兄弟の領分




 ふと渡り廊下の窓から、中庭の芝生にぺたんと座った、大きな鋼の鎧が見えた。いかつい姿形のわりに、その光景がのんびりと微笑ましく映るのは、中身を知っているからだろう。
 ああそういえばさっき司令室の方がなんかうるさかったっけ、とハボックは思った。
 と、見ている間に、小柄な赤いコートの少年が弾丸のように飛んできて、その背中に体当たりをかます。
 うわあ、とかナントカ言って、つんのめりそうになった鎧は、背中に少年を貼り付けたまま立ち上がった。ぶんぶんと振り落とそうとしているが、生憎と少年はしぶとくはがれない。
 もう、兄さんたら!と憤慨している声が聞こえるようで、思わず笑みが漏れた。
 「何を一人でニヤついているんだ?」
 「おや大佐」
 どこか不機嫌そうに近付いてくる上司へ、窓の外のじゃれあいを示して見せる。
 ちらりと視線を走らせて、呆れたと顔に書いたロイ・マスタング大佐は、大きく溜息をついた。
 「……嵐のようにやってきて嵐のように去っていったと思ったら、まだあんなところで遊んでいたのか……」
 「相変わらず鋼の大将は弟べったりですねえ」
 「弟離れができんのだろう。子供だな」
 ふふん、と勝ち誇ったように笑う彼も大概子供だと思うのだが(子供相手に張り合ってどうするんだこの人)。わが身の安全のため、謹んで口に出すことは控えさせていただいた。誰だって自分の身は可愛い。
 代わりに当り障りのない話題を選んだ。
 「ああいうの見てると、田舎の弟どもを思い出します」
 「なんだ。おまえも兄弟がいるのか」
 「いますよー。兄から姉から弟から妹から。大家族だったもんで」
 「ほう」
 興味を引かれたのかロイの片眉が上がる。
 同時に、わー!と外で大きな声がして、視線を戻すと兄がとうとう振り落とされたようだった。ころころと芝生を転がった勢いに、弟もびっくりしたのか慌ててその後を追う。
 追いついた先で癇癪を起こしたエドワードはがんがんと鎧に蹴りを入れたが、弟は気にした風もなく草まみれの金色の髪から丁寧に葉っぱを払ってやっていた。
 「……まあ、でもなんですね。あそこまでは仲良くなかったすね」
 「アルフォンスくんができた弟だからな」
 「つーか、」
 二言三言、兄の文句にうんうんと弟が頷いて。何事か告げられた言葉に、一気に機嫌を直したらしいエドワードは、鋼の鎧に飛びついた。
 今度はその勢いを殺しきれなかったアルフォンスは、兄ごとがしゃんと後ろに倒れる。
 「……ばかっぷるを見てる気になってくるのは俺が汚れたオトナだからですか?」
 「……私に聞くな」



 芝生に転がったままの、エルリック兄弟の笑い声が軍部に響く。
 長閑なある日の午後だった。






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