04. 機械鎧

俺達は旅を続ける。

 雨は嫌いだ。
 機械鎧(オートメイル)が付けられた、肩と足の接続部分が疼いて……母さんの事を思い出す。
(ごめんね、母さん)
 母さん、戻せなくて。でも今なら分かる。もしも母さんの人体錬成が出来ていたとしても……万が一出来たとしても、俺達を、母さんは叱っただろうと。泣いたかもしれない。そんなことをさせたいわけがなかっただろうから。
”全は一、一は全”
 錬金術の真理。犠牲なしには何も得ることが出来ない。つまり、犠牲を覚悟すれば得ることは出来るわけだ。
(馬鹿言うな。犠牲なしでやりたいから。『賢者の石』なんて探してる)
 それしか可能な方法がないから。
(母さんの命と交換出来るものなんて、この世界にはないんだ)
 ……俺の所為で、アルを失って初めて分かった。母さんも取り戻したいけれど、それはアルを失ってまで……。
 がたん、がたんっ。
 列車の揺れが激しくなった。叩き付けてくる雨も、次第に強くなる。
『どうしたの、兄さん。トランプつまらなくなった? やめる?』
「……ああ。お前ばっか勝つんだもん」
『じゃ、休憩にしようか。お腹減った?』
「まだとっとく」
 ひやり、と。手のひらに感じた感覚で。自分が無意識に接続部分をさすっていたことに気づいた。撫でると、ほんの少し楽になる。
『僕は資料読みたいなぁ。いい?』
「ん。」
 セントラルの中央図書館から、新しい資料を持ってきて置いた。その束を鞄から取り出し、アルに渡す。嬉しそうに、それを両手にとってぱらぱらと読み始めた。
「………」
 俺は、叩き付けてくる雨を見る。雨を見ると、俺は体が押しつぶされそうな気がする。どんよりと曇った空模様の所為だけじゃなく。後悔してないなんて嘘だけれど、それだけじゃ前には進めない。でも、あの時の決意を忘れないようにはしている。
 絶対に忘れない、あの絶望の日を。
 あの日から背負った、罪の深さを。
 弟を抱きしめたい。頬ずりがしたい……どうしてこんな事が、許されないのだろう。一刻も早く、アルを元の体に戻してやりたい。
 ”鋼の錬金術師”
 この二つ名がついたとき、まさに、と思い気に入った。この機械鎧(オートメイル)の手足は、俺の罪の証。この痛みは、その覚悟。機械鎧(オートメイル)をつけて、普通に生活出来るようにするまでの日々はある意味楽だったといえる。目に見える目標。目的。それさえあれば、俺は生きていけた。
 国家錬金術師になるということは、軍に仕えるということだ。時には戦場にでて、人間平気として人を殺さなければならない。
(……だから何だ?)
 手段なんて選んでられない。やるしかない。
(……本当は)
 とっくにおかしくなっている、自分を自覚している。どんなことをしてでも、アルを元の体に戻してやると誓った時から。手段を選ばない自分を、知っている。時々恐ろしくなるほどに。
 誰を殺しても。誰を失っても。
 それはアルの時ほどに悲しくないことを、理解している。
 感情はある。理不尽なことには怒りを感じるし、楽しければ笑いもする。
 ツキン、と肩が痛む。俺の中の何かに同調するように、肩が痛む。機械鎧(オートメイル)が笑っているような気がする。機械が笑うなんて、おかしな表現だけれど。
 ちきちきと軋みながら、笑っている気がする。
(涙なんて、とっくに涸れて)
 それでも、雨を見ると力任せに殴り倒したくなるのは俺自身。
(……全く救われねぇよな)
 くすり、と笑みがこぼれた。それに気づいたのか、アルがきょとんと顔を上げる。
『……どうしたの? 兄さん』
「何でもねぇよ、まぁだ雨が降ってんなぁーってな」
『そうだねぇ。嫌だなぁ、僕も。後で鎧を拭くのが面倒だもの。あ、兄さん。今度の街ではちゃんと足下を見て歩いてよね』
「何でだよ?」
『次の街は、水の都だよ? 兄さん泳げないじゃないか。僕だって、鎧の隙間から水が入ってきて……すくい上げるのなんて無理なんだからね? お願いだよ?』
「わーってるよ。うるせぇなー」
『信用出来ないよ兄さん』
「んなこと言ってると、お前を突き落とすぞアル」
『非道い――――!! 心配して言ってるのにー!』
「あー分かった分かった、泣くなアル」
『うわぁーん! 兄さんの馬鹿ー!』
「…………」
『……兄さん?』
「ん? いや、何でもねぇ。突き落とすわけないだろ、本気にするなよ」
 ちょっと失敗した。何だか普通に、今、笑えなかった。
(気づかれないようにしねぇと……)
 また、弟に気を使わせてしまう。
 きちちち、ちきちき。小さな軋む音――――俺にしか聞こえない、機械鎧(オートメイル)の笑い声。
 ”お前などに、『賢者の石』が探せるものか”と。
 俺の側で、ずっと囁きあっている。
 それが、俺自身の声なんだっていうことは……分かっている。
(だから……負けたりしない。誰にも……俺自身にも)
 『賢者の石』を見つけだすのだ。その為の、長い長い旅を続けているのだから。



あなたを取り戻すために。




今度はエド視点で……同じ列車の中。
順序で行くと、こっちか後ですね。雨が降り始めた後ですから。
えーと、もっと笑う機械鎧について突っ込んだ方がよかったかちら……(汗)

04/01/06 by珠々


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