シュン。
目を焼かれるほどの光から庇う為に瞳を閉じる。
 魔方陣の部屋に辿り着いたと分かった時、視界に映ったのは銀髪の青年魔術師。
 改めて長身痩躯に、黒衣が見事に様になってるなあと感じた。
 見た事がないくしゃくしゃに破願してる様も貴重だわ。
 あまりに綺麗で見惚れてしまう。
「ルシア! 」
 最初出逢った時と同じく呆然としている私に手を差し伸べてくれた
 クライヴに、そのまま強く抱きしめられる。
 きつくきつく解けぬように回された腕が、甘く私を拘束していた。
「よく戻ってきた」
「私の声ちゃんと届いたのね」
「当たり前だ」
 自信たっぷりに言う彼に安堵を覚えた。
 ぎゅっと首に腕を回して抱きつくと衝撃で倒れこんでしまった。
 膝立ちの格好で抱き合う。
「おかえり、ルシア」
「ただいま、クライヴ」 
「この一ヶ月、夜も眠れなかったんじゃないですか? 」
 悪戯っぽく問いかければ、
「フン。それはお前だろ」
 クライヴと会った途端、軽口が止まらないの。
「私は考えることもやることも多くて夜はぐっすり眠ってました」
「……ああ、そうかよ」
 素直に言ってなんかあげないけど
 私の強がりなんて見破ってるんだろう。
 鼻で笑ってるもの。
「私もだけどクライヴも意地っ張りだわ」
クスクスと笑った。
「楽しそうだな」
「だってちゃんとあなたのところに戻ってこれたから」
 何だかんだ強がってもそれが本音。
「もう、俺の側にいる以外居場所はないんだぞ」
「それがいいんです」
 頷いて笑顔を見せる。
 クライヴは、顔をまじまじと見つめてきた。
「お前は馬鹿だ。馬鹿だからこんなにも胸を狂おしくさせるんだ」
 辛辣な台詞に反して口調は酷く優しかった。
「それって誉められてるんですか?」
「……そうだな」
 一頻り笑い合ってキスをした。
 ホークスが歓迎するように、鳴き声を上げていた。 

クライヴとルシアの日常が再び始まった。
 もしかしなくてもルシアは、かけがえのないものを永久に失い、
 たった一人を選んだ。彼女にとって最良の選択であっても
 二度と戻れない選択をしてしまったのだ。
 そのルシアを幸せにしなければいけない。
 責任をクライヴを感じていた。
 ずっと傷つけずにいられるとも思えない……その辺はどうしようもないが。
 魔力で構成された庭園に、ルシアが来てから生の輝きが生まれた。
 魔力で咲き誇る花ではない、自然な光。
 クライヴは、そう感じずにはいられない。
「ねえ、クライヴ、私と勝負しませんか」
「何」
「師弟対決、面白そうじゃありません?」
急に何を言い出すかと思えば、とクライヴは半ば呆れ顔で応じる。
 ルシアは至極愉快気で、いい考えが思いついたと顔に大きく書いてあった。
 埃まみれで薄汚れていた厨房を一通り綺麗にし、ルシアは、
 そこで食事を作るようになった。
 今まで使用された形跡のない厨房に、勿体無いとぶつぶつ呟いて。
 材料は、庭園の中で取れた果実やら野菜を使用している。
 城の中だけじゃなく外へも出たいと、近頃はルシアも訴えるようになったが、
 クライヴは、他のどんな我儘を受け入れても外へ出ることだけは許さなかった。
 元々活動的なルシアは、暗い城内ばかりの生活を窮屈に感じ始めていた。
 クライヴに殺されなくても退屈に殺されそうだった。
 慣れたつもりでいても、やっぱり精神的に参ってしまったのだ。
 根暗なクライヴと違い、ルシアは普通の一般的な人間だから。
 そんな折、思いついた妙案が魔術対決だった。
「負けると分かっていてやって面白いのか」
「やることに意義があると思いません」
「思わない」
「もう。つれない人だわ」 
「……力を抑えてもお前が怪我をしない保証はないぞ」
「私は女の子なんですから、その辺考えて下さいね」
「甘い奴だな」
「何て口で言いながらも手加減してくれるって信じてますから」
「……言ってろ」
 こんな楽しい掛け合いができるようになるとは出逢った頃は思いもしなかったルシアである。
 心なしかクライヴも楽しそうだ……多分。
「もしも私が勝った時のご褒美なんですが」
 ルシアはにっこり笑いながら、歌うように言う。
 クライヴは聞く耳持たないのか無反応で背中を向けた。
 曲がり間違ってもルシアが勝つなんてあるはずもないのである。
 クライヴがよほどのヘマをやらかさない限りは。
 ルシアは、あからさまな反応も彼らしいわと思いながら背中を見つめていた。 
 暫く沈黙の後、
「お前が勝ったら、城の外に出ることを認めてやるよ。
 そうだな……あとはもう一つくらいお願いを聞いてやってもいい」
 クライヴは、低く囁いた。耳をすまさねば聞き取れない声。
「けちんぼなクライヴが二つも聞いてくれるなんて。頑張らなきゃ!
クライヴから言ったんだから絶対守って下さいね」
 ルシアは声を弾ませた。指と指を繋ぎ合わせてうっとりとした表情を浮べている。
 ちらと振り返ったクライヴは面白おかしそうに、口元を吊り上げた。
 彼も遊んでいるだけなのかもしれない。
「特別に一日中抱いててやるよ」
 ルシアは耳を疑った。
 顔を真っ赤にして何かを言おうとしているがとても言葉にできない。
「お前の中に俺を嫌というほど刻み込んでやるってんだよ」
 ルシアは、立ち眩みがした。
「な、何が特別なんですか。まるっきりクライヴの欲望じゃないですか!」
「今更、恥じらうなよ。嫌じゃないだろ」
 平然と言い放つクライヴは一歩も動かない。
ルシアは顔を真っ赤にして、近づいていく。幾分早足だ。
 クライヴはその腕を掴み、顔を近づけた。
 ぐらりと傾いだ体は、ダンスを踊るみたいな体勢になっていた。
「負けたら、七日間ずっとベッドの上で過ごすことになるが、どっちがいいんだ?」
「……勝っても負けても同じじゃないですか」
「どこがだ。決定的に違うだろ」
 途方に暮れるルシアにクライヴは邪笑した。
「カードゲームよりもつまらない勝負に俺をつき合わせるんだ。
 相応の代償を差し出す覚悟も必要ということだな」
「……っ」
 反った体勢で、上から見下ろされたルシアは、鳴り響く鼓動を意識していた。
 離してくれないので、体勢を変えられず顔を反らせない。
 相手が、面白がっているのが分かる分悔しかった。
 あの頃のクライヴの冷たい態度よりはずっといいけれど、やっぱり彼は性質が悪い。
「嫌なら別にいいが」
ルシアはうぬぬと唸っている。
 本当は嫌ではない。
 好きという感情は無防備で、我儘なのだ。
 クライヴの腕に閉じ込められたいし、閉じこめたい。
「分かりました」
「やれるだけやってみるんだな。せいぜい俺を退屈にさせるなよ?」
 くくっと笑ったクライヴがふいにルシアを抱き寄せて、唇を奪った。
 息を乱すまで、唇が濡れるまでその甘い唇を堪能した後、無造作に体を離す。
 ルシアは呆然と熱に浮かされていた。
「七日、時間をやるよ。それまで頑張れよ」
 言い放つとクライヴは、庭園から姿を消した。
 ぺたんと座り込んだルシアは、頬を手の平で包むと
 まだ冷めやらない熱をどうやって逃がそうかとそればかり考えていた。 

「突拍子もないことを言い出す奴だ」
 シュ。剣を振ると眩い輝跡が描かれる。
 ルシアにしてやられるとは、万が一にもないだろうが、
 彼女は、怖い所がある。一撃をくらってしまうかもしれない。
 魔術の腕も大分磨かれてきているし、甘くみない方がいいか。
 クライヴは、一人魔法陣の部屋にいた。
 魔力の効力が存分に発揮できるこの部屋は、決戦の場に相応しいだろう。
(力を加減しても、手は抜かないよ。お前の心意義に免じてな)

「もうクライヴってば」
 ルシアはベッドの上でごろごろ転がっている。
 先ほどの余韻がまだ残っているし、思い出してはにやけてしまう。
「どうしてそんなにドキドキさせるのが上手いの!」
 ごろごろごろとまさに蓑虫状態だ。
「うーん、やっぱり練習あるのみね」
 うだうだしていてもキリがない。
 すくっと起き上がったルシアは、ベッド脇に立てかけていた杖を片手に庭園への扉を開けた。
 中央の広い場所まで歩くと、瞳を閉じて、呪文を唱えた。
 杖をくるくると回転させる。
 一陣の風が巻き起こり緑や花たちを揺らした。
「風だけじゃ威力が弱いのよね」
 妙に沈んだ気分になった。
 炎の方が上手く使えるがどちらにしろ片方だけでは、とてもではないが、
弾き返されるか、強固な防護壁によりかわされてしまうだろう。
ルシアの危険を考え、後者の可能性が高い。
「炎と風の魔術を合わせて……」
 炎の烈風を舞い上がらせれば、少しは効果があるはずだ。
「防御壁を張られても上手くいけば肩を掠るくらいはできるかな」
 同時に魔術を繰り出して合わせ技にすることを
 考え出したルシアは、繰り返し魔術の鍛錬に励んだ。
形になるには些か時間を要しそうだ。
 クライヴが、ふと庭園を訪れた時金の髪の少女が倒れふしているのを見つけた。
 大分消耗しているらしい。
 疲れの色が濃く滲み出ている表情に、
「まったく、無茶しやがって」
 と少し怒りにも似た声が発せられた。
「自分の限界も弁えろよ」
 華奢なルシアはクライヴよりずっと体力がない上、消費するのも早い。
 彼女を抱く夜は、骨抜きにするまで愛しぬく自分を棚に上げて
 身勝手に過ぎる発言だが、自分の都合がよい方に考えるのが人というもの。
 ぐったりとした様子のルシアを横抱きにして、クライヴは歩いていく。
 ルシアの部屋の扉を足でけ蹴り、開けると、ベッドの上に静かに横たえた。
 シーツをかけて腕の位置を安定させてやる。
「本当に軽いな、お前は」
 クライヴは、眠りの淵にいるルシアに囁く。
 ルシアが起きていたらどんな反応をしていただろう。
 クライヴは、首筋にキスを落すと
「おやすみ」
 と、部屋を出て行った。
 朝目覚めたルシアが首筋に赤い印を発見して絶叫したのだが、
 クライヴには知る由もなかった。



 怒りを顔に立ち昇らせたルシアが、クライヴの寝室を乱暴に開け放つ。
 静寂の中で響き渡ったその音に、クライヴは眉をひそめた。
「何か用か」
クライヴは、憮然とした様子でルシアに向き直った。
「……ベッドに運んでくれてありがとうございます。 で、これは何ですか!?
 人が寝てる間に油断も隙もないんだから! 」
自分の首筋を指差してルシアが喚き立てる。
 クライヴは、何だそんなことかとばかりに背中を向けた。
 ベッドに寝転んだまま。
「せめておでことか、ほっぺにしてくれたらよかったのに」
「どこにしようといいだろ。どうせ見るのは俺だけだ」
「でもでも恥ずかしいじゃないですかー!」
「……いい加減慣れろよ」
 しれっとした声にルシアは、神経を逆撫でされた。
「ベッドまでずかずかと歩いていき、クライヴの肩を掴んだ。
「こっちを向いてくださいったら」
 体をこちらに向けさせたかったルシアだが、まんまと引っかかるクライヴではなかった。
 当然のことだが。
 体がふわりと浮いたと思ったら、ルシアは組み敷かれていた。
 抗議をしようとする唇は塞がれ、熱が与えられた。
「……っん」
 ばたばたと暴れる足をクライヴが自らの体で押さえこんだ。
 執拗に繰り返されるキスの嵐。
 腰を抱かれて、身動きが取れなくなる。
 クライヴは強引だけれど、無理矢理なことはしないのだ。
 だから、ルシアは自然と身を任せてしまうのだ。
 抵抗したい気持ちなんて、簡単に霧散する程度の物だから。
「最近お前の温もりを味わってない。抱かせろよ」
 不器用なくせして、ルシアを陥落させるのは上手くて、
 魔術師の魔法に体中どっぷり浸かってしまっていた。
 抗えない情熱の只中に飲み込まれる。
 体中に愛の証を刻まれて、熱の奔流を受け止める度にルシアは涙を頬に伝わせていた。
 愛しくて胸の疼きが止まらなかった。



腰に腕が纏わりついている。
 しっかりと抱きこまれているようだ。
独占欲の強さは半端ではないらしい。
(とっくに、私はあなただけの物よ)
 ルシアは、視界に飛び込んできた銀髪に手を伸ばすと目を細めた。
 指で触れるとさらさらとした心地がした。
 自分と同じくらいに長いけれど、彼には良く似合っていた。
 胸元に引き寄せて頭を埋めさせる。
 眠りに落ちているクライヴは寝息の音を奏でていた。
 ルシアが、抱きしめても気づかない。
 痩身だが、意外とたくましい体をしている。
 背中も胸も男性らしい。
「均整が取れてるわー。どうやって鍛えてるんですか?」
 無邪気な問いかけが放たれた。
「お前と抱き合うことの他に何がある」
 頭が微妙に動いた気がしたら、クライヴの声が聞こえる。
 ルシアの胸元に頬を寄せている格好だ。
「っ……からかわないで」

「あながち嘘でもない」
 微妙な刺激に、ルシアの体が震える。
「今はこれが最後だから。あと6日しかないけど、勝負が終わるまで
 あなたとは抱き合わないって決めたから」
 声を震わせながらルシアは訴える。
 再開された愛撫に、口元を押さえた。 
 クライヴは、再びルシアの上になると、彼女を見下ろした格好で、
「じゃあもう少しお前を堪能させろ」
「……あの、もうお昼じゃないかと思うんですけど」
 クライヴの寝室を訪れたのは早朝だったけれどあれから何時間も経過しているはず。
「お前に暫く触れられないないなんて飢えて死んでしまうだろ。
 今の内にたっぷり補給しておかなければな」
 お前をな。
 ルシアは戸惑い赤くなった。
 クライヴ流の究極の殺し文句に、やっぱり胸がきゅんとなってしまい、
 また意識が白濁するまま波に翻弄された。
「好きだ」
 囁かれた台詞にきょとんとした。
 もしかしたら、初めて聞いたかもしれない。
 嬉しくなってルシアはクライヴの背中にしがみついた。
「嬉しい。大好き、クライヴ」
 顔いっぱいに広がった笑み。
 ルシアはクライヴの腕の中で、この上ない幸せを実感していた。
 抱き合った後、気だるい体を寄せ合いながら二人は語らう。
「この温もりがあれば俺は大丈夫だ」
 途方もない孤独も、昇華してくれる輝き。
「私も。もしかしたら勝てちゃうかも」
「夢を見る権利くらいあるからな」
「……言い返せない」
「今は俺の腕の中で浮かれてろ」
「もう思いっきり甘えちゃいますから」
 忍び笑いの気配に、ルシアが胸を叩く振りをする。
 抱き寄せられ、ぴったりとくっついた。
 目覚めるまであと少しだけこのままで。




8.恋の罠   10.君の瞳に映るもの
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