初御空
小さなテーブルの上。
ペタンと頬をつけて、ナルトは小さな唇から溜息をひとつ。
「初日の出、一緒に見ようねって言ったのになぁ・・・」
チラリと窓の外を見やれば、もう真夜中過ぎだというのに外は仄かに雪明かりで明るい。
昨夜から降り始めた雪の所為で、木ノ葉の里は一面の白。
雪明かりが一人きりのナルトの部屋をも照らす。
それが余計に孤独を際立たせるような気がして、ナルトは窓から目を逸らした。
この場にいるはずの恋人がいないのは、突然入った任務の為。
ごめんな、と何度もナルトの頭を撫でて、恋人は昨日の明け方に出かけていった。
『オレってば、へーき!』
仕方が無いことだとわかっていたから、ナルトはそれを笑って見送った。
―行かないで。
そう言いたかったけれど。
ナルトとて、忍の端くれ。
なにより任務が大事なのはわかっている。
(それでも、やっぱり淋しいってばよ・・・)
一緒に初日の出を見よう。
そう言い出したのはナルトだった。
去年は、姫初めだ何だと、結局昼過ぎまで強制的にベッドの中で、初日の出なんて見られる状況ではなかった。
だから、今年こそはカカシと一緒に初日の出を見るのだとはりきっていたナルトは、しっかりカカシの任務が31日から1日にかけて、入っていないことを確かめた上で、カカシにオネダリを決行した。
「センセー、一緒に初日の出、見に行こうってばよ!」
「えぇ〜・・・先生、寒いのヤ」
相変わらずイチャパラを読みながら、ソファに寝転がるカカシは、事も無げにナルトのオネダリを却下した。
「・・・いっぱい服着ていけば寒くないってばよ!」
寝転がるカカシの腹の上に乗って、ねぇねぇとナルトは諦めない。
「わざわざ外行って寒い思いするよりさ、一緒にベッドであったかくなるコトを・・・」
そう言いながら、カカシの空いた手が細い腰を撫でる。
ヒクンとナルトの腰が跳ねた。
もともと寒がりなカカシは、温かい部屋の中で可愛い恋人をめいっぱい可愛がって, もっと温かくなる方が絶対イイ、と思っていた。
だから、そうそう簡単にはナルトのオネダリを了承することは出来ない。
「それじゃ、去年と同じだってばよ!去年はオレがセンセーの言うこと聞いたじゃん!」
去年のコトを思い出して頬を染めながらも、ナルトは諦めなかった。
腰を這い回る不埒な手をパチンと叩き落とす。
「今年はぜーったい!初日の出だってばよ!」
なかなか、首を縦に振らなかったカカシ。
しかし、結局、感極まったナルトがポロリと零した涙が決め手になって、『初日の出を見に行こう計画』は決行されることになったのだが・・・。
「もう、寝よ・・・」
カタン、と音を立てて、ナルトは椅子から降り立った。
予定ではカカシは明日の、正確には既に日が変わっているので今日だが、昼までは帰って来ないはず。
時計を見やれば、午前2時前。
諦めきれなくて、こんな時間まで起きていたのだけれど、お子様のナルトには、もう眠気を堪えることも、ひとりで孤独に耐えることも、難しかった。
ひとりでいること。
つい一年ほど前までは平気だったことが、もう平気では無くなっていることに、ナルトはまたちいさく溜息を吐いた。
ベッドの片隅に転がるカカシ人形。
本物のカカシに比べたら、随分と不細工なその人形を胸に抱きしめて、ナルトは布団の中に潜り込んだ。
「寒・・・」
布団の中は冷え切っていて、ナルトはきゅうっとカカシ人形を抱きしめたまま、丸まった。
どんなに抱きしめてもカカシ人形は、カカシのように温かさをくれはしない。
「カカシせんせぇ・・・」
寒いのは嫌いだと公言して憚らないカカシ。
任務だというのに寒がっていないだろうかと、頭の片隅で思いながら、ナルトはきつく瞳を閉じた。
* * *
「・・・・ルト・・・ナルト・・・」
耳元で囁く声に、ナルトは眠りの縁からゆっくりと浮かび上がる。
まだ薄暗い部屋の中。
それでもやはり、雪明かりで仄かに部屋の中は明るい。
うっすらと瞳を開ければ、覆い被さるように覗き込む、片方だけの紫紺の瞳。
「え・・・カカシ・・・せんせぇ・・・・」
雪明かりに照らされたのは、ここには居ないはずの恋人の姿。
驚いたナルトは、ベッドの中で何度も瞳を瞬いた。
「遅くなってゴメンな」
あまりにも初日の出を一緒に見に行きたいと思っていた所為で、自分は幻覚を見ているのだろうか、都合のよい夢を見ているのだろうか。
そう思って、ナルトは何度も何度も目を擦ったが、目の前のカカシは消えてなくならない。
「ナルト?夢だと思ってんの?」
何度も目を擦るナルトの様子に、カカシは苦笑して。
傍に居ることを証明するように、ゆっくりとナルトの頬に触れた。
冷たい指先が、確かにカカシがここに居ることを教えてくれる。
「センセー・・・任務終わったの・・・?」
微笑むカカシの表情に、隠し切れない疲労の跡を見て取って、ナルトは切なくなる。
自分との約束の為に急いで任務を終わらせて来てくれたのだろう。
だから。
―謝らないで欲しい。
「もうすぐ夜明けだから」
ナルトの気持ちを読み取ったカカシは、急いで支度をするようにナルトを急かした。
まだ、しっかりと目の覚めていないナルトは、覚束ない手付きで服を身に付け、カカシに上着を着せられると、手袋とマフラー付きの完全防備で、早々に外に連れ出される。
外に出た途端、ふるりと躰が震えた。
まだ雪は降り続いている。
いくら子供とは言え、寝起きの低い体温では夜明け間近の外気は堪えた。
「寒い?」
見ればカカシは、いつもの忍び服のまま。
ナルトは急いでふるふると首を振った。
こんなカカシの前で寒いなんて言えない。
「急ぐから」
言うなり、カカシはナルトを抱き上げた。
「ひゃあ!」
突然の事に驚くナルトを尻目に、カカシは抱え上げたナルトの体を走りやすいように横抱きにする。
夜明け間近の空は、東の空が心なしか明るくなって来ていた。
ナルトと一緒に走るよりも、ナルトを抱き上げて自分が走った方が早いと、カカシは判断したのだ。
「舌噛むなよ」
ナルトの腕がしっかりと首筋に回されたのを確認して。
カカシは雪の中を全速力で走り出した。
「ほら、滑るなよ」
そう言って、カカシは抱き上げていたナルトを岩の上に降ろした。
カカシがナルトを連れて来たのは、歴代火影の顔岩のさらに後ろ。
遮るものの何も無い切り立った岸壁の上は、雪に覆われた地平線の彼方まで見通せた。
「子供じゃ・・・っうわ!」
子供じゃない、と言い返そうとしたナルトだったが、薄く雪を被った岩の上は思った以上に滑りやすい。
降り立った途端、足元の危うさにナルトはカカシの腰にしがみついた。
「おいで」
そんなナルトの様子に苦笑して、カカシは足元の雪を軽く払うと、ナルトを支えながら腰を降ろした。
座った足の間にナルトを座らせて、ほわほわの頭の上に顎を乗せる。
ナルトが着ているコートのファーがカカシの首元をくすぐった。
抱きしめれば、コート越しでも伝わる高い子供の体温。
それが酷く愛おしい。
「ナルトはあったかいねぇ」
「センセー、寒いの?」
「ナルトがいれば寒くないよ」
そう言って、カカシが抱きしめる腕を強くすれば、ナルトは回されたカカシの腕に自分の手を絡めて、肩越しに振り返る。
「せんせ」
「ん?」
「おかえりなさいだってば」
まだ言ってなかったから、そう言ってニシシとナルトが笑う。
『おかえりなさい』
ナルトにそう言ってもらって初めて、カカシは帰って来たことを実感できた。
限界まで能力を駆使して、とにかく任務を早く終わらせることだけを考えて。
チャクラの無駄遣いも何のその。
ナルトとした約束を果たせるように、それだけを考えて。
忍としては失格の考え方かもしれない。
任務よりも私事を優先させるなんて。
それでも、任務に出かける前のナルトの笑顔が悲しそうで。
ナルトとした約束だけは守りたい。
その気持ちだけで任務を終わらせて来た。
おかげで、任務自体は大したモノではなかったのにも関わらず、いつもの数倍、体力もチャクラも消耗している。
馬鹿だなぁ、と思う。
けれど、そんな自分が嫌ではないとカカシは思う。
大切な大切な。
たったひとりの恋人の為に、馬鹿になれる自分が誇らしい。
「ただいま」
肩越しに振り返ったナルトに、覆い被さるようにして口づけをひとつ。
「んぅ・・・」
寒さでほんのり紅くなった頬を、掌で包み込んで、ゆっくりと唇を食む。
はふ、と可愛い吐息が洩れても、カカシはナルトの唇を解放しようとはしない。
ちゅくっと吸い上げた舌が甘い。
ナルトの頬が羞恥と息苦しさで、真っ赤に染まる頃。
カカシの目の端を、一筋の光の線が走る。
これまでか、とカカシがようやく唇を離せば、一筋だった光は瞬く間に光の束となる。
「ナルト、ほら・・・」
あく、と濡れた唇で必死に空気を吸い込んだナルトは、カカシに促されて地平線を見やる。
「うわぁ・・・」
地平線まで連なる白。
いつのまにか雪は止んでいた。
雪で覆われた木々が白いオブジェとなって、地平線まで続く。
徐々に明るくなる空。
夜明けの濃紺と、降り積もった雪の白。
その組み合わせが、えもいわれず、美しい。
朝日が顔を出すにつれ、太陽の光を反射して雪がまばゆく輝いた。
「きれーだってばよ・・・」
「うん」
「キラキラしてる・・・」
「うん」
生れたばかりの太陽の光を受けて、ナルトもまた、まばゆく輝く。
カカシは、思わず瞳を細めた。
それは、太陽を反射した雪の所為だったのか、目の前で輝く金色の子供の所為だったのか。
何処からか吹いて来た風が、金色の柔らかな髪を巻き上げて、いつもは額当てで隠れている白い額を露わにした。
金色の産毛が、太陽を含んで柔らかい色を零す。
任務中は額当てを外さないナルトの、この白い額を目にすることが出来るのは、プライベートを一緒に過ごす者だけの特権。
―この白い額に口づけたい。
「せんせぇ」
カカシが唇を落とす前に、ナルトがタイミングよく見上げてきて、カカシは逆に口づけるタイミングを逃す。
「ん?」
「カカシセンセーも、キラキラだってば」
「へ?」
「カカシセンセーもね、キラキラしてるんだってばよ」
そう言って、ナルトはカカシの前髪を軽く引っ張った。
太陽を反射した雪の光が、さらにカカシの銀髪を照らすのが、綺麗。
覆い被さるようにナルトを抱きしめるカカシの前髪が、キラキラ、ナルトを照らす。
―おひさまがふたつ、あるみたい。
ナルトの前にあるおひさまと、後にあるおひさま。
どちらもナルトに優しい。
けれど、違うところがひとつ。
前にあるおひさまは、他の誰とも変わらない平等な愛を。
後にあるおひさまは、ナルトだけにたくさんの愛を。
くれる。
「カカシセンセー、だぁいすき」
満面の笑顔。
すっかり明るくなった空の下で見れば、ますます愛らしさを増して。
カカシは笑みを象った唇を、そのまま真下にある白い額に押し付けた。
くすぐったそうにナルトが笑う。
「明けましておめでとう」
「明けましておめでとうだってば」
―今年もずっと一緒にいられますように。
「家帰ったら、大好きな先生と姫初めしような〜」
「・・・・・・・・いいかげんそこから離れて欲しいってばよ・・・」
どうしても姫初めに拘りたいらしいカカシを、ナルトが宥めることが出来たかどうかは、不明である。
end
あけましておめでとうございます!
サイトを開設してから二度目の正月を迎えることが出来ました。
更新も遅い駄目サイトですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
なお、この小説は持ち帰り可ですので、こんなもんですがよろしかったらどうぞ。
持ち帰りの際にはBBSかメールにてお知らせください。
ちなみにタイトルの「初御空」は「はつみそら」と読みます。
元旦の空を表わし、特に天を崇めた言葉らしいです。
可南子ちゃんからいただいたお年賀小説♪
カカシがナルトを大事に思っているのが凄く伝わってきて心がほわわんと温まりますvvvvv
「はつみそら」という言葉は初めて知りました。最初「はつごくう??どーゆーイミ???」とか思った私は
今年もおばかさん。
可南子ちゃん、ありがとうございました。
今年もよろしくね!
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