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11. 神話
『――――青の月、満ち欠けより三日前。 イシュヴァラの教典にはこうある。 ”果て無き闇のそこに、白と、赤と、金の星が存在した” ”白と赤は遙か彼方へと飛び去り、金の星のみが輝き続けた” ”それはイシュヴァラが左手の光、金の星(エルファラ・イー)である” 金の星(エルファラ・イー)は、我らイシュヴァールの民の、全ての始まりに位置する。イシュヴァラの神は、男性にして女性。雄にして雌。そのどちらでもないループを描くからこそ、全てを凌駕する神であるとしている。女神にして少女神。男神にして獣神。 金の星(エルファラ・イー)の指し示すものは、祝福。新しき生。対にして年の最後になる黒の星(アーヴァジャ・イー)は終焉の月だ。古きものはみな、神聖なるイシュヴァラが右手の剣、許諾の炎(クィエル)によって滅ぼされる。 始と、終わりの一ヶ月にのみ、『星』の名を頂き。他の月は全て10の色の『月(アゥグル)』と呼ばれ神聖なる祭りが執り行われている。 改めて確認しよう。教典『始まりの書』にある、記述を。 ”イシュヴァラの沈黙の礎、地(スルィエ)は右足に” ”イシュヴァラの彷徨の愛、風(フーガ)は左足に” ”イシュヴァラの許諾の剣、炎(クィエル)は右手に” ”イシュヴァラの永遠の光、金の星(エルファラ・イー)は左手に” ”イシュヴァラの嘆きの涙、水(キーリー)は両の瞳に” ”イシュヴァラの慈愛の盃、赤の星(アミルラ・イー)は額に” 現在、この世界は分かっているだけで七つ以上の要素でできている。火、水、地、風の四大要素にくわえ、第五要素が加わることであらゆる自然現象が起きる。 第六要素以上は、人間の知覚範囲を超えており、二つまでしか確認出来ていない。これら第六要素にエーテルが加わることで、人間以上の生物が作られるのだろう。おそらく、天使や悪魔などがこれにあたるのだ。 イシュヴァラ神の解説に戻るが、火、水、地、風の四つの象徴はわかりやすい。また、”額の……”とあるが、実際のイシュヴァラ神の額には、何もない。どの教典の宗教画にも、額には何も描かれていない。たぶん、これは第六要素以上の存在を表しているのだ。 ”白と赤は遙か彼方へと飛び去り……” この白と赤は、推察するに第六要素以上のことだ。人の目に見えなければ、彼方へ消えたと思ってもおかしくはない。 第五要素はエーテルや空(くう)と呼ばれ、人間の死体から、抜けてしまっている「なにか」の事を指す。魂・霊・エーテルなど、様々ないわれ方をされ、その実体は今もって掴む事ができない。 なのに、子供ですら、それがあるかないかは分かる。つまり生きた者と死んだ者の区別のこと。死ぬと消えてしまう、人間に宿っている「なにか」の事。(私も含めた)錬金術師たちが、いかに硫黄や水銀、その他の物質をまぜ、フラスコの中で生命を創ろうとしてもなしえない……。 合金や様々な化学物質は作る事ができたが、生命だけは作る事ができない。 (例外として、キメラ実験の文献を探し得たことはある。だが、あれは元からある二つの生物を混ぜ合わせるだけであり、全く別種の、この世に存在し得ない新しい生物をゼロから作ることが出来たということは聞いたことがない) いくらタンパク質だのカルシウムだの、炭水化物や糖質などをこねあげても、それはせいぜい、クッキーやケーキになるぐらいでしかない。思考と感情を持ち、言葉と数を操り、様々な創造を行う、その不可思議な実体を成り立たせているものがあるのでは? 錬金術は、まさしくこの第五要素によって左右されるものだといってもいい。錬成陣は、第五要素(以後はエーテルと記す)を引き寄せることにより、モノを錬成するのだ。正しく。 イシュヴァラの神は、錬成術を禁じている。 敬虔な、イシュヴァールの使徒である私が。何故こんなものを書いているのだと、思うものもいるだろう。私は決して、神を裏切ろうとした訳ではない。全ては、彼女の為なのだ。 彼女を取り戻したい、ただそれだけだ。 私はもう、二度試した。錬金術でも禁じられている、人体錬成を、だ。 おかしい。 私は何故、何も失わないのだろう。 人体錬成は、禁忌であると同時に多大な危険を伴うことは分かっていた。リバウンドの結果によっては、私は即死するだろうし。下手をしたら元素崩壊によって、化け物の姿になっていかもしれない。 だが、そんなことは一度も起こらなかった。 ただ、体じゅうに錬成陣らしき文様が浮かび上がる……それ以外は、全く私の身に危険は及ばなかった。これはどういうことなんだろう? リバウンドなく、人体錬成が行われたのなら――――成功している筈なのだ。 生前の彼女が、そこで微笑む筈なのだ。 なのに、成功しない。 成功していない筈なのに、失敗もしていない。……リバウンドをしていないからだ。試すたびに、肉の塊と化したものがそこに存在していなかったら……気がおかしくなったんじゃないかと思わずにいられぬだろうが。 何か理由があるのだ。 錬金術を試しても、リバウンドを受けぬ理由が。 あの真理の場所で、何もない所から声が聞こえた。姿は見えないのに、影だけが延びていた。『真理を知りたいか』と。知りたい、と答えた私に、”ソレ”は笑ったような気がする。……弟が来た。今日はここで終わりにする』 『――――銀の月、満ちてより五日後。 ……どんなものにも、エーテルが含まれている。改めてそれに気づいたのは、三回目の人体錬成の時。人体錬成が失敗するのは、人間にどれほどのエーテルが含まれているか。まだどのように含まれているのか……それが分からないから出来ないのだ! (文字を書いて、消した跡) ……ああ、五月蠅い! もうすぐ彼女が甦るかもしれないというのに!』 『――――銀の月、月が満ちて十日後。 今日、四回目の人体錬成をした。試したが、やはり駄目だった。その理由が分かった。その理由とは、我らイシュヴァールの、民の、せいなのだ。 ”イシュヴァラの光、受けし、民。赤い瞳を持ち、大地の肌をす。” もしも、人体錬成を失敗しても、ただ文様が浮かびあがり、私の体が失われぬ理由があるとしたならば。他の錬金術師と違うという理由があるとするならば。 それはイシュヴァラの一族である、ということ以外に、ない。 ない。イシュヴァールの民は、神の教えにより錬金術を禁じられている。だから、……だれも知らぬし、また過去に教えに背き、錬金術を用いた人間がいたとしても。人体錬成まで為す愚か者はそういまい。一度失敗すれば、あの”恐ろしさ”に怖じ気づいて二度目はすまい。助かったことを僥倖として、もう二度と。奇跡だと。 違うのだ。そんなことはあり得ないのだ。 神が存在し、イシュヴァラの民を救ったのだという者も、いるかもしれない。 だがそんなことはあり得ない。イシュヴァラ神の信徒だから、という理由で私が何度も助かっているのなら、ならば何故彼女を甦らせるという奇蹟を神は起こしてはくれないのだ? ――――一文がある。神父が、教典の最後に祈りと共に神に捧げる言葉がある。 ”我らイシュヴァラの、祝福を授かりし神の民なり” 教典は告げている。我らは、神に愛されている民だと。また、血の一滴も無駄にしてはならないと。それは、光が溶け、太陽と混じりあった赤であるから。命の水であるから。 命の水……! そう呼ばれている物質が、この世界にはあるではないか! 『賢者の石』だ……! ……外が騒がしい。地面が揺れている。だが私は、これを書かねばなるまい。誰も教えてくれはすまい。あるいは、教会の人間はこれを秘としているかもしれない。この事実がばれれば、我らイシュバールの民は死ぬしかないからだ。 いいや、違う。我らは、一度死なねばならないのだ。 なんということだろう……! 彼女を生き返らせるには、生き物を新たに錬金術で作るには、イシュヴァラの民は死に絶えなければならぬ。滅びる運命にあるのだ。 『賢者の石』は、何でも願いを叶える石だ。望むものを錬成出来るものだ。何故なら、それは第五要素……エーテルの固まりだからだ。 第五要素以下のもの、つまり人間や、動物や、植物や、無機物や、そういうものを作るのにもエーテルが必要だが。第五要素以上のものを作るにも、エーテルは不可欠なのだ。どんなものにも必要なエーテルの固まり……結晶。それが『賢者の石』なのだ。どんなことを可能にするというのも、全く当然であろうということになる。 何故に、人体錬成が成功しないか? 幾たびも『真理』をたたき込まれた私に不備はない。完璧だ。なのに、何故成功しないのか? 簡単だ――――エーテルが不安定なのだ。 圧倒的に、エーテルが足りないのだ。 どんなものにも、エーテルは存在する。中でも、たぶん人間が一番効率がいいだろう。だから、数え切れないほどの人間を集めて殺し、血を精製し使えば。例えどんな種族の人間でも『賢者の石』の為の材料にはなり得る。 だがもっと簡単な方法がある。 イシュヴァラの民を殺し尽くせばいい。 血以外の。この魂の裏側にすら。我々はエーテルで構成されている。 元々は人間ではなかったのに。ただの、創造物だったのに。誰かが魂に錬成陣を描き込んだのだ。そして、膨大なエーテルをそそぎ込まれるよう作ったのだ。イシュヴァラの神とは、もしかしなくとも錬金術師である可能性がある。 ――――死なねばならぬ。 我らは、あまりにも数を増やしすぎた。死なねばならぬ。増えてはならぬのだ。いずれは死にゆく滅びの定めを、初めから背負っていたのだ。 そうしなければ、世界のエーテルが少なくなる。 ……世界など知ったことか……だが、ああ……彼女が……彼女が……私を見て泣いている。 いきかえらせて、と泣いている。たすけたい、かのじょを、 』 ええと。 もちろん全て捏造です。 スカーの兄の日記、というイメージで書いてみました。 色々すみません……捏造ですからね……! 04/03/17 by珠々 |