KISS



 一度目のキスは、お互いの温度を確かめる為。
 ソフトなタッチで唇を触れ合わせ相手の感情を確かめる。
 二度目のキスは夜の始まりを伝える為。
 少し長めの時間触れ合って、想いを与え合う。
 三度目のキスは、甘い余韻を味あわせる為。
 より深く、激しく吐息を絡ませる。セックスの始まり。

「好きだよ、沙矢」
 キッチンに立つ沙矢を後ろから抱きしめて、耳元で低く囁く。
 逃れられぬよう腰に腕を回すと、小さく身体が震えた。
「タイミングよすぎ」
 丁度、食後の片づけを終えたばかりの沙矢を捕まえたのだ。
 そう言われても仕方ない。
くすくすと笑う沙矢。
「食事はこれからだろう」
 ニヤリと笑う。
後ろから抱きしめてるから、沙矢はこちらの表情は分からない。
「ちゃんとケアしてくれなきゃ嫌よ。あと食事マナーは守ってね」
 顔を覗き込むと、沙矢は艶やかに微笑んでいた。
 もう一つの沙矢の顔。夜に花咲く女の表情。
「抱き合う上では、当然のルールだろう」
 ふわりと抱え上げると首に腕が回される。
「あなたらしいわね」
 寝室のベッドの上に沙矢の身体を下ろし、自分も隣りに座る。
 肩を掴み、軽く唇を合わせる。
「……ん」
 互いに瞳は閉じている。
「今日は、どんな夜にしようか」
「刺激的な夜にして」
 沙矢の言葉に二度目のキスをする。
 今度は、しばらく唇を離さない。
「青のキスは甘くて溶けそうなの」
 背に沙矢の腕が回っている。
「お前のキスも甘いさ」
「ん……んっ」
 舌を絡ませると、吐息が混ざる。
 俺に答えるように舌が絡んでくる。
 沙矢は頬を赤く染めていた。
 舌先を触れ合わせるとぞくぞくと電流が身体を走り抜けていく。
 激しいキスで息遣いは荒い。
 熱し始めた体が早くひとつに混ざり合いたいと訴えていた。
「青、大好き」
 くらりと傾ぐ身体を支えながら、自分もシーツの中へと身を沈みこませる。
 口づけをしながら、沙矢の衣服を脱がせる。
 俺も下着一枚を残し衣服を脱ぎ去る。
 首筋を啄ばむと腕の中で身をよじった。
「くすぐったい」
 沙矢は笑っている。
 傷つけてしまった夜は痛かったけれど、今は、夜を楽しむ余裕ができている。
 もどかしい動作で、首筋から鎖骨にキスを落す。
 一瞬一瞬で離れる唇に、じれったいのか俺を睨む。
 焦らす俺を責めているのだ。
「遊んでる?」
「楽しんでる」
 目を細めて問いかけるから、俺も微笑みを返す。
「ん……」
 音を立てて唇を吸い上げると赤いルージュの色が唇に移る。
「ふふ。口紅ついちゃったじゃない」
 今度は沙矢が俺の唇を吸いあげる。
「色が落ちちゃったわ」
 恨みがましげな声に、ふ、と笑う。
「お前の唇は口づけを誘うように赤いんだ。余計な物は取らなきゃいけない」
「また殺し文句?」
「お前の好きに取ればいい」
 また口づけを交わす。
 色が落ちたという沙矢の唇は、まだ充分赤かった。
 耳朶に歯列を添わせ、甘噛みをする。
 びくんと跳ねる体。
耳元にもキスを啄ばみ、息を吹きかける。
 掌は体をゆっくりと辿る。一気に滑り降りてまた上に戻る。
捉えたその場所を丹念に愛でると、硬く尖ってくる。
「やぁ……っん」
耳の奥に舌を差し入れた。卑猥なしぐさで舐め上げる。
 大きく反応を返す沙矢を見ているだけでたまらなくなる。
 胸を下から持ち上げるように揉みしだいて、耳たぶに舌を這わせて。
 重力に逆らい反ってゆく白い体。
 硬く尖った頂に何度も口づけ、吸い上げる。
 頂の周りでキスで円を描く。
 浅く深く口づける度に体は揺れた。
 自分の中でもじりじりと熱が高まっていく。
 鍵盤を撫でる仕草で指先を動かす。
 黒く艶やかな髪が闇の中で踊る。
 抱きあげて、座位の体勢になった。
 細い背中を強く抱きしめながら、横たえると、シーツの上に黒髪が散る。
 闇の中でも鮮やかな光景だった。
「綺麗だ」
 髪の一筋を掬いキスを落す。
 掬い上げては新たなキスをして。
 沙矢は瞳を閉じていたが口元は微笑んでいた。

 横向きにして、うなじから背に、赤い痕を刻む。
 キスマークをつけることはちくりと痛みを伴い、刺激を感じる。
 体に何かを残すことは、心に何かを残してしまうことになる。
 昔、愛ではない戯れを重ねる日を送っていた頃、キスを重要なことと考えていなかった。
 今はこんなにも重要だと思えるけれど。
「ん……」
 掠れた声は甘さを含んでいた。
 沙矢はシーツに爪を食い込ませている。
 舌を滑らせると、肌は薄紅に色づき快感は体の奥に広がっていった。
 頭を抱きしめ、横から淡く口づける。
 指に絡ませた髪がするりと零れ落ちた。
 仰向けにして、覆い被さった。
 体と体を限りなく近づける。
 俺の苛烈な熱を感じて沙矢は小刻みに震え始めた。
 うっすらと開けられた瞼からは潤んだ瞳が覗いている。
 素早く自身にソレを纏わせると、
「イこうか」
 首を振る沙矢を見て一気に貫いた。
 潤んだその場所は難なく俺を受け入れ、奥まで誘導する。
 止め処ない狂おしさ。
膨れ上がる愛しさのままに前後に腰を引く。
「あぁっ……あ……ん」
俺の背に立てられた爪の鋭さ。
 甘い引力に煽られて、想いのままに貫く。
 幾度となく内部を掻き混ぜ、体を揺さぶる。
 みだらに啼く沙矢に、暴走を止めることが出来ない。
 舌で唇をこじ開け、舌を縺れ合わせる。
 俺に応えて沙矢も舌を差し入れてくる。
 絡め合わせて、二人を繋ぐ糸を作って、それを互いの口に飲み込む。
 律動を刻む腰に、ベッドは揺れ続ける。
 緩く浅く突き上げる度に、背に爪を立てられるのを感じた。
 今まで沙矢につけられた傷はいくつあるのだろう。
 消える頃には次の傷ができるから無くなることはない。
 ふっと微笑んだ。嬉しくてたまらなかった。
「はぁ……んっ……青、お願いよ、一緒に」
 ぐったりとベッドに身を投げ出した沙矢が訴える。
 しどけなく開いた唇と薄く開いた瞳が、いやらしくてよりそそられる。
「イこう」
 ぐいと腕を引き、体を抱え上げると、一番奥を貫いた。
「ああ……あぁんっ」
 沙矢と俺の欲望の証が泡となって弾けた。

 腕の中、眠りに落ちた沙矢の頬に口づけると、
 瞬きを繰り返し、ゆっくりと瞼を押し開いた。
「青?」
 身じろぎする腕の中の体を抱き寄せて呟く。
「起きたのか」
 穏やかな微笑が自然と浮かんだ。
「青ってキスが上手いからキスだけで酔っちゃうわ」
「お前こそ殺し文句か」
「本気で言ってるのよ」
 笑い合う。
「私も少しはキス上手くなった?」
 見上げる瞳は真剣だった。
「キスしてくれよ? 確かめてやるから」
 答えに変えて唇が塞がった。
 軽く触れるキスでも官能的なのが不思議だ。
 唇に甘さが、伝わってくる。
 俺も口づけを返す。
「お前のキスは上手くても下手でも俺だけのものだ」
「答えになってない……っ……んん」
 舌をねじこめば濡れた瞳が目に入った。
 こっちをうっとりと見つめている。
「……青ったら」
 唇を離した途端呆れたように笑った姿が印象的だった。
 沙矢の指先が、唇の輪郭を辿る。
 その指を捉えて口づけた。
 掌にも唇を掠める。
「キザ。でも青には似合うわ」
 笑う沙矢を抱きしめながら、
「朝はキスから始まるものだろ」
 なんてうそぶくと、やっぱりキザと一言耳元で聞こえた。
「俺を口先だけの他の男と一緒にするな」
「他って、知らないから比べようがないわ」
「知らなくていいんだよ」
 手を繋いで、柔らかなキスを交わした。
 朝からふざけ合うのも一興かな。



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