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10. 悪よのぅ
「お久しぶりですね。例のブツ持ってきましたよ」 嬉しさを隠しきれない少女の声。ごそごそと物音がする。 「有り難う。私もきちんと、持ってきたわよ」 「やった!」 お互いに白い大きめの封筒を取り出し、無言のまま交換した。そうして中身を取り出す。どちらも写真だった。それもかなり大量の。 「うわー。いつも思うけど、素敵ですー!! ナイスショットばっかり!!」 「そんなに喜んで貰えると嬉しいわ。ああ、貴女も段々上手になってきたわね」 「本当ですか! 有り難う御座います!!」 これからも頑張ります!と、彼女は座った椅子をがたがたと震わせるぐらい、興奮した様子で言った。 「うん、いい顔してるわ、エドくん」 「あいつ、アルが側にいるともうへろへろですからねぇ……あーいい! 大佐ったらこんな顔するんですねぇ!!」 「しーっ。お願い、ボリュームを下げてね」 「あ! すみません……」 すまなそうに少女はうつむいた。だが、うつむきつつじっと渡された写真に夢中になっている。もう一人の女性も、その様子に苦笑しつつ写真に目を落とした。だが実際少女は、段々と腕をあげているな、と思いながら。 「あ、でもすみません」 「ん?」 「どう考えても、あたしの方が枚数少ないです……」 ああ、そんなことなのか。と女は思わず笑う。 「気にしなくてもいいよの、彼らはいつも旅をしている。捕まえてショットをとるなんて無理だもの。それよりも、これはアルバム? 貴重なものまで持ってきてくれたのね。貰ってしまってもいいの?」 「あ、はい。大丈夫です、昔のネガが残ってたんで……どーぞ」 「有り難う。嬉しいわ……大切に隠しておくからね」 「はい。そこは信頼してます」 にこっ。屈託のない少女の微笑みに、女はふっと笑う。 「いつも思うんですけど、どうやってこんなシーン撮れるんですか? やっぱり、大佐だっていつも無防備な訳じゃないでしょう? 立派な軍人さんですし……」 「そうねぇ。大佐だけ追っかけても無理ね」 「はぁ……」 「犬がポイントなのよ」 「犬……あぁ、可愛いワンコですか」 「そうそう」 くすくすと女は笑う。あの『犬』を可愛いなんて称するのは、精々この子くらいだろうと思う。もう少し年齢をとって男を見る目がついたら、あの青年を『ワンコ』だなんて決して言えない筈だ。体格だけではない。あれはなかなか、情の深くて根性のあるヤツだと同僚だから知っているのだ。 「大佐は犬が大好きだからね。でも素直に言えないのよ。犬が他の人と仲良くしてるシーンを見かけたら、カメラをかまえて速攻に大佐を捜すの。ほとんどの確率でどこかに隠れてるから」 「か、隠れてるんですか」 「そうよ。仕事をさぼって何をしてるかって。大抵、犬のことを探してるのよ。もし周りにいないんだったら、街か軍営地のどこかでお昼寝ね」 「へぇー!」 くすくす、と女は人差し指をたてる。 「だからね、大佐に仕事をさせたいなら犬を側につけさせるの。大佐で遊びたいなら、犬をお使いにだすのよ」 「ふふふふ……さすがですねぇ」 「あぁら、エドくんのご飯にだけ睡眠薬を混ぜて、介抱する弟とのシチュをとるあなたも、なかなかの悪よ?」 「あー……本当はもっと、イイやつが撮りたいんですけどねぇ」 「そうなの?」 「絵的にぐっ!とくるやつです。これじゃほのぼのピンナップでしか、ないじゃないですか。あーこれはもう絵でしかないからなぁ。本当はもっと露骨なんですよ、あいつら」 「……露骨」 「それはもう。アルが視界にいないと、きょろきょろしてますから。『アルーアルー?』って。お前は母親から離れた子猫か!ってなくらいに」 「………」 「アルはアルでご飯時は、もうエドに構いまくりですし。『あぁ、兄さんこんなに零して……』ってそりゃもう甲斐甲斐しく。そのシーンを撮って差し上げたいんですけど、さすがに食事中にカメラ構えるなんてできやしないし……」 「残念ね……是非みたいわ……」 「頑張ってみます……」 「お願いね……さて、恒例の儀式をしましょうか」 女の無言の仕草に、少女も懐からライターを取り出した。お互いにネガを確認しあい、その場で燃やし証拠隠滅を計るのだ。それぞれの趣味が趣味なので、保険の為にもネガは消しておいたほうがいい。写真はそれぞれ一枚きり。モノがモノなので、万が一危険な事態にならないよう細心の注意をはらわねばならない。 「……これもいつも思いますけど」 「何?」 「……やめられませんよね」 「そうね」 にっこり。お互い、次の密会までに更にグレードアップしたブツを差し出してやろうと心に決めていた。例えそれがどんな卑劣な手段になろうとも、と。少女は出来うる限りエルリック兄弟をつけ回そうと貯金を初めていたし、女に関しては連作モノを作る計画をたてていた。 ぶすぶす、と。ネガが灰皿の上で黒い煙をあげながら完全に灰になる。まるでそれが狼煙のようだった。 女の決意は絶対である。そして二人はお互いの決意にも、何となく気づいていた。めらめらと瞳の奥でひっそりと――――だがしっかりと燃える炎を見て、微笑みながら呟く。 本当は、大佐のシリアスを考えていたのですが。 何となく中途半端になりそうなので、ギャグにしてみました。 すみません……。 04/03/02 by珠々 |