香り



 ふわと鼻腔をくすぐるあの香り。
 彼の煙草とコロンの混じった甘苦いあの。
 一緒に暮らしだして彼の煙草の匂いもコロンの香りも、今まで以上に好きになった。
 彼の移り香が肌に移ると一つになれたことを実感する。
 私の香水の移り香も、彼に届いて匂いが混ざり合う。
 互いの匂いに包まれていって最後は何もかも真っ白になって融けるの。
 
「あ……ん」
 彼の激しい攻めに、今宵も翻弄されている。
 的確に私の感じる場所を攻めてくる彼は、
 どこまでもエロチックで色っぽくて、見ているだけで
 どうしようもなくなる。
「沙矢、綺麗だ」
 今日もイイ声で啼くんだな。
「や、青……」
 一言で終らない言葉。
 挑発して私を追い立てて。
 愛撫する指は止まらない。
 キスを交わしながら、胸の膨らみを下から押し上げるように揉んで、
 凄まじい律動を繰り返す。
 知らず上げてしまう声に彼は満足しているようだった。
「可愛いよ」
 淡い微笑が宙に融ける。
「青……私、この瞬間が一番好きなの」
 彼が私の一番奥まで来てくれて、
 存在を主張して動く時、重なり合った肌と肌の香りが弾ける。
「回りくどい言い方をしなくてもいいだろ。
 素直に、入れられて嬉しいとか言ったらどうなんだ」
 彼は言いながら膨らみを荒々しく掴み、挑発してくる。
 私の中で、一段と動きが早くなる。
「や……ん……そ、そんなこと言えない!」
「言えばラクになるぞ」
「……はぁ……ん」
 言葉を返せるはずもない。
 けれど彼は動くのを止めずに。
「う、嬉しい。あなたが私の中にいてたまらなく安心するわ」
 切れ切れに紡ぐ甘い声。
 彼は口の端を歪めた。
「今度はもっと卑猥なことを言わせてやるからな」
 サディスティックに私を愛する青。
   それは本当の愛情を確かめ合ってからも変わらなかった。
 確かな愛を感じる優しい意地悪だけれど。
 顔が羞恥に染まる。
「貴方が放つ香りが好き。
 この煙草とコロンの混じり合った甘く苦い香りが、
私を狂わせるの! ねえ、あなたは感じてる?」
声にならない声で叫ぶ。
 荒れ狂う波の中翻弄されている中で必死にもがいていた。
「狂わされてるのは俺の方だ。
 お前のその甘い芳香にそそられる。
 俺を嗜虐的にさせるのは沙矢なんだぞ」
 傲慢な台詞も、刺激的なスパイスになる。
「ああっ……青……好きよ」
「沙矢……俺もお前のことしか考えられない」
 視界が揺れる。彼は激しく腰を前後させている。
 舌を絡めたキスを交わしながら、抱きしめ合いながら、
 広いベッドの上で幾度となく乱れた。
 窓際に置かれた花瓶からバラの花が、一枚、また一枚と
 花弁を落し、香りが運ばれてくる。
 夜露を含んだ薔薇の香りは私達によく似合う。
 飽きることなく愛を貪る私達に。
「あ……ん」
 ぴくんと体が跳ねる。
 彼の指先が、敏感な場所を同時に弄るから、
 過剰な反応を返してしまう。
 麻痺するくらい、感じているのだ。
 胸の頂と秘所の芽から、疼きが走る。
 もっと、感じて壊れたい。
「どんな女でも絶対感じる箇所が決まってるんだから、
 不思議だよな。なあ、イイか?」
どくどくと疼き、彼を絡め取ろうとしている。
言葉で言わなくても、体が肯定していた。
「ここが一番イイ香りがするな」
「……あああん」
 彼は言葉で攻めた後、その場所に顔を埋めた。
 舌先でその場所に触れる。
「最高だ」
 彼は吐息をそこに吹きかけた。
 煙草の匂いがする。
 体が反り、寝台に何度も沈む。
「も、もう駄目……私」
 はあはあと荒い息が繰り返される。
「沙矢」
 掠れ気味の甘い囁き。
 耳朶に歯をあてられ、同時に熱が膣内に入り込んでいた。
 初めから、クライマックスを誘う大胆な動き。
 汗が散る。くらくらとめまいがした。
 鋭く突かれ、全部吸い取られるような錯覚に陥る。
 同じ声をあげて、同時に果てた。
 薄膜越しに放たれた熱が、どうしようもなく熱い。
 溶けあった瞬間を惜しむように抱きしめあう。
 肩で息をしながら、満たされた笑みを浮かべる。
 やがてゆっくりと中から、彼が出ていき、隣に横たわった。
 抱き寄せられ、そのたくましい肩に寄り添う。
 自然と重くなる瞼に逆らわず眠りに身を任せた。 


「おはよう」
 クスっと沙矢に微笑む。
 汗で張りついた長い髪を避け、額にキスを落す。
 ぶるりと体を震わせ、ゆっくりと瞼が開く。
「おはよう」
 大きな瞳を動かし、まばたきをする様が愛しい。
「行こうか」
 俺は沙矢を抱えようとした……が、
「今日は私があなたを連れて行きたい」
 沙矢が真剣な眼差しで言った。
 強く手が握られる。
「ああ、分かった」
 手を引っ張られ、寝台から立ち上がる。
 隠す必要などないから、勿論肌を晒したままで。
 導き歩いてゆく沙矢の背中を見つめていると、
 また欲望が首を擡げてくる。
 空いている方の手で背筋に指を滑らせた。
「きゃ……」
 突然、ひんやりとした感覚に襲われ沙矢の体がびくっと震えた。
「感度良好」
「もう!」
 そんな拗ねた顔にさえ惚れ抜いていることを彼女は知らない。
 浴室の扉が開けられた。
 誘導されていた俺はふいに沙矢の手を一旦離し、
 今度はこちら側に腕を引いた。
 彼女の体を引き寄せると、肌と肌が直接触れ合う。
「青……」
 熱の灯り始めた瞳。
「座れよ、俺が洗ってやる」
 浴室にある椅子に座ることを促す。
「信用できない!」
「大人しくしてないとどうなるか分かってるか? 」
「わ、わかった」
 俺が何を言いたいのか察したのか、彼女は抵抗するのを止めた。
 沙矢を椅子に座らせると、まず髪を洗ってやる為に、
 シャンプーを手に取り泡立てた。
 泡のついた手で髪に触れ、丁寧にマッサージするように地肌をほぐす。
「綺麗な髪だよな」
「そんなこと言って誉め殺しても駄目だからね」
「本当だ。お前の中で体の次に好きなパーツといってもいい位だ」
「一番好きなのは体ってこと!?」
「動くなよ、目に入るぞ」
「う」
「触れる場所でと付け足せばよかったかな」
 くすくす。口の端を緩める。
「勿論、顔も好きだからな。キスする為に触れる場所だし」
「つ、付け足しなのね」
「別に順位付けてる訳じゃないから安心しろ。
 順不同に述べてるだけだから。どこも同じくらい好きだぞ」
「う、そうやって懐柔しようとしてるでしょ」
「勘がいいな。さ、流すぞ」
 俺は、シャワーで沙矢の髪の泡を洗い流し、マットの上に押し倒した。
「……やっぱり」
 頬を朱に染めて呆れたような声を発した沙矢は胸の前で手を交差させていた。
「お前の小さな手じゃ隠せないだろ」
「……え」
「そのボリュームじゃ」
「や……」
 素早く手をどかせると、ふるんと胸のふくらみが揺れた。
 明るい場所で見ると、余計にそそられる。
 形よく整った豊満な胸も、桃色の頂も。
「嫌だったら止めるけど?」
 ぴん、と頂をはじいたら、背筋を震わせた。
「いじわる……っ」
 沙矢の言葉に、ふっと笑みが零れた。
「大体、お前が悪いんだ、こんな香りでまた俺を誘うから」
 残ったままの愛し合った後の匂い。
「誘ってなんか……大体洗ったのは青じゃ……っ」
 唇を塞ぐ。
「静かにしろよ」
 折角イイ具合に雰囲気だって盛り上がったんだから、
 黙って身をまかせておけばいい。
「気持ちよくさせてやるよ」
「期待してる」
 目を潤ませ、見上げる可愛いらしさに欲情を煽られた。
 勢いを取り戻した自身が、高く天を向いていた。
 ちら、と目を走らせ避妊具が残っているのを確認する。
 
 結局、体を洗い、部屋に戻ったのは2時間以上が過ぎた頃だった。


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