強い日差しの中、日向をズンズン歩くナルトを横目で見て、カカシはつい苦笑を漏らした。
カカシはと言えば、こんな暑い日にわざわざ暑い目に遭うような趣味はないので、いくらか涼しい日陰を選んで歩いている。
だから、汗をダラダラ流しながらも日光を浴びるナルトの気が知れない。
しかも先程から何度も暑いと言っては不快げに額に滲む汗を拭っているのだ。
それでも日陰に入ろうとしないナルトは我慢強いというレベルを超えている気がする。
そんなに暑いのなら我慢しないで日陰に入ればいい。
そう思ったカカシは、それをそのままナルトに伝えた。
しかしナルトは、カカシの提案に至極簡単に否を唱えた。
「日向も日陰も同じ外なんだから暑いのは同じだってばよ。全く、大人の言う事ってば意味わからん!」
息も荒くナルトが言った言葉の方がカカシにはわからない。
日向よりも日陰の方がずっと涼しいのは分かり切った事。
知らずに日向を歩くのは無知な子供だからなのだろうか。
カカシは自分の子供時代を思い返してみる。
自分も日陰が涼しい事を知らなかっただろうかと。
しかし、いくら考えてみてもそんな事実は見当たらなかった。
現在のカカシの捻れた性格と歪んだ知識は昔から変わっていない。
ナルトの年の頃には、既に現在のカカシの基礎はできあがっていたから。
客観的に見てマセガキだったカカシ。
無邪気としか言いようのないナルト。
両極端の二人を比べてはいけないかも知れない。
だが、他の子供と比べてもナルト無知な方だろう。
カカシは一応教師で、ナルトはその生徒。
ここは教師としての責務を果たすべきだろうか。
夏の光を反射して輝く金髪を眺めながらカカシは考えた。
余りの暑さのせいで、ナルトの歩みは段々覚束無くなってきて。
物を言う気力もなくなったらしく、俯いたまま口を開かない。
そろそろ何とかしないと日射病になってしまうかも知れない。
だからカカシはフラフラと歩くナルトに手を伸ばした。
結局、手が届く直前で躊躇してしまったのだが。
カカシは考えてしまった。
自分がナルトの手を掴んで良いものなのか。
本当に良いのだろうか。
影に引きずり込んでしまって。
教えて良いのだろうか。
闇の方が光よりも心地良い事。
こんなに光の中が似合っている子供なのに。
こんなに眩しく輝いている子供なのに。
わざわざ汚す必要があるのだろうか。
自分の思考が最初の問題からかけ離れている事。
それに気付いていながらも考える事を止められなかった。
ナルトとの事を無意識のうちにカカシはいつも考えていたから。
カカシは知っている。
自分には光が似合わない事。
ナルトには闇が似合わない事。
このままで良いのだろうか。
ナルトに近づいて良いのか。
ナルトの傍にいて良いのか。
ナルトに相応しくない自分が。
あんなに長い間闇の中に潜んでいた自分が。
あんなに多くの血を流した自分が。
今更光の中に戻る事が出来るのだろうか。
まるで太陽に憧れる夜行性の獣。
カカシは多分ナルトに惹かれている。
この感情をなんと呼ぶのかはわからない。
それでもカカシは誰よりもナルトの傍にいたい。
だがナルトを自分の場所に引きずる事は出来ない。
カカシがナルトの場所に戻る事もやはり出来ない。
どうにもならないジレンマに、感情を持て余してカカシが溜息を吐いた時。
先程までぐったりしていたナルトが、突然節をつけて唄うように呟いた。
「あ〜つい、あつ〜い、あつい〜、あ〜つ〜い〜♪」
余りの暑さに少々ハイになっているようだ。
へらへらと笑いながらナルトは歩き続ける。
夢見るような青い瞳にカカシは目を細めた。
太陽を直に見た時のように眩しかったから。
影の中からナルトを見ているから。
だから眩しく見えるのかも知れない。
そう考えると少しだけ心が軽くなった。
影の中を歩くカカシ。
光の中を歩くナルト。
曖昧な境界線を隔て相対する。
生きる場所が異なる二人。
同じ場所にはいられないけれど。
それでも近くにいる事は出来るから。
だから、今はこれで良いかとカカシは思う。
暑さに耐えきれずその場にうずくまったナルト。
小さく呻く言葉は先程から変わらず「暑い」の一言。
熱を持った髪をクシャリとかき混ぜてカカシは言った。
「かき氷、奢ってあげよーか」
カカシの言葉に弾かれたように顔を上げたナルト。
そこには逃げ場すら奪うような鮮やかな笑顔があった。
それを見た瞬間、カカシの心臓は一度だけ大きく脈打った。
ナルトに追いつめられた気がしたカカシはそっと目を閉じて。
何かが起こりそうな甘い予感に、込み上げる笑いをかみ殺した。
二人の関係が変わるかも知れない。
今の穏やかな関係が崩れるかも知れない。
そんな、緊張の夏。
2001.07.30