09. ウロボロスの入れ墨


何度消そうとしても、消えないものなのだとあの人は言った。


 最初の頃は、あの肌に刻み込まれた蛇の入れ墨を気に入っているのだろうと思っていた。本人は気づいていなかったのだろうけれど、グリードさんは何か物事を深く考える時、かならず左手のそれを指先で撫でる。さす、さす、さす。まるで痛むかのように。けれど、何かを欲しがる子供のように。
 とても大切そうに。その入れ墨に触れているから。
 私は時々、その入れ墨になれたらなぁ、なんて事を考えていた。馬鹿らしいことだ。でも、私だけじゃない。ドルチェッドも、ロアも。グリードさんがその仕草をするときには目が指先を追っている。同じとはいわなくても、気にしているのは一緒だ。
「なんだ、マーテル」
「え。あ……それ、何ですか?」
 出逢って、一ヶ月くらいは口に出来ずに止めていた質問だ。好きでいれた入れ墨にしては、時折自分の仕草に気づいて舌を打つ行動は矛盾するからだ。
「ああ……これか。産まれた時から刻まれてるから、とれねぇんだよ」
「産まれた時から?」
「製造番号みてぇなもんだ。ムカツクから、剥がそうとしたんだが皮下に刻まれててな。何度手をぶちこわそうが元に戻んだよ」
 うわ、と思わず呟きそうになった。それは悪夢だ。
「親父がな、自分で作った子供たちに刻んだ証だ。俺達には番号じゃなく、それぞれ大罪の名がついたが、俺より『下』の奴らにゃ、この入れ墨の中央……五芒星に数字が刻まれる。来るべき時の生け贄だ」
「生け贄……」
「ああ。研究材料、兼生け贄。親父は楽しそうだったけどな、俺にはつまらねぇことばっかだった」
 グリードさんは、そう吐き捨てて視線を天上に向ける。
 悪いことを聞いてしまったかな。私は口を噤んだ。私も自分の腕に刻まれた番号が嫌で、無理矢理ナイフで抉ったことを思い出したからだ。番号は嫌いだ。私が私であることを否定するものだから。その気持ちは、よく分かる。この人は、自分が強欲(グリード)であることを何より誇りとしている。だからこそ、自分の組織を裏切った。出奔した今でもその証しが消えないのだとしたら、なんと歯痒いだろうか。
「あんまり気にすんじゃねぇ、マーテル。俺は俺だ」
「……はい」
 この人は優しい。その存在が善だとは言えない。言えないけれども、結局は優しい。この人の周りにいるヤツは、それを知って、その手に救われている。『俺のモンだ』と、モノ扱いをするくせに、本当はそれぞれの意志を尊重する。彼に言わせれば、自己を持ったモノを自分のモノだと主張することに意義があるんだ……という所なんだろう。
(それが、守ってるっていうのとどう違うんだろう)
 それが、仲間だということとどう違うのだろう。支配、という言葉で括られればそれまで。けれど忠義心という心を芽生えさせられる以上、この人は凄いんだ。
『声が聞こえたンだよ。ばぁか』
 思い出すのは、初めて出逢った時のこの人の表情だ。
 嬉しそうに。子供みたいに。手を差し出されて。お前は、俺のモンな。得意げに告げられた言葉は誇らしげで。
 もしかしたら。
 ほんの少しだけ、考える。この人は、”ソレ”が欲しかったんじゃないかと。
(……家族。そこまでは届かなくても……)
 誰か。
 きっとそうだ。
(……そうだ)
 何もかもが欲しい強欲のグリード。けれど、自分自身の全ては手に入れられない。だからこそこの人の欲望は収まらない。
 私たちは、グリードさんに一杯貰った。だから、グリードさんが欲しいものの為には協力しようと思う。願うのだ。この人が魂の永遠を望む――――そこには、少なからず私たちの願いも籠もってる。もしかしたら、この人はそれさえ知り抜いて欲張るのだろうか。
「……」
 グリードさんは、今日も蛇の入れ墨を撫でる。その光景を、ずっと見続けたいと私たちは魂で願う。
 大切な人だから。


ここは、あなたがいる大切で大事な居場所だから。



今月号で、グリードさんが亡くなって。
びっくりするぐらい、ショックだった。珠々です。
当初は違うのを書く予定だったんだけど。ついつい。
もうちょっと書き込めばよかったかなぁ?
04/02/12 by珠々


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