額なんかカンケーねぇもん」
「・・・ったって。限度があるでしょ」
通勤ラッシュもかくや、というごった返し具合の木の葉神社の境内。
列がアルよなナイよな中を、反則(忍術使用)するコトなく辿り着いた賽銭箱の前で
この子供。
背後で順番待ちする人ごみにも臆せず、派手な柏手の後かしこみ続けるコト。
なんと。5分。
おまけに、カカシの優れた同体視力は、ちっさな指先から放られた賽銭が5円硬貨
一枚きりだったコトを見逃してはいなかった。
某社会主義国の衰退期じゃあるまいし。いくらなんでも一分1円じゃ神さまだって
うんざりだ。
「それに。賽銭は5円て昔っから決まってるんだってばよ?」
「・・・もしかして。『御縁がありますように』とか、言う?」
「・・・・・」
どうせイルカあたりの口癖なのだろう。
誤摩化すように、視線を明後日の方に反らし。屋台で買ってやった林檎飴を口に運ぶ
コの手を、カカシはクイ、と引き寄せた。
「うぁっ?」
勢いに負けて背後に傾いだ細い首筋。
仰向いたまろい頬の下方で、食紅に赤く濡れた唇が、声ナク「ナニ」と訴える。
それをニヤリと見下ろして。
カカシは。
「・・・で?」
「は?」
問に、問で応じるという反則技でもって子供を唖然とさせてから。
スキアリ、とばかり。小さな身体を抱き上げた。
「ちょっ、カカシ先生っ!?」
ぎゅっ、と全身を縮込ませるのは、このコが困った時のクセだ。
おどおどと周囲に視線を巡らせながらも、カカシの肩口を掴む手は、力み過ぎて白く
なってしまっている。
唇を汚す、人工的な色素に負けず劣らず鮮やかに染まった頬が表しているのは。寒さ
なのか、照れなのか・・・
ー・・・ま。後者でしょ
「・・・せ、つっっ?」
ナニか言いかけたナルトだったが(多分、「先生降ろして」とか「やめて」とか。
そんなコトだろうが)、覆面越しに頬を掠めた暖かい感触に、呆然と声帯を硬直させた。
人ごみは抜けたと言っても、ココはまだ天下の往来。
ダレに見られているとも知れないのに。
焦るナルトの内面なんか、全部お見通しで。
カカシはしれっと問を重ねる。
「で。おまえはあんなに長時間。ナニをお願いしてたワケ?」
ーう・・・・っっ
ナルトは、一瞬言葉に詰まって。
それから、へろ、と笑って見せた。
「オレの願いごとなんて、決まってるってば!勿論ー・・・」
「『火影になれますように』?新年早々ウソはダメ」
煥発入れずに否定されて。その上嘘つき呼ばわり。
むぅ、と眉を跳ね上げたコの表情なんておかまい無視で、大人はナニが楽しいのニコ
ニコと笑みをより深いモノにする。
「先生っ。オレのコトなのに、なんでウソだなんてわかるワケッ?」
「んー?なんでかは企業秘密。でも」
ウソ、でしょ?
口調はふざけたモノなのに、確信したような、真剣な瞳で囁かれて。
ナルトは更に追い詰められる。
ーウソを見破る忍術なんて、あったけ?
そんなの知らないケド、自分が知らないだけならお手上げだ。
ー腐っても、上忍だし・・・
普段から得体の知れないこの教師。既にナルトの中では『なんでもアリ』な分類を
受けている。
「・・・おまえ、なんか今。すっごい失礼なコト考えなかった・・・?」
「・・・いっ、いててててっっ」
むにー、と片頬を抓られて、涙目になったコに。カカシは、オレにも言えないような
コトなワケ?なんて、意地悪く答えを促した。
ー『火影になれますように』なんてさ
このコが、願うワケがナイ。
うずまきナルトという人間は、自分自身のコトを、神頼みするようなコトはしない。
全て努力で勝ち得て見せると、自分を信じて疑わぬ。
ーそんなおまえが
真剣に。
神様に縋って祈ったコト。
真摯に合わせられた、かじかんだ手指が。ヒドクカカシを切なくさせた。
「・・・ダメだってば・・・」
「ナルト?」
キツクツマミ上げたのは最初だけで。今は慈しむようにそのまろい頬を撫でていた
カカシの手に、小さな紅葉が添えられた。
「ダメ」
数分前までの勢いはどこへやら。
ヒドク小さな声が、言った。
「他のヒトに言ったりしたら。願いごと、叶わなくなっちゃうんだってばよ・・・」
しゅん、と項垂れた子供の表情は、カカシからは推し量るコトはできないのだけれど。
細かに震える金糸が、彼の感情全てを物語っている。
「それに、センセが早くしろって言うから。オレ、全部お願い出来なかった」
「・・・ナルト」
一つだって、譲れない『願いごと』。
全部、叶えてもらわねばならないのに。
ーオレ・・・困るのに・・・
ナルトだとて、神様だの、サンタクロースだの。頭から信じ込んでいる程に、
子供ではない。
大体、赤子の頃から苛酷な現実のみに曝され続けたナルトには、『神頼み』なんて
アマイ言葉は、それこそ無縁で・・・。
・・・だけど。それでも。
新年の。
まだ、初日も昇らぬ。
芯から澄んだ、この空気や。
たくさんの人間が、同時に願をかけるあの瞬間には。
もしかしたら
と、思わせるナニかがあって。
こんな自分の願いでも、叶えてくれるような、ナニかがあるのではナイかと。
そう、思えて。
だから。
「・・・・あ」
声を発したのは、二人同時だった。
「あっ、ごめ・・・っ。先生」
泣くつもりなど、なかった。
泣く必要など、ないのに。
「オレ・・・ッ」
止めようとすればする程、涙は零れ落ちて。
自分と、カカシの指先を濡らしていく。
ナニが哀しいのか、ナルト自身にもよくわからなくて。
感情を持て余して、ぎゅ、と目を閉じたら。自分を包み込んでいる大人の両腕に、
力が込められたのがわかった。
.
胸の中に、閉じ込められるような感覚。
「・・・せ・・」
「大丈夫」
「・・・せん、せ・・?」
「大丈夫だよ、ナルト」
鼻を鳴らしながら、恐る恐るといった風に面を上げたコの。
食紅に赤く濡れた唇が、
『ナニが?』
声なく呟く。
このコは、まるで気付いていないのだ。
先程は、読心術なんて、ありもしない術でも想像したのだろうけれど。
そんなモノ、使う必要もナイ自身のクセ。
ー・・音は、一緒だけどね・・・
カカシが用いたのは、術と言うのも憚られるような、単純な読唇術。
ふくりと豊かな唇は、ナゼだかカカシへの思いに限り、いつだってあからさまなまで
に声なく語る。
混み合う神社の境内。
かじかんだ、真摯に合された両手の向こうで。
何度も。
何度も。
このコが囁いていたのは。
『カカシ先生』
他でもナイ、自身の名前だった。
「神さまなんて、当てにしないの」
「・・・っ?」
唐突な言に、ナニか誤解したらしい子供が、びくり。肩を揺らすから。
小さな背中をポンポンあやしてやって、カカシはそういうコトじゃないよって、
滑らかな額に、自身の額をひっつけて。
「オレに、言いな」
まるで、カカシの方がかしこむように、言った。
5分間の。
このコ曰く、とても5分じゃ足りない程の願いが。
全部、カカシに収束するなら。
「神さまじゃなくて、オレに言いなよ。ナルト」
それなら。
「オレが全部、叶えてやるから・・・」
一瞬。
驚いたように見開かれた対の青玉が。
くしゃりと眇められて、新たな雫を零していく。
既に白みはじめた東の空を一べつすると、カカシは。辛うじて『闇』といえる
空間の中、素早くマスクを引き降ろした。
触れた唇は、暖かく。
履いた紅以上に、甘く。
自分のコトなんて、決して願わない子供の、たくさんの願いは。全てカカシのモノで。
ーもう。どうにかなりそう・・・
思わず涙腺を緩ませた大人の様子には気付かずに。
子供は、戦慄く唇を開いた。
数分前に、無音で捧げた祈りを。今度は、懸命に発音するために。
「・・・せんせ・・・」
「・・・ん?」
「ケガ・・・、しないでってば」
「・・・ウン」
「・・・せんせ」
「ん」
「任務行っても、ちゃんと帰ってきて・・・?」
「ウン・・・ナルト」
「せんせ」
繰り返す子供の願いに、一つ一つ頷きながら。
どうやらこの分なら自分の願いも叶うだろうと、カカシは相好を崩した。
初詣なんて生まれてこの方無縁だった自分が。
今日、このコの隣ではじめて捧げた願。
ナルトが、小さなしゃっくりを一つする合間の。ちらりと止んだ祝詞の間に。
そっと。
「ナルト」
「・・・ん?」
コレだけは叶えてと、滑り込ませる。
「ずっと、そばにいてね」
(終)
今更お年賀もナニもナイのですが(汗)。
お気に召しましたら、どうぞお持ち下さいませ・・・
皆様。今年もどうぞ。よろしくお願いいたします(低頭)!!
我流忍道のモナ様からいただきましたお年賀小説♪
せ、切ないです…(T_T)
だってお年玉もらってる位のお年頃だったらもっと即物的な願い事、しそうじゃないですかっ
でもナルトはそうじゃないの…
きっとそういう風に生きてきたんだなぁとか思うと、おねーさん、涙ほろりヨ。
新年早々モナさまの小説が拉致できて幸せですvvv
すっごく好きです。モナさんの小説。
こないだご対面もできたし♪
うふふ。嬉しいなぁ〜〜
モナ様、ありがとうございました。
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