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03. 鋼の錬金術師
『スペードの8……さ、フルハウス☆ 僕の勝ちだね、兄さん』 列車の軋む音に重なるように、ぎしぎしと僕の体が鳴った。僕の名前は、アルフォンス・エルリック……。錬金術師だ。今、『賢者の石』を求めて、たったひとりの兄さん――――エドワード・エルリック――――と一緒に旅をしている途中なの。 「うぇー! また俺の負けかー!! ちっくしょー」 僕の前の席で、一人がっくりと肩を落としている少年……それが僕の兄さん。事情を簡単に述べてしまえば、僕の方が背が大きい……何しろ、僕の体は二メートルはある大きな鎧だから。でも中身は空っぽ……僕は魂だけの存在なんだ。兄さんの右腕を犠牲にして、この世に引き戻して貰った……。その所為で、兄さんの右腕には機械鎧(オートメイル)が付けられている。また左足も、同じように……こっちは、母さんの体を戻そうとした時に失ったものだ。 僕たちは、数年前に大好きだった母さんを取り戻そうと、錬金術で禁じられていた『人体錬成』をした。その錬成はもちろん失敗して、僕たちはその禁忌の代償として僕は体の全部。兄さんは左足を失った。 僕たちは、元の姿に戻る為に伝説の『賢者の石』を求めて旅をしている。 あらゆる可能性を求めて、使えるものは使うと決めて――――兄さんは、『軍の狗』と罵られることを覚悟し『国家錬金術師』になった。至上最年少だそうだ。軍から与えられた二つ名は『鋼の錬金術師』。小さな体に似合わぬ、厳ついその右腕からきっと由来しているんだと思う。本当のことを言うのなら、僕も『国家錬金術師』になるつもりだった。兄さん一人を、辛い目にあわせたいものか。もちろん試験は受けた。けれど、僕は途中で辞退したのだ。 「うー! 次だ次ぃ!」 『はいはい』 トランプを混ぜながら、僕は今でもあの時のことを思い出すと辛くなる……とため息を付いた。兄さんには、きっと”呆れている時のため息”だと思わせる為に巧妙に隠しつつ。 さっきも言ったけど、僕の体はからっぽだ。『国家錬金術師』になる為の試験には、もちろん『身体検査』がある。僕がいったら、禁忌を犯した罪人だと一発でばれてしまうだろう。だから辞退せざるをえなかった。あの時ほど、自分の鎧の体を恨めしく思ったことはない。 ……でも本音を言うと、僕は元の体に戻らなくてもいいんじゃないかって思ってる。……そりゃ、戻れるのなら戻りたいけれど。 だって、元の体に戻ったら……。 (兄さんのこと、守れなくなっちゃうもんなぁ) 悔しくて仕方なかったある日。僕は僕の体の利点に気づいた。僕は、肉体がない代わりに痛いとか、苦しいとか、熱いとか……そういう『感覚』が一切ないんだ。疲れも全くない。力は以前の倍以上だし、食事はもちろん、睡眠だって必要ない。 いざとなったら、兄さんの盾になれる。 嬉しかった。何より、兄さんの態度の変化が何より嬉しかった。以前の僕は、どうしたって兄さんより体が小さいから……いつだって守ってくれるのは兄さん。どんなこともまず先にやって、そして僕を導いてくれた。出来る限り、僕に辛いことをさせないようにと。そんな風に守ってくれた。気づかなかったけれど、僕にはそれが歯痒かったのだ。この姿になる前の、心の奥にずっとあったもやもやはこれだった。 今は違う。兄さんは、僕のことを頼りがいのある相棒だって、思ってくれている。 そりゃ、錬金術に関しては劣っているかも知れないけれど。(イズミ師匠や、兄さんみたいに両手で錬成は出来ないものなぁ)元の体に戻りたい――――そういう欲求がないとは言わない。けれど、僕は何より兄さんを早く、元の体に戻して上げたい。 雨の日や、曇りの日。時折兄さんが、足や右腕の接続部分を無意識にさすっていることを僕は知ってる。ウィンリィに聞いたら、どんなに完璧に神経が繋がっていたとしても、微妙な気圧の変化に敏感に反応してしまうんだと教えられた。これからどんなに機械鎧(オートメイル)が進化したとしても、かなり軽減されるだけで、その人間の『感覚』はなくならないんじゃないかと。 機械鎧(オートメイル)は、義手や義肢よりも高い分使い勝手がいい。ちゃんと一本一本神経をつなぎ合わせて行くから、自分の思うように動かせる。でもそれはやっぱり鎧だから、とても重いし体に負担をかける。成長途中の兄さんの体には、かなりの影響がでているんじゃないかな。 (僕は、それが嫌だ) シャッフルをし終えて、僕と兄さんそれぞれの手元にカードを振り分ける。トランプをめくり、よしよしと頷く兄さんの面差しを見つめて僕はうつむく。 『鋼の錬金術師』と、兄さんが呼ばれるたびにずきりとそう思う。兄さんを蝕む言葉だと思う。罪は、決して兄さんだけが背負うものじゃない。僕だって一緒なのに、兄さんは自ら頭(こうべ)をたれるように罪の前に跪く。罪という名の現実に。現実という名の『僕』に。 ”神なんか存在しない。あるとすれば、それは自然の法則だけだ” これが兄さんの口癖で。 そうだね、僕は優しく繰り返す。 兄さんが好きだ。優しい兄さん。強くて、でもとても脆い兄さん。 兄さんがそうして、罪の前から動こうとしないのなら。僕もそうしよう。もう一つ、許されざる罪を持つ僕だから。誰よりも大切な、たった一人の兄さんだから。 (兄さんが望むように) どこまで付いていく。絶望に、その瞳が汚されないように。どんな困難があったとしても、たって歩き続けれるように。僕が側にいよう。必ず守るから。 「あ……雨だ」 一枚、トランプを交換しながら兄さんが呟く。あけていた車窓を、がたがたと降ろすとすぐに雨が叩き付けてきた。そっと様子を伺うと、落ち込んだような横顔。 「俺、雨は嫌いだなぁ……」 『……僕もだな』 あの忌まわしい夜を思い出すから。 僕たちは救われたい。この苦しみから、悲しみから、痛みから。早く逃れて平穏な生活に戻りたい。けれど”神”に縋らない僕たちが、それを得る為には抗うしか方法がない。みっともなく、未練がましく、ずっとずっと追い続ける。絶対に、取り戻してみせると。 『でも、きっと晴れるよ。虹が見られるといいね』 「そうだな。でっかい虹が見てぇなぁ」 電車に揺られながら、僕もトランプを一枚ひいた。じぃっと睨むように僕の手元を睨む兄さんに、笑いながら言った。 『ジョーカー、っと。さ、ロイヤルストレート! また僕の勝ちだね兄さん』 「嘘だろー!?」 目的地まではまだ時間がある。僕は鼻歌を歌いながら、またトランプを切り始めた……『賢者の石』を手に入れる為の旅は続く。 ほけーと、気づけばまたエドアルです。あれれ? うーんと、次の機械鎧では、エド視点でいきたいです。うまく書けるといいなぁ。 04/01/03 by珠々 |