眼差し



 どこまで私を閉じ込めるのだろう。
 彼の眼差しは、妖しく煌いて私を目茶苦茶に壊す。
 違う私に変えてしまうの。
 見つめられるだけで犯されているような感覚。
 体中が麻痺してゆく。
 いつだって、彼の瞳に視姦されてきた。
 指先、唇が肌を愛撫するその前に瞳で抱かれているの。
 ねえ、今日もその眼差しで私を雁字搦めにして……。
 クールで熱いその瞳で。



 真剣な顔で本を読んでいる。
 私には理解できない難しそうな分厚い専門書。
 青は、ゆっくりゆっくりとページを捲りながら、何かをノートに記述する。
 未だに詳しくは知らない。
青がどんな仕事をしているのか。
どうやらマニアックな専門職についているらしいというのは知ったけど、
それ以上は知らない。
 教えてもらっても私には分からないだろうし、 特に知りたいとも思わない。
 拘る必要はない。青は青で何してようが変わらないものね。
「沙矢」
 キィと回転式の座椅子が動く。
 視線に気づいた青が、私を見つめる。
「さっきからずっとこっちを見ているな。気になるか?」
「ただあなたを見つめていたいの。それだけで安心するのよ」
 彼を見つめた。
 意味なんてないの。あなたを見つめさせてほしい。
「おかしな奴だな」
 くすっと笑う青に見惚れた。
「退屈だろ、ごめんな。すぐ終らせるから」
「大丈夫。待ってるから、気にしないで頑張って」
「分かった」
 座椅子の向きが戻り、自然と青の背中を見つめることになった。
 広い背中。筋肉質すぎず頼りないほど細いこともない。
 適度なバランスで保たれていて、そんな所も彼の魅力の一つだと思う。
 あの背中に腕を回し、爪を立てる時、彼を独り占めしてる。
 抱きしめられて抱き返す。
 射抜く眼差しは炎のようで氷のようでたまらなく好き。
 焼かれては、溶かされる。
 こうやって真剣な眼差しで何かに没頭している姿も好き。
 一番好きなのは、柔らかな笑顔。
 男の人なのに嫉妬してしまうほど綺麗な眼差し。
「……青」
 はっとした。
 無意識に彼の名を呟いていた。
 小さな呟きさえ聞き逃さない青は、振り返らず声だけこちらに向けた。
「沙矢」
「ごめんなさい。邪魔しちゃったわね」
「全然そんなことないよ」
 甘やかすのが癖になったのかしら。
 慌てて視線を逸らし、私はドアの方に向かった。
 やっぱ見られるのは気になるものだよね。
「ご飯作ってるから」
 笑ってドアノブに手をかけた。
「待てよ」
「え……?」
 声はすぐ後ろで聞こえた。
「お前に見られて正気でいられるわけがないだろう」
 立ちすくんでいると、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
 閉じ込められて息もできなくなる。
 肩に頬が触れた。
「……苦しい」
 息が出来ないほどの抱擁。
「人を射抜いておいて、後は放置でそのまま出て行くのか」
「ほ、放置って? 見られてたら気になるでしょう」
「目の前にお前がいるのにこっちは必死で耐えてたんだぞ。 そんな気も知らず……」
体が反転させられ、青と向き合う格好になる。
そのまま口づけを奪われた。
絡め取るような甘いキス。
熱の進入もない唇を合わせるだけの淡いものだ。
どれだけそうしていただろう。
 暫く経ったころ、唇がふいに離れる。
 陶酔しているのを感じていた。
「青、気づいていないの?」
「何が?」
「眼差しだけで相手を昇りつめさせることができること」
「だとしたら光栄なことだな」
 微笑み、私を抱きすくめる。
「その目で見られて墜ちない女性がいるのかしら」
 悪戯心で呟いてみる。今更ジェラシーなんてないけれど。
「馬鹿だな。それはお前の目に映る俺だろう。
 他の女の目にはどう映っているか知るはずもない」
「……せい」
「沙矢の前でしか素顔を晒すつもりもないからな」
 ぽろぽろと涙が零れ、青の肩の少し下を濡らした。
 嬉しくて堰を切ってあふれ出す感情。
 胸の痛みはない。温かさに包まれている。
「泣き顔も綺麗だ」
 青の声にはっと体を離す。
 長く繊細な指が、頬を滑り、涙を拭う。
「ありがとう」
「礼を言われることは何もしてないが」
「いいの、言いたかったんだから」
「邪魔に思うどころかお前に見られてるのが嬉しいんだよ。
 一人でいる不安が掻き消される」
「大げさね」
 笑みが零れる。大げさすぎる
「別に誇張表現してるわけじゃない。これからも好きなだけ見ていていいから。どんな時も」
「ええ」
 視線が交差する。
 暫く見つめ合った後、どちらからともなく口づけを重ねた。
 淡く啄ばんで、一旦唇は離れる。
 今度は青から口づけが降りる。顎を掴み乱暴に口づけた。
 歯列を割って、私の舌と自分のそれを絡める。
 ねっとりした唾液の糸が互いの間を繋ぐ。
 青は私の首筋を流れ落ちるその液体を舌で絡め取り口の中に流し込んだ。
 くちゃくちゃという淫靡な音が辺りに響く。
 妖しげに目を細め、舌なめずりする表情は、艶めかしく
 立っていられなくなりそうでこれ以上見つめることが出来ない。
「駄目よ……反則」
 思わず目を逸らした私を、青はお仕置きとばかりに抱え上げ、
「ベッドまで強制連行」
 ニヤリと微笑んだ。かあっと肌の熱が上がる。
 肩にしがみつき、指先で青の服を掴む。
(もう、終ったの? と聞くのは野暮かしら。
聞いた所で青はこれ以上我慢するつもりもなさそうだったけど)
ふわりと抱き上げられ、寝室へと連れて行かれる。
どさりと乱暴に下ろしたりはせず、ゆっくりをベッドと下ろされる。
私の体を横たえると肩を腕で押さえつけて縛りつけた。
 見上げた青の眼差しには炎が揺らめいていた。
「明日はお前の体、使い物にならないかもしれないな」
「……な」
 冗談っぽく大胆不敵な発言をする青。
 彼らしいけど、もしかしたらと最近思い当たることがあった。
「ずっと気になってた」
「何が?」
「青は前からそんな風に女性に対して言ってたの? それとも私だから
言ってるの? 目覚めさせたりしてないよね」
くすっと笑いながら青は耳元に唇を寄せる。
「軽い付き合いの適当な女にはそんなこと言う必要もなかったよ。
 いつだって本気になることはなかった。お前が俺を初めて本気にさせた
 女だって何度言えば分かるんだ? 色んな意味でな」
 意味深に口元を歪める青。
「……サドっ気を目覚めさせたのは私なのね」
「お前を見てるとどうにかなりそうになる」
「自分の性癖を人のせいにしないでよ」
「お前も自覚しろよ。苛めたくなるような姿を見せてるってことを」
「堂々巡りね」
「俺は楽しいけどな」
「人をからかって遊ぶ節があるから困り者ね、青は」
「退屈しない男だろう?」
「何言って……あ……ん」
 耳朶に舌を添わされ、耳たぶを噛まれる。
「好きだよ、沙矢」
 甘い囁きに心が溶かされてしまう。
「私も好きよ」
 青は真摯な眼差しで私を見つめながら、愛撫を始めた。
 僅かでも視線を逸らさない。
 覆い被さり、首筋に唇を押し当ててくる。
 きつく吸い上げられると、赤い痕が浮かぶ。
 幾つも幾つも首筋にキスを落としながら、指先は体の上を彷徨う。
 胸の周辺を何度か行ったり来たりして、やがて指先は膨らみを捉える。
 強弱をつけて、膨らみを揉まれる間も唇は下降して行く。
 胸の膨らみをすり抜けて、腹部を辿り、捲れたスカートから覗いている大腿に口づける。
 いとおしむ様な柔らかい仕草に酔いしれてしまう。
 でももっと激しく愛して欲しい。
 青はいつも丹念に時間をかけて愛してくれる。
 巧みな愛撫で私を翻弄する。
 まるで大切な宝を扱うみたいに私に触れる。
「不思議ね、数え切れないほど抱かれているのに、今もどきどきするのよ。
 寧ろ、前よりずっとどきどきしてるかもしれない」
 青に近づけた時、より一層彼が愛しくなった。
 彼の全てが欲しくて、感じたくて仕方なくなった。
「俺も同じだ、ほら触ってみろよ」
 青は私の手を持ち上げて自分の胸元に触れさせた。
「うん」
 衣服の上から触れていても伝わってくる鼓動の早さ。
 これが青の心臓の音。
 とくん、とくんと早鐘を打つのは私と同じ。
「分かったか?」
 すっと目が細められ、こくりと頷いた。
 ワンピースのジッパーを下され、すぐにブラジャーも外される。
 床に投げられたそれらを茫然と見やっていた。
 露になった肌を青はじっくり眺めている。
 されるがままに任せていても不安はない。
「前から思ってたけど……絶対着やせする性質だろ」
「そうなのかな」
「細いのに、その下にはそんな物隠しているなんて。欲情を抑えられないなこれじゃあ」
 青は胸が好きなんだと再確認する。
「あの、私も言いにくかったんだけど……最近胸大きくなった気がするの」
「俺のおかげだな」
 膨らみの頂点にそびえる突起が口に含まれる。
 突起が押さえられ全体をもみしだかれる。
「ああ……ん」
 吸い上げられる程に突起は硬さを増し、膨らみは柔らかくなる。
「気持ちいい……っ」
 視線で抱かれ仕草で愛撫を受けていてもまだまだ足りない。
 唇が肌を辿る。啄ばんだり、時に吸い上げられて肌は色づいてゆく。
 奥底からせり上がってくる熱の温度が、上がる。
 青の指先は下腹を下り、秘所へと辿り着く
 蕾を指先で捏ねて、周りを撫でられると、
 じわりと熱いものが込みこげるようだ。
 零れる蜜を掌で掬っては蕾に擦りつけ、またそこを捏ねる。
 時折指の動きを速くなり同じ場所ばかり攻められる。
「ああああ……っ」
 脳裏で光が弾けて、意識の枷から解き放たれた。

 一度達して荒くなっている吐息。
 青が覆いかぶさり初めて触れ合う肌と肌。
 押し潰さないよう、少し距離を空けて、背中を抱きしめる。
 私はその腕に自分の腕を絡めた。
 青の体の下で擦れる胸の突起。
 たまらなくて私は、びくんと体を反らす。
「何回イきたい? ただし、今さっきのはお前が勝手にイったからカウントしない」
「あなたが果てるまで何度もイかされるんでしょ」
青はくつりと笑う。
「置いて行ったりしないからついてこいよ?」
「……うん」
青は素早く下腹の下着を脱ぎ、すぐにまたのしかかって来る。
私の足の間に体を入れて、秘所に青自身を宛がう。
私が意識を手放している間に、準備を整えたのだ。
直ではなくても焼かれそうな程の熱さを感じる。
 青は私の熱い部分に自身を擦り合わせ、蜜を撫でつける。
 体が小刻みに震える。
言いようのない快楽に襲われて身を捩ってしまう。
 ぎゅっと抱きしめる力が強くなったかと思うと、唇が重なっていた。
啄ばんでは離れ、舌を絡める濃厚な口づけを交わす。
息をつく間もないほど口づけを与えられ、いつの間にか体の力が全部抜けていた。
ふわりと青の背から腕が離れる。それを青は掴んで、腰を動かした。
「……っ」
全部は入れず、入り口のところで出入りを繰り返す。
浅い場所を出入りする青は時間をかけて私の体を開いてゆく。
やがてベッドに腕をついて、私を見下ろてきた。
視線で問われ、私は頷いた。
「はあっ……」
青が全部入り込んでくると、満たされた気分だ。
奥までいっぱいになっている。
恍惚の溜息が漏れ、青の背筋に爪を立てた。
 中で青は動き始めた。
 内部を掻き混ぜ存在を主張する。
「あああ……青!」
 一度腰を引いて出て行ったかと思うとまた入り込んでくる。
 凄まじい律動で、私を導く。
 掌で膨らみを揉み込まれ、上でも下でも体が揺さぶられていた。
 喘ぐ唇を塞がれる。
 青の動きはどんどんスピードを上げていった。
 意識が遠ざかる。
 虚ろな眼差しで青を促した。
 きつくなっている締めつけに青も勘づいていたことだろう。
 腰を抱えあげられ、一気に奥底を貫かれた。
「あああっん!!」
 鋭い嬌声を上げる。
 深く繋がっているのを感じて、果てた。

 可愛らしい寝顔だな。
 ふいに巻き起こった悪戯心で、頬をつついてみた。
 柔らかい頬。どこもかしこも触り心地が良く、飽きるどころか
 欲望が枯れるまで貪りたくなる。
「沙矢」
「……う……ん」
 夢現の沙矢が肩に体を寄せてくる。
「まだまだ独り占めさせてくれよな」
 自分と彼女の間に生まれた子どもにさえ嫉妬してしまいそうな気がする。
 自分だけの物でなくなる現実は、見たくないな。
「そう言いつつお前を我慢できないってのは矛盾してるか?」

 眠る沙矢が、うっすらと微笑んだ気がした。



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