今日の任務は、わりかし順調だった。
任務中、やたらともう一人の少年に競争心を燃やす教え子。
休憩中、紅一点の少女におやつなんてわけてもらって御機嫌で。
帰り道、ばったり行き会った元担任に、夕食に誘われて舞い上がってた。
・・・どういうワケだか。
カカシはその夜、至極機嫌が悪かった。
月がとてもキレイだったから(Kside)
「あら、カカシじゃないの」
「・・・紅か」
薄暗い店内。
長大なカウンタに響くシェーカーの音。
一人グラスを傾けていたカカシの背中に、夕日紅が声をかけた。
「珍しいわね。一人?」
「そっちこそ」
暗にお互い、普段漏れなく伴っている『連れ』を示唆しあって。
ここで初めてカカシは彼女を振り向いた。
不粋な忍装束のままのカカシに反して、紅は朱色の艶やかなワンピース姿。
案の定。
「あたしはこれから合流するの」
「あそ」
「と言っても相手は全員女の子なんだけどさ・・・。あ、あんたもヒマなら来る?」
カカシはクノイチの間で結構な人気がある。
暗部まで勤めた上忍(高給取り)。内面はともかく、まぁこのルックス。
わりと親しくしている紅は、ことあるごとに、友人達から紹介するようにせがまれて
いる。
「自慢じゃナイけど、あたしの友達は粒ぞろいだよ」
「んー・・・」
『トッカエヒッカエ』とまではいかないまでも、それなりの浮き名を流すこの
男のコト。
喜んでのってくると思ったのだがー・・・
ふ、と。
カカシの隻眼が、カウンタの向こう。
壁のかなり高い位置に、一つだけ穿たれた窓へと向けられ。
そこに浮ぶ真円の天体を写し込むと、なんとも微妙な色彩で眇められた。
ーおや?
微細な表情の変化は、一瞬の出来ごとだったけれど。
ナゼだかとても目を引いてー・・・
「ワルイ。今日はやめとくわ」
言うと同時に、氷りのみを残したグラスがその料金と共にカウンタに戻された。
ひら、と手を翻して店を出ていくその後ろ姿に。
「・・・スキなコでも出来たのかねぇ・・・」
紅の、声が届くコトはなかった。
*
時刻は夜9時。
なんとも手持ちぶたさに、カカシはぶらりと歩を進める。
別段、呑みたかったわけでは無かった。
ただ、家にまっすぐ帰る気になれなかっただけ。
紅の誘いを断わる、明確な理由があったわけでもナイ。
ただ、そんな気分になれなかっただけ。
ースッキリしない・・・
いや、むしろイライラしさえする。
相手不在のイラツキは、全て自分自身に還元される。
普段感じるコトのナイ感覚なんてモノは、大概普段感じるコトのナイ感情が
原因で。
単純に、自身の心理状態を分析してみれば。
面白く、ナイ
なんともシンプル。
ー・・・ナンなんだ・・・?一体
遠く、やけに大きく目に映る月を見つめて、無意識の溜め息。
その間にも、両の脚は休みなく距離を稼ぐ。
結構な時間を、ナニを考えるでもなく歩いて、ふ、と。
「・・・アレ?」
自宅のある方向に背を向けた状態。
この道には、もう当分の間分岐点はナイ。
あと10分も歩いた先にあるのはー・・・・
唐突に。カカシの視線がその高度を下げた。
上空に放たれていたそれを、視覚ではナニも捕らえるコトの出来ない前方。
暗闇に向けて。
街灯の乏しい夜の道を、タッタッタッ、と一定の足音が駆け足のリズムを刻んで
来る。
この里では、滅多に聞くコトのナイ。
否、全くナイ、無警戒な自己主張。
「この・・・、足音」
外界との境界を隔てる深い森。
大木が月明かりの中落とす、闇の中の、更なる闇にカカシが身体全体を浸した、
その時。
闇の切れ目に向けて。
眇められた隻眼は、先程紅の目を引いた時と、同じ色合い。
その、目に受け止められた像は。
「・・・やっぱりおまえか」
世界は。
こんなにも、明るかっただろうか?
いくら夜目が効くといっても。
満月の光に助けられているといっても。
この、目の前の存在の、非常識なまでの色彩はどうだ。
「忍の端くれが、そんな足音立てるんじゃナイよ」
ポカン、と口を開いて、『アホ面』を晒す教え子の姿に。
ドベだねぇ
って、心の中だけで笑って。
カカシは、ゆうるりと彼と同じ世界に立つために、闇から歩を進めた。
「・・・ぁ」
小さく、漏らされた吐息のような声。
まっすぐに、合わせられた視線。
真昼の、最も高みに昇った太陽。
向こう一週間、雨の心配なんかいらないような青空。
そんな、色合いの子供が。
発音する。
「カカシ先生」
「よぉ、ナルト」
心底驚いたって言ってる瞳が、カカシの表情筋を緩ませた。
子供は、いささか大きめのパジャマにサンダルをつっかけただけの姿で。
普段、額当てで無造作にかき上げている髪で、白い額を隠している。
ーあどけない
任務を離れれば、こんなにも幼い、12才の子供。
あの少女にイイトコ見せようなんて気概も。
あの少年への対抗心もナイ今は。
ただの。
本当の。
うずまきナルト、だ。
胸の隅に、ポウ、と。
なんだかよくわからない感覚が点る。
「センセ、こんな時間にこんなトコでナニしてんだってばよ?」
「そりゃこっちの台詞でしょー。ナルトこそこんな時間にこんなトコでどうしたの?」
「え・・・っ?えっと、オレはー・・・」
ズルイ大人の手段で。
単に自分が即答出来なかった質問を、そのまま相手に返しただけだというのに。
珍しく言い淀んでいる子供の仕種に、わけのわからない『ほのぼの感覚』は、
やはりわけのわからない『焦燥感』にとってかわる。
視線をあわあわと泳がせているナルトを、いささか低めた声でこちらに引き戻して、
「どっか、行くの?それとも」
ダレかに会いに行く、とか?
まるで、尋問。
まさかおまえ、また『イルカ先生に会いに』なんて言うんじゃナイだろうね
思わず舌打ちをして、カカシははっとする。
幸い、ナゼだか知らないがコレ以上ナイ程に焦っているらしいナルトは、そんな
カカシの様子には気付いていない。
ーどうか、している
ホントに。今日の自分はどうかしている。
原因不明のいらつきや、激しすぎる感情の起伏。
こんな子供を、問い詰めるようなまねをして・・・。
八つ当たり?
いや。
そうじゃ、ナイ。
元々、この感情はー・・・
「ち、チガウってば。オレってば、ナンカ眠れなくってさっ。散歩!」
「・・・散歩?」
そうっ!て、明らかにナニかを誤摩化している子供の額に、手を伸ばす。
「パジャマで・・・?」
シャツの、上から二つ目までのボタンを外しているから、子供の首筋から鎖骨まで、
白い皮膚が月光に鮮やか。
湿った。
まだ、雫の滴りそうな髪束を、くすぐって。
ー・・・っっ
見上げてくる丸い大きな瞳に、胸骨の奥で、臓器が大きく震えた。
無意識に、口端が持ち上がる。
「髪、濡れてるね」
「・・・あ」
余裕の口調とは裏腹に、どんどん加速していく鼓動。
仕事で培われた冷静さを演じる仮面をフル活用しつつ、ナルトには偶然としか
思えないような仕種で滑らかな皮膚に自分の皮膚を触れさせる。
指の間で、水に解けてしまいそうな金糸の感触。
気分が、イイ。
髪に、神経が通っていなくてよかった。
こんな風に、触れているのを感じたら。
このコに、バレてしまう。
ーバレる・・・?
ああ・・・、そうか
「あ、あのさあのさ」
「・・・ナニ?」
自分の思考に、朧げだがはっきりとした輪郭が見え初めてきたその時。
かなりぞんざいな手付きで、ナルトがカカシの手をグイ、と押しやった。
再び、戻ってきた負の方の感覚。
色んなイミで幼い子供に、大人の複雑な感情なんて、読み取れるハズもなくて
・・・。
「センセッ。センセは?どっか行くのかってばよ?」
「・・・・・・・・・」
・・・読み取れる、ハズもナイのに。
時々このコは、妙に物事の核心を突く。
一瞬の、間。
カカシの視線が、ナルトの頭部を掠めて、ナニもナイハズの空に流れた。
「・・・あー。・・・もう、済んだよ」
不機嫌の理由。
不機嫌が、去る理由。
そんなモノは、事象の境界で出会った、目の前のちっぽけな子供一人に
収束されているのは明らかで。
ーおまえ、オレに言わせようとしてるんじゃナイだろうね・・・
「そーなの?」
「そ。ナルトは?まだ眠くなんない?」
「全然っ!!」
ナルトは、カカシのちょっと邪な読みなんて、ドコ吹く風といった様子だ。
ナニをそんなに力んでいるんだか、カカシの質問に思いきりよく頷いて見せて。
「・・・わっ」
「・・・っと。ナニやってんだか・・・」
勢いあまってよろめいたトコロを、思わず抱きとめる。
ーあー・・・
両の手に、すっぽりと納まる細い肩。
先程まで、誤摩化すみたいにして触れていた額が、シャツごしに、ぴったり
と腹筋あたりに押し当てられる。
ーまさか、誘ってるんじゃナイよな・・・。コイツ
頼りない項が、月光に眩しくて。
思わず食い入るように見つめていると。
ふ、と。
唐突なまでの動作で子供が視線を引き上げた。
ホントに。
「・・・・キレイだね、ナルト」
鮮烈で、清冽な。
二つの青から反らせるようにして、上空に移動させた視界。
そこにはやっぱり、薄く金を帯びた天体が待ち構えていて、ドコまでも逃げ切
れない。
「・・・ウン」
密やかな、同意。
そっと、しがみついてくる小さな手の感触。
どこまでも
ホントに
キレイな・・・・
カカシが、今ココにいる。
理由なんて、今では思いあたるコトだらけだ。
例えば、今日はこのコと挨拶以外。
まともに会話をしていなかった、とか。
そのクセ、やたらと他の人間とは馴れ合っていた、とか。
とてつもなく最悪だった気分の理由なんて。
家に帰りたくなかった理由なんて。
美味しい誘いを断わった理由なんて。
金をまき散らす
キレイな月を追う理由なんて
そんなもの。
「・・・ハラ」
「え?」
「ハラへんない?おまえ」
「・・・え?ぇ、ウン」
どうにも離れ難くて。
けれどこのコをつなぎ止める口実なんて、他に思い付かなくて。
「ラーメン、食いに行こっか」
ついさっき、このコがとったばかりであろう献立を餌にする。
ダメモト。
なんとも情けないコトだ。
けれど、差し出した掌には。
「・・・行くっっ!!」
逡巡なく飛びついてくる、大物。
思わず、逃がさぬようにと小さな手を握り締める。
イルカとは、別のモノを食べたのだろうか?
それとも、続けて食べてもイイ程に、ラーメンがスキなのか?
それともー・・・・?
ーまぁ、イイ
少々複雑な感情のまま。
二人並んで、月夜の道を行く。
ただ。
月がキレイだったから。
とてもキレイだったから。
おまえに会いたいと、思ったんだ。
認めるから。
このキモチにつける名前は、もう少しだけ。
先送りにさせておいて?
・・・ただ。
おまえに会いたいと 思ったんだ・・・・
・・・・一ヶ月以上もかけておいてこの出来か・・・。
というカンジですね。とほ。
煮ても焼いても食えないシロモノではございますが、ナルトバージョン同様、どうぞ
如何様にもしてやって下さいませ。
こんなモノですが、お暇潰しにでもして頂けたら幸いでございます。
皆様。こげな拙い企画にのって下さって、ありがとうございました!
ナルトサイドのお話をお持ち帰りしたらなんともれなくカカシサイドがついてくるという、ふとっぱらな企画!
どうしてもこっちのお話も読みたくって強奪したあげく、リンクまでお願いしてしまいました。
あぁぁ〜やっぱりモナさまの書くカカナルは胸にじ〜んときちゃいますv
もう何回、読み返したことか〜〜
モナ様、ありがとうございました<m(__)m>
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