とびきり明るい声。
 クライヴの肩に頬を寄せているルシアは、はにかみ笑顔だ。
「……は」
「ホークスの生まれた世界に行ってみたいなあって。
 勇気と度胸に免じてご褒美をください」
「……分かったよ」
 半ば投げやりにクライヴは答えた。 
 ルシアはガッツポーズをした。
「七日間、甘い時間を過ごした後でな」
「でも引き分けじゃ……!」
「与えたダメージが大きい方が勝ちだろう」
「勝てるわけないのに」
「それでも挑んだのはお前だ。自分の責任だろう」
 クライヴが、ルシアの体に指を這わせながら、問いかける度に、
「っ……あ、でも」
 ルシアは、小刻みに震え何度も背中を反らせた。
「俺をこれ以上待たせるなよ」
 焦らしてはルシアを煽って、彼女が降参の白旗を上げるのを待っている。
 性急なクライヴらしくはない態度にルシアは身が持ちそうになかった。
 求められれば、欲してしまう。
 体の奥がざわめいて早くと訴えている。
 クライヴはこれ以上は何も言葉を発さないようだ。
 優しく甘く、ルシアを誘って、早く言えと促しているのだ。
   息を飲む。
 心の臓は爆発寸前だ。
 胸に触れる手の平に自分の手の平を重ねて、
「キスして」
背伸びして瞳を閉じた。
 覆い被さる唇は熱かった。
 欲望を湛えている熱さが、口内を這い回る。
 体が疼いたルシアは、クライヴに自然と身を寄せていた。
 胸の膨らみを押しつけていることには構いもしないで。
堪えに堪えたクライヴは、頭の中で理性の糸が切れる音を聞いた。
「罪な女」
 ルシアがえっ、と思った時には遅かった。
 クライヴは持っていた剣で、ルシアの服を切り裂いた。
 肌を傷つけないよう細心の注意を払い、服だけを見事にばらばらにしたのだ。
 真白の肌が、外気にさらされた。
 ぶるりと震えたルシアに、
「すぐに温めてやるよ」
 と抱き上げてクライヴは、寝室の扉を蹴破った。

 ルシアの体のことを考えて七日は無謀だと判断したクライヴは、
 譲って三日にしてやるよと、彼女に言い放った。
 予想通りルシアからは反論が降ってきたが、今更気にするクライヴでもなかった。
 そうして二日間朝昼晩問わず色んな愛し方でルシアを翻弄して三日目の夜。
「……あぁ……ん……っ」
 指先に灯る熱に自分も高まるのを感じた。
 これは彼から与えられる紛れもない愛情だ。
 焦らされるのも実は嫌じゃない。
 ゆっくり愛されるのはたまらない。
 早く、来てと、せっかちに彼を求めてしまうけれど、
   クライヴはルシアの望む通りに動いてはくれないこともある。
 そんな意地悪なクライヴも好きだなんてどうかしているのかもしれないと
 ルシアは自分自身でも思うが、どうしようもない。
 彼の炎で身も心も焼き尽くされたいと願っているのだから。
 深く口づけ、舌を絡ませる。
 粘膜同士が触れ合う音に、気が狂う。
 ふくよかな膨らみは頂ごと大きな手の平にきつく揉みしだかれて、
 官能に喘ぐルシアはぽろぽろと涙を落とした。
 秘部に触れかけた指が、途中で引き返す度にもどかしい感覚を味わう。
 肝心の場所はとっくに熟れてじんじんと疼いているのに。
 ルシアは悪戯にクライヴの指を口に含んで吸い上げた。
 眉間に皺を寄せた彼が、声にならない呟きを発したのを彼女は見逃さない。
   リップノイズを響かせて、口づける度にクライヴの動きが忙しなくなる。
 乱暴に胸を鷲づかんだかと思えば、口に含んだ。
 歯を立てられては、かなわない。
 濡れた頂から、体中に痺れが広がっていく。
「誘っているのか、フッ、お前も変ったな」
「……クライヴが欲しいのだもの」
「お前から来いよ」
 ニヤリと笑う気配にルシアはぱちぱちと瞬きする。
 ぐいと抱き起こされ、クライヴと体の位置と体勢が入れ替わる。
 仰向けになったクライヴの上を跨ぐ格好になったルシアは焦った。
 瞳を泳がせているルシアは、あからさまに動揺している。
「まったく手がかかる」
「……きゃっ」
前のめりになったルシアのお腹の辺りに硬いものが当たっている。
 張り詰めたクライヴの焦熱が、行き先を求めて彷徨っているのだ。
「そのまま腰を浮かせろ」
 立場が逆だと恥じらいも数百倍に膨れあがるものなのだ。
 ルシアは、顔を赤らめつつもクライヴの指示に従う。
 自分ではどうすればいいか分からなかったというのもある。
「っ……あ」
 熱いものを中に迎え入れて、一気に背筋から快感が駆け上った。
奥の方でクライヴを感じる。
「動け。俺がお前を抱いている時のように」
 かあっとルシアの頭に血が上る。
 もう、自分から迎え入れている時点でこれ以上恥ずかしいことはないはず。
 躊躇いなんて簡単に捨ててしまえた。
「あん……はっ……あ……」
「その感じだ」
 漏れる声を抑えようと唇を手を当てるも、クライヴのせいで徒労に終る。
 クライヴが下から突き上げてきたからだ。
 声は、勝手に漏れる。
 奏でられて甘い旋律を歌う。
「っ……やぁ……っ」
 刻まれる律動で揺れる胸をクライヴが、揉みしだく。
 ルシアはうっとりと陶酔し、しどけなく口を開いていた。
 凄まじい衝撃に襲われ首を反らせる。
 汗を散らした二人の肌はほんのりと色づき、やけに艶めかしかった。
 腰を動かすスピードが上がる。
 これ以上はないほどに繋がって、一番近い場所に互いを感じて
 もうどうなってもいいとまで、感じる。
 このまま、壊れてしまえばいい、何もかも。
 クライヴは、生々しいほどの結合に生きていることを感じていた。
 肌がぶつかる淫らな水音、抱き合っている時にしか聞くことは出来ない
 ルシアのあまやかな声、秘めた真の姿。
「お前は俺の腕の中で啼いていればそれでいい」
 掠れた声が、空気に融ける。
 本能の衝動で腰を揺らめかせているルシアは、あられもない
 肢体を晒して歓喜の叫びを上げている。
「……もっと抱いて。奥まであなたの想いを届けて」
 うわ言のように呟くルシアは、聖女のような魔女だった。
 クライヴは想いに応えて、鋭く突き上げた。
 繋がったまま再びルシアを組み敷く。
 腰をグラインドさせて、円を描く。
「ああっ……っ!」
 ルシアの最奥で、クライヴ自身が跳ねた。
 飛沫が注がれる。
 それは長い時間続き、ルシアの体がぐらぐらと揺れた。
 クライヴは思いの丈を存分に彼女に注いだのだ。
 ルシアが、クライヴの背に爪を立てる。
 キスを啄ばんでは、腰を突き上げる。
 幾度意識を飛ばしても、甘美な時間は終らない。
 結局、夜が明けるまで二人は懲りもせず愛し合っていた。


 ルシアが目を覚ました時、自分の体は隅々まで綺麗にされていた。
 最後まで手を抜かない男だ。あらゆる意味で。
 手が固く握り締められている。
 痛いほど強く繋がれた手に、絆を感じた。
「おはようございます」
 くすっと微笑みかける。
 気づいてくれるかしらと期待をこめて。
 クライヴはうっすら半眼を開けた。
 その様は、彼に似合っている上、強烈な色香を放っている。 
 口をぽかんと開けてしまった。
 何、これは罠なの?
 強く腕を引かれ、クライヴの上に倒れこむ。
「く、クライヴ」
「魔術を使えなくなって寂しいか」
 藍の瞳が、真剣な光を放っている。
 どくん。心臓が一つなった。
 ルシアは少しだけ拍子抜けする。
 ふるふると首を振る。
「いいえ」
「お前の心に開いた穴は俺が塞いでやる」
 ルシアはたまらなく嬉しくてクライヴの首に腕を回す。
「だから、泣くなよ。お前に泣かれると調子が狂う」
 こくこくと頷く。
 ルシアの頬から、溢れ出した涙がクライヴの胸元を濡らした。
「泣くなって言った傍から……しょうがないな。今だけは許してやる」
「ありがとう、クライヴって優しいのね」
「馬鹿を言え」
 ぷっと吹き出したルシアが、クライヴの胸を叩く。
「この城の中に魔界への扉がある」
 いきなり素に戻るクライヴに、ルシアは毎度、不満を覚える。
 雰囲気に浸りたいルシアにとって彼の切り替えの速さは、時々酷く憎らしい。
「……この城の中に地下より上が存在するなんて知りませんでした」
「元々使っていなかったから、お前にも教える必要がないと思ってな」
「やっぱりそんな理由ですか」
 フンと鼻を鳴らすクライヴにルシアは、ぷぅと頬を膨らませた。
 その頬を指先でつつくクライヴの眼差しはとても柔らかい。
「魔界へ連れていってやるついでに城の中を案内してやるよ」
「楽しみです」
「じゃあもうひと眠りするか」
「えっ……そろそろお腹空いたんですけど」
 ルシアは上目遣いに訴えるが、俺様魔術師は聞く耳持たないようだ。
 素知らぬ顔で、ぐっとルシアを強く抱きこんだ。
 クライヴは、ふわりとしたルシアの金髪を撫でて
 彼女が瞳を閉じるのを誘導した。
 ルシアは虚ろな眼差しでクライヴを見上げる。
 すうっと閉じていく瞳にクライヴも誘われて瞳を閉じた。

「クライヴ、服!」
 ルシアは、着るべき衣服がないことに今更ながら思い至ったのだ。
 自分の部屋まで取りに戻る為にはシーツを引きずっていかなければならない。
 シーツをかき集めて肌を隠してクライヴを恨みがましく見つめる。
 衣服を奪い去った張本人は極めて平然としていた。
「ほら」
 クライヴは服をぽんと投げて寄越す。
 どこからともなく出てきた服にルシアはきょとんとした。
 手に取ると、上から下まで服をじーっと眺めた。
「気に入らないか」
 ぶんぶんと首を振る。
 ルシアは、その服があまりに可愛くて目を奪われていたのだ。
 総レース仕様のワンピースは胸元には大きなリボンが飾られていて、
 その下から切り替えが入っている。
 長さは膝丈くらいだろうか。
「着て見せろよ」
「っ……ちょっと隣りの部屋に行っててくれますか」
 さすがに平静では、肌を晒すのは恥ずかしいらしい。
「はいはい」
 クライヴは、上半身は裸だが下は、ちゃっかりズボンを穿いていた。
 すたすたと隣室(酒棚がある小部屋だ)に行くクライヴを見送って
 ルシアは、着替えを始めた。
「どうなってるの、この服!」
 胸元のリボンを結ばなければ衣服としての役割を果たさず布切れ同然。
 解くと、簡単に脱げる仕組みだ。
 変な作りの服をルシアは大いに疑問に思った。
「可愛いからいいか。着替えも楽だし」
 呑気なルシアはそんな感想を抱いた。
「入っていいですよ」
 声と共にクライヴが、部屋に入ってくる。彼も上着を纏ってきたようだ。
 ルシアを見るなり無言になり顎に手を当てる。
「どこかおかしいですか?」
 不安になったルシアは、尋ねた。  
 反応は返らない。
「何か言ってくれなきゃ、無表情で怖いんですけど」
「ああ……よく似合ってる。想像以上だ」
「そ、それならよかった。これ、簡単に脱げるから楽なんですよ」
「だろうな」
 意味深な微笑の意味をルシアはこの時はまだ知らなかった。
 クライヴの後ろをルシアが歩いて寝室を出て行く。
「これはお前が持ってろ」
 ルシアの手の平に落とされたのはシルバーチェーンのクロスのネックレス。
「あの時クライヴに渡したクロス……ずっと持っててくれたんですね」
「お前が側にいない時、肌身離したことはなかった」
 ルシアは、花の如く微笑んだ。
「今度はお前が持っていろ。魔よけになるだろう」
 髪を避けてルシアの首にかけられるネックレス。
「ありがとう、クライヴ」
「元々お前のだろ。変なやつだな」
「だって嬉しかったんですもの」
「そうか」
 クライヴとルシアは手を繋いで地上一階への階段を上る。
 ルシアは、初めて訪れた明るい空間に目が眩んだ。



11.私を魔界に連れてって♪   12.地獄の番犬
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