透明な雫
表示された名前に、嬉しさと戸惑いが同時に浮かび、電話に出るのを躊躇う。
5回のコールが鳴り響いた後、ようやく通話を押した。
「もしもし……ああ」
「……今週の土曜日会える?」
震える声は、勇気を振り絞ったに違いない。
「……ああ行くよ」
彼女ー沙矢ーの部屋で会うのだ。
俺も休みなので、心ゆくまで共に過ごせる。
「きっとよ」
明らかな喜びに満ちた声を聞き、内心溜息をついた。
俺がついている嘘に、未だだまされたままの沙矢は、
いつだって、切なく焦がれるようにこちらを見つめる。
そんな彼女に、愛していないと嘘をつく。
嘘にできず真実になってしまうから、愛しているは言えない。
彼女のことを抱きたいだけだ。
そう、愚かにも言い聞かせている。
衣服を脱いで浴室に入る。
髪を掻きあげながら、シャワーの熱い飛沫を浴びる。
「幻想に酔うように仕向けているのは俺だな」
低い声で漏らした言葉は、シャワーの音がかき消していく。
髪を拭き、バスローブを纏い寝室へと向かう。
ガラステーブルに置いた白ワインのコックを開ける。
戸棚から取り出したグラスに注いだ。
グラスに映るのは、身勝手な孤独に苛まれる一人の男。
グラスを転がして、匂いを味わうように口元に寄せる。
口に運んで、一口飲む。
何故だか、赤の方が好きだと感じた。
芳醇な味わいだからだろうか。
それとも、色が、連想させるから?
疑問は解けないまま暫く脳内をめぐっていた。
忙しなく日々は過ぎていき土曜日がやってきた。
リビングのソファに腰を下ろし、携帯を手に取った。
短縮から、番号を呼び出し、かける。
『サヤ』と表示されているディスプレイ。
何度となくかけてきた番号だ。
片仮名で登録していることに意味はない。彼女はどう登録しているのか少しだけ気になった。
3コールの間を置いて相手が出た。
「……青」
「今日、本当に行っていいんだろう」
「え、いいわよ……どうして?」
問いに問いで返していた。
「……それとも俺の部屋に来るか?」
一瞬、自分が何を言ったのか分からなかった。沙矢も声を失っているようだ。
この部屋に連れてきたことはあるが、会うのは大抵ホテルか沙矢の部屋と決まっていた。
彼女の部屋だと二人きりを強く意識することができる。
ホテルなら、周りを気にすることなく過ごせる。
俺の部屋に呼ぶことが極めて稀なのは、帰したくなくなるからだ。
いつまでも止めて、抱き殺してしまうことへの恐れ。
送っていかなければならないのだ。目を覚ますまでに帰ればいいというのとはわけが違う。
現金を渡すのは、とんでもない侮辱だ。ホテルに行った時、
先に帰ってしまった時は、交通費として渡したが、二度とするべきではない。
そんなのわざわざ考えるまでもなく当然だ。
肉体のみと、お互いに理解していても、金で繋がる関係ではないのだ。
「……行っていいなら」
考えを巡らせていると、答えが返ってきた。
ぽつり、雨のようだったが、はっきりと聞こえた。
「もちろん、構わない」
「……よかった」
「こっちは何時でもいいが、どうする?」
「じゃあ一時間後に迎えに来てくれる? 表に出てるわ」
どこか声が弾んでいる。浮足立っているのか。
たかが俺の部屋に来るくらいで?
「ああ、分かった」
通話を切って、着替える為に寝室に戻った。クローゼットからシャツとスラックスを取り出す。
砕けているといえば砕けているだろうか
土曜日に仕事が入ることはたまにある。7月のあの時は、仕事帰りだった。
仕事帰りでもないのに暑苦しく、スーツは着たくなかった。
どうやら沙矢は、スーツ姿が好きらしいのだが諦めてもらおう。
ジャケットもタイもないと物足りない感じもするが、これでいい。
約束の時間まで一時間弱。
寄り道する時間は十分ある。
腕に時計を嵌めて、リビングに向かう。
置きっぱなしだった財布をスラックスのポケットに突っ込んで、部屋を出た。
地下駐車場に停めてある愛車に乗り込んで、シートベルトをする。
車内のダッシュボードを開け、中を確認をして、
運転に関する全ての準備を整えた後エンジンをかけた。
街を駆け抜けて、一軒のブテイックに入る。
上質の物しか置いていないここは、気に入っていてたまに来ていた。
店員が無駄に話しかけてこないので、ゆっくりと商品を吟味することができる。
いちいち聞かれずとも自分で決める。
本来なら、二人で来た方がいいのかもしれない。そうすれば彼女の気に入った物を
選んで買い求めることができるが、それはできない。
似合うものを心得ていることが救いというべきか。
きっと、満足してくれるだろうと信じて選ぶ。
シフォン生地の白いワンピースは、清楚で可憐な雰囲気を引き立て、
まさにぴったりだったが、冒険が足りなかった。
(……こんな格好したお前を見てみたいと思うのは身勝手か)
裾と襟元に黒いレースがついたデザインのワンピースを見て、サイズを確認する。
ウエストは問題ないが、沙矢が着るには胸元が窮屈だろう。
店員を呼んで、他のサイズを確認する。
「……既製品ではぴったり合うサイズは難しいですね。
藤城様はお得意さまですし、お直ししましょうか」
「今すぐ欲しいんですが、できますか? 無理なら、他の店を辺ります」
笑顔で無理な要求を突きつけた。他の店に寄るつもりは毛頭ない。
今日渡して、着せたいのだから。
「……一時間ほどお待ちいただけますか」
「分かりました」
普通通らないはずの要求はあっさり受け入れられた。
勝算がなければできない賭けではあった。
馬鹿な事をしている。面倒なことしなくてもいいのに。
まあ、いい。
好きでやっていることだ。
時間に遅れてしまうことになったので、店を出て携帯を手に取った。
短縮を呼び出しかけると、すぐに出た。
「……どうしたの?」
「悪い。少し遅れるが必ず行くから」
「あ、うん、待ってるね」
不安そうだった声は、安堵に変わった。
行けないと言う電話かと恐れたのだろう。
車に乗って、時計を見た。
どうしてか、運転席に座るとハンドルを握ってしまう。
これから出るわけじゃなくても、惰性で身についている癖だ。
ハンドルを握り頭を寄せる。
気は短くないつもりだが、長くもない。
表に出さないだけだ。
その時、携帯が鳴り響いた。
ディスプレイも見ずに慌てて通話を押す。
「……青」
「ああ」
「りんごのケーキって好き? 時間あるし焼こうと思って」
「嫌いじゃない」
「……分かった」
ぷつり、と途切れた会話に、妙な気分になる。
まるで本物の恋人同士じゃないか。
たとえ、夢を見ることで、未来を悲観しないようにしているだけでも。
街の喧騒が聞こえてきて耳障りだった。涼やかに響く沙矢の声と大違いだ。
あの声は、不思議と心と身体を癒す。
些細なことにも執着している自分に舌打ちした。
暫く考え事に耽っていた。
時計を見ればいつの間にやら、かなりの時間が過ぎていた。
車を降りて、店に戻る。
店内に入ると、先ほどの店員が、駆け寄ってきた。
「お待たせいたしました。レジへどうぞ」
「プレゼント用に包装してもらえますか?」
にこやかに応対され、手際よく包まれていく。
リボンは、頼んでこちらで結ばせてもらった。
代金を払うと、丁寧に頭を下げられる。
「ありがとうございました」
その声を背に、颯爽と店を出た。
車に乗り込む。
バッグをする時、助手席に腕を置くと、なぜか寂しいと感じた。
沙矢が、隣にいることに慣れてしまったのだ。
(だから、嫌だったんだ……)
心中、苦味を覚えた。
沙矢の待つアパートへと急ぐ。
地下鉄の駅からは離れているが、バス停が側にある。
ルームミラー越しに、ハンドバッグと紙袋を抱えた姿が見えた。
クラクションを鳴らすと、こちらに視線を向ける。
ふわりと浮かべた微笑み。瞳の奥に陰を潜ませている。
艶のある長い黒髪は背に流し、蝶のバレッタで留めているようだ。
軽やかに、車を駐車させると、沙矢が車の側まで歩いてきた。
小走りする姿もかわいらしい。
「……待ったか」
「ううん。ケーキもさっき焼けたところよ」
「荷物、後ろに置けばいい」
こくん、と頷いた沙矢は、後部座席に荷物を置いて助手席に座った。
トランクに入れているので、プレゼントには気づかれなかった。
「何してたの? 別に無理に聞きたいわけじゃないけど」
意味深に唇をゆがめると、沙矢は、きょとんと首をかしげた。
「電話、本当にうれしかったの。8月はまだ会ってなかったでしょう……」
「忙しかったんだ……そっちは変わりはないか」
「仕事にも慣れてきて随分楽になったかな」
「そうか……」
シートベルトをしたのを確認してエンジンをかけた。
ギアを入れて出発させる。
何気ない会話を普通にできる。
ただ、お互いの笑みが硬いだけで。
車を停止させた時、ふ、と視線が絡んだ。
揺れる瞳に、胸が締めつけられる。
無垢な表情があまりに美しく、危うくハンドル操作を誤ってしまいそうだった。
マンションにたどり着き、地下駐車場に車を入れる。
トランクから箱を取り出して抱え、後部座席の荷物も箱の上に重ねて持った。
助手席を開け、先に降りると手を差し伸べた。
こわごわと掴んでくる右手に自分の左手を重ねる。
掴んで、歩きだす。
隣を歩いてくれることが、嬉しかった。
俺の方に視線を向けてきた沙矢の意識を反らせたくて、強く手を握りしめる。
幾分、早くなった歩くペースに引きずられるように、ついてくる。
エレベーターの中でも、やはり気になるようで視線をそわそわと泳がせていた。
「あの、自分の荷物は自分で持つわ」
「俺が好きでしていることだから気にするな」
言い含めれば、口をつぐむ。
内心別の言い方ができないのかと悔やむが、後の祭りなのだ。
片手で荷物を抱え、空いている手で沙矢の手を掴んでいる状態だが、特に不便さは感じなかった。
エレベーターを降りた後のことまで考えていなかったのだが。
「……すまないが、鍵を開けてくれないか?」
「あ……それなら私が荷物を」
「いいから、開けてくれ」
鍵をポケットから取り出し、渡す。
沙矢が鍵を開ける姿を見守る。開けさせてみたかったという気持ちもあった。
かちゃりと開き、沙矢がドアを開ける。
先に中へ入るのを促し、後から入り鍵を閉める。
明日、彼女を送っていく時名残惜しさとともにドアを開けるのだろう。
リビングに行き、ソファの上に荷物を置く。
手渡すと、沙矢が笑顔で頷いた。
「ケーキ切ってもいい?」
「ちょうど甘いものが欲しかったんだ」
紙袋を手に提げて、ダイニングキッチンに向かう姿を見送り、ソファにある箱を抱えた。
箱を抱え、寝室へと向かう。
戻ってくると、リビングのテーブルの上にはケーキの入った皿が並べられていた。
「お茶を入れるよ」
そう言い置いてソファに座らせる。
手持無沙汰になった沙矢は、膝の上で手のひらをこすりあわせて宙を見上げていた。
トレイに乗せたカップとソーサーを手に戻ってきた時、
ハンドバッグを抱きしめている姿が目にとまった。
テーブルの上に置く音で、こちらに気づいたらしく、恥ずかしそうに頬を染めた。
「ありがとう……」
「礼を言うのはこっちだ。ケーキ作ってくれただろう」
くし型にカットされたりんごが生地の表面に浮き出ている。
「男の人にケーキとか作ったことなかったの……」
その告白は、単純に嬉しかったが、唇からは裏腹な言葉がこぼれた。
「その初めてのケーキを食べるのが俺でよかったのか」
「な……それこそ好きで作ったんだから、あなたが気にすることじゃないわ」
決然と強い口調で沙矢は言う。
「だな……食べていいか」
「どうぞ」
お茶で口を湿らせ、同じタイミングでケーキを口に運んだ。
ぎごちないムードは、それでも以前よりは格段にマシだと思う。
りんごの風味を感じられる程よい甘さのケーキは、素朴でとても美味だ。
「美味い……」
「よ、よかった」
ほっと息をつく姿。
「紅茶は、どうだ?」
「ケーキと合ってる……やっぱりすごいセンスね」
「センスという程のものじゃない」
「……でも私じゃ思いつかないわ」
「なあ」
冷えた眼差しで問う。
「え?」
「お前はこのままでいいのか」
鳴り響く心臓の音を確かに聞いた。
うろたえて、俯いている。
「……あなたにそれを言う資格があるの?」
顔を上げた沙矢がこちらを射抜く。
どこまでも、見透かされているのではないか。
気持ちを隠していることを察している?
逃げているくせにと、責められている気がして、苛立ちを覚えた。
身勝手すぎるのに、どうにも抑えられなくて。
「ふっ……」
いきなり鷲掴んだ胸元。声を漏らした沙矢は非難をこめて見つめてくる。
「お互い様だろう。俺もお前もずるいんだからな」
表情を見ながら荒々しく揉みしだく。
形を変えるほど揉みくちゃにすれば、表情も変わり鼻から抜ける甘い吐息が聞こえ出す。
「……悪かった」
あっさりと手を離す。
潤んだ眼差しに理性も打ち砕かれてしまいそうだ。
「嫌じゃなかったの……心の準備ができてなかっただけ」
「……ゆっくりしてろ」
置き去りにしてダイニングキッチンを抜ける。
シャワーを浴びて頭をすっきりさせたかった。
浴室に入り、シャワーを浴びていると、暫くして不審な物音がした。
扉を薄く開けば、タオルで肌を隠し、佇んでいる沙矢がいた。
そういうつもりなら、受け入れようじゃないか?
腕を伸ばして、浴室の中へと連れ込む。
浴室の床に、タオルがひら、と落ちた。
照明の中、白い肌がいっそう鮮やかだった。
「っ……あ……あっ」
赤く色づいた実に噛みつく。
歯を立て、吸い上げ、唾液をこすりつけた。
正面から、降り注ぐシャワーが肌を濡らしていく。
上唇を舌でなぞって、唇を合わせる。
角度を変えながら、啄ばむように、掠めるように。
口腔を探り、舌を絡ませて突く。唾液が、いやらしく糸を引いた。
瞳を閉じて、キスを受け入れる沙矢は、本能に突き動かされている。
背中に回ってきた手に力がこもったのを感じた。
「……どんな風に汚されたい? 望み通りにしてやる」
背中を抱いて、頭に手を置いて問いかける。
まだ本気ではない。試しているだけ。
「……あなたの思うようにして」
「無意識でやってるとしたら、相当だな」
感じている表情でも、俺への眼差しは強いままで、身ぶるいがした。
流されてなどいない。全ては、彼女の意思なのだ。
激情の裏に隠された素の顔を知らない自分が、許せなくなる。
見せられないのだ。
「私の望みだもの……」
泣きそうな声で、呟いた沙矢を、ただ包み込むように抱きしめた。
柔らかな弾力が、俺の堅い胸に触れる。
はっとして、肩を押して避けた。
不味い。
沙矢は、大きく眼を見開いている。
照明の下で見える表情は羞恥に染まっていた。
「いいのに……」
ピルを飲んでいることを言いたいのだ。
「効果は完全ではないんだ。
……もしもがあったら困るだろう」
沙矢は、息を飲んで、目をそらす。
彼女には簡単に欲情する。煽られて陥落してしまう。
他の女だったら一時で醒めていた熱が、未だ引いていないのだ。
「……そうね」
虚ろな声に、理性を総動員させて堪えたことを悔やむ。
抱いてほしい時に抱けもしない。
こっちが欲しい時には与えてくれるのに。
疲れている時、肌に触れれば癒された。温もりに、生を感じた。
「……先に寝室で待ってる」
首を揺らした沙矢は、俺の手を離した。
扉を開けて立ち去る瞬間、彼女の頬に光る涙が見えた。
シャワーの飛沫で誤魔化せなかったのだ。
浴室を出て、乱暴に髪を拭う。
肌を適当に拭いて、バスタオルを腰に巻いて寝室に向かった。
せめて、抱いている間は、泣かせないように、優しくしてやりたい。
そう言い聞かせても、思うようにはいかないのだろう。
ベッドの縁に腰を下ろして、宙を睨みつける。
足音の次はノックの音。
「入っていいよ」
思わぬ柔らかな声音に自分で驚く。
泣いていたことが嘘のようにすっきりとした表情で、歩いてくる。
隣を勧めれば、距離を取って座った。
じれったくなって肩を抱く。
「……最近、前より優しいよね」
「そんなつもりはないが」
「気づいてないのね」
(本音を吐きもしない男を優しいだなんて評価するな)
押し倒して、真上から見下ろす。
戸惑いに揺れる瞳と、震える指先。
バスタオルの上からでも分かる豊満なふくらみ。
照明をリモコンで消して、ベッドサイドのライトを点けた。
瞳を閉じている様子に、了承を得たと感じバスタオルをはぎ取った。
シャワーを浴びた肌は淡く色づいていた。
互いの唇を吸い合う。
舌で唇をこじ開けて、深く口づける。
舌先を絡めて、唾液が顎を伝うほどに、口腔を侵した。
指先を、秘部まで滑らせればしっとりと湿っていた。
指にまとわりつく蜜。
耳が、おかしくなる卑猥な音。
「っあ……」
首筋に息を吹きかける。
「素直すぎるんだよ」
肌に直接言葉を投げて、唇を寄せる。
きつく吸って、痕の残す。
無数に刻んだ痕は、幾日で消えるものなのか。
七日目には既に消えているからこそ、同じ場所に痕を重ねる。
じりじりと、熱が上がる肌は甘く香っている。
髪を振り乱し、体を丸める姿に、萎えかけていた欲望の塊が一気に勢いを取り戻した。
タオルの下で張りつめて天を向いている。
膨らみをもみしだく。下から押し上げ、
手のひらの中に納めて、押し返してくる弾力を楽しんだ。
のけぞった首を舌で舐める。
耳たぶを噛んで、側面に舌を沿わせる。
恥じらいながらも声を出しているのは、距離が狭まったということか。
頑ななつぼみが、開かれていく。俺の為に。
側に置きながら、真実欲しいものを差し出さず、繋ぎ止めている。
他の男が彼女を抱くのは想像するのも身の毛がよだつ。
独占欲は尊大だ。我儘で一方的な想い。
指と指を絡めて、下腹へと移動する。
茂みに髪が触れて、背が反った。
「っ……あっ……ふ……ん」
ちら、と見れば爪を噛んで快感を堪えている。
いじらしい。こんな女会ったことがない。
足の間から、肌を辿る。
つま先まで、指の腹で撫で口づけて、舌で啜った。
喘ぎが呻き声になり、自ら大きく足を開いていく。
茂みの側に、唇を寄せてキスを落とす。
ひとしきり高い声。それでもまだ登りつめない。
滴る泉の奥に舌を忍ばせると、くったりと体を弛緩させ動かなくなった。
荒い息遣いが聞こえてくる。
「沙矢……」
肘をついて顔を見れば、官能的な表情が目に飛び込んでくる。
髪を撫でて、ベッドサイドの抽斗を開けた。
避妊具を取り出し、口の端で切る。
自身に纏わせて、沙矢に向き直った。
愛おしい。口に出せない想いをこめて、キスを重ねる。
「っん……」
吐息の甘さに、くらりとした。
ゆっくりと体を寄せて、腰を抱える。
何度か蜜を絡め、擦り合わせて、一気に突き上げた。
「はあ……あっ……ん」
少し動きを止めた後、反応を見ながら動きを再開する。
奥を擦り、出這入りを繰り返す。
恥骨にあたるよう角度を調節し腰を使う。
「だ、……め……あ……あ」
「イイって言えよ」
腰を揺らして、淫らに問いかける。
突きあげながら、つ、と指で蕾を押しつぶす。
激しく腰を揺らして、こちらにリズムを合わせてくる。
絡んで、閉じ込められる。
吸いつくされそうで、呻いた。
俺が開いた体は、柔軟に受け入れ、こちらも翻弄する。
背中を抱えて、正面から抱きしあう。
真下から突けば、全部が見えているけれど、快楽に身を任せている沙矢は、気にする余裕はない。
せり上がってくる熱。
動きが早くなる。
中に吐き出した瞬間、背中に腕が絡んだ。
立てられた爪が弧を描いている気がした。
繋がりをほどいて、互いの処理をする。
沙矢の髪を梳く。
意識を飛ばした彼女の頬には大粒の涙が伝っていた。
「……泣かせたくなかったんだが」
感じさせすぎたからだとしたら、優越感が浮かぶが。
肩を抱くと、腕が伸びてくる。
それを背中に回させて、しっとりとした肌の感触に酔った。
何度謝っても足りない。
離したくないのは、孤独への恐れゆえだろうか。
相手を独りにさせたくないと思えた時には必ず……。
送っていく車内で、ルームミラー越しに見た彼女は昨日よりも輝いて見えた。
「……次は私の部屋に来て」
「ああ、分かった」
無邪気に笑いかけた姿に、本当の彼女が透けて見えた。
その先にあるお前にいつか触れることができるのか?
あと一度と、願い夜を重ねる度にはまり込んでいる。
これで、体の関係のみと言い切れるのだろうか。
嘘はたやすくつけるのだと思っていた。
それこそ大間違いだったのかもしれない。
結局、渡せなかったワンピースは、いつ渡せばいいのやら。
次の夏になって、このままの関係が続いているとは思えない。
彼女との関係が新しいものになっていたとしたら、
自然と渡せる時が来るだろう。
日々の忙しさにかまけて忘れていないことを祈った。
戻る。