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01. エルリック兄弟
『天才・国家錬金術師』 『魂の錬成』 『禁忌を犯した少年達』 『鋼の義肢、鋼の鎧』 『賢者の石』 『類無き兄弟愛』 「……」 かたん、と握っていた筈のペンがデスクの上に落ちる。それは更に、白い書類の上に血のような飛沫を残した。あぁ、もう。という無言のため息を聞く。はっとして顔を上げても、そこにはホークアイは存在していなかった。 「あーもう! 何してんだよ、ロイ大佐」 「あぁ、鋼のか」 「鋼のかって……一体どうしたんだよ?」 「別に。少し疲れて、ぼうっとしただけだ」 「……本当にそうか? そんな風にはみえねぇけど」 ソファから立ち上がり、億劫そうにエドは私のデスクまで歩いてきた。手、離して。そうぶっきらぼうに呟くと、ぱん!と両手をたたき合わせ、汚された書類をまっさらに戻してみせる。 「はい、終了。さっさとサイン書け」 「ああ……」 「しっかし助かったと思ったのは、早とちりなのかぁ?」 彼の呟きには、答えを返さず。私は依頼されたその報告書に、確認のサインをすらりと書き足した。もう一つ、はホークアイのものだ。これで必要なサインはそろった。彼はいくつかの申請をして、必要書類を持ち出しまた旅に出るのだろう。 「早とちりとは? どういう意味だ」 手渡しながら笑うと、エドは書類をぴらりとつまんだまま手を頭の後ろで組んだ。 「べぇつに〜。俺が一生懸命報告してんのに、全く聞いておられないので〜。こっちは急いでるのに全然使えねぇのかな〜っと」 「君の報告は、ほとんどアルフォンス君のことばかりじゃないか」 「! そ、そんなことねぇっ!」 大人でもあしらえる癖に、そこは彼の弱点だ。いや、弱点を隠しきれない所は子供なのだろう。弾かれたように体を震わせ、彼はそっぽをむいた。自分でも、否定しきれていないのだ。 「時々話が横道にずれる。報告というものとしては、不完全だよエドワード・エルリック。私だからいいものの」 「あんた以外だったらどーだって?」 「注意されるだろうね」 きぃ、と椅子をまわしてゆったりと腰かける。と、彼は私の言葉に安心したのか急に警戒心を解いた。ふんっと笑う。 「なんだ、注意ぐらいかよ」 君の弟への執着は度を超しているよ、と。喉から言葉が零れかけた。彼の安心したその微笑みが、尚そうしたいという欲求を促す。彼らの犯した罪が、彼らを結びつけているという事実は間違いないだろう。だが、それだけは愛し合えない。 魂の錬成を成し遂げる程には、求め合えない。 そこにあるのは、兄弟愛なのだろうか。ふん、と自嘲した。馬鹿な事を考えている。今日の自分は、確かに使えないだろう。 (気持ちだけで錬成が為せるのなら、錬金術とはなんと容易い手段なんだ) そんなことは出来ない。彼は、それを為せるだけの実力の持ち主なのだ。ただ、それだけだ。 (どうして、今日はそんなことを考えるのだろう) 一瞬、気を抜く程に。 「罰を受けるならともかく。そんなん怖くて生きていけるかっての」 けらけら、と。義肢の手をひらひらさせながら彼はくるりと背中を向けた。 ずきり、と、した。 小さなその背中に。ぼろぼろのコートを着て。いつもなら、他愛なく見送る背中。なのに、今日の私は変だ。頭を軽く降る。靄のかかったような思考を、振り払うように。 (……惹かれてる) ヤツの、何かに。 それが思慕なら分かる。そうじゃないのだ……どうしたという? (これは、憧憬だ) 十五歳の少年に――――けれど、生粋の天才錬金術師に。 禁忌を犯した、愚かな子供。そうとも、結局は分別なく『母親』を思い求めて挫折した者ではないか。焼け付くような、衝動的な感情を抱くなどどうかしている。 この感覚は覚えている。心が殺されていく時の前触れ。あのイシュヴァールの内乱の時、よく陥った発作の……。 世界が、褪せるような。 がしゃん、がしゃん、と遠くから足音が近づいてくる。弟のアルフォンスだろう。 「鋼の」 「ん?」 振り返らない鋼の錬金術師に、私は小さく呟いた。 「お前の世界は、綺麗か」 「……世界が?」 「そう、お前の」 失ってばかりの、お前の。 声にしなかった言葉を、彼は理解しただろう。怪訝そうに彼は肩ごしに振り返りつつ扉を開く。ふぁさ、と吹き込んだ風に髪が揺れた。 「醜くて、酷い世界だと、思うよ。でも、好きだ」 好きだ。と。呟かれた唇が――――そのまま、愛おしげにアル、と声を紡いだ。 大佐は?そんな風に、尋ねられることもなく。ぱたん、と閉じた扉。 失って尚、世界を好きだと言えない自分を知るのは、もう少し後のこと。 わけわかめ……初鋼ノベル。 04/01/01 by 珠々 |