恋人



「関西出身なの? 」
「親が関西人なんや。それで俺もこの喋りっちゅうわけ」
 おどけて笑う男は長身で
 ヒールを履いた私よりも、未だ高かった。
 180cmはゆうに越えているだろう。
 顔もいい方だ。男らしい精悍さもありつつとっときやすそうな印象。
 合コンに参加しているメンバーの中で唯一関西弁を使うその彼は、草壁涼と名乗った。
「ふうん」
「気のない返事やな。そういうの嫌いやないけど」
 からからと笑うと彼はグラスを煽った。
 今時、珍しく喫煙者ではないらしい。
 時々ポケットを探る度、チャリと軽い金属の音がする。
 私も煙草は吸わないので、気を使わなくて良かった。
「ねえ、私達付き合いましょうか」
「ええよ」
 あっさり返ってきた言葉に拍子抜けする。
 こちらを相手にしていないような軽い返事ではなく
 言葉とは裏腹に声音も眼差しも真摯だったから、私は、差し出された彼の手を取った。
「へえ、あんな子も来てるんや」
 彼がぽつりと呟く視線の先には、小柄な女の子がいた。
 くりっと大きな瞳を周囲に彷徨わせている姿はまるで小動物だ。
「何かほっとけへんわ。悪い虫がついたらかわいそうやん」
 口元に悪戯っぽい笑みを浮べて涼は立ち上がる。
「いってらっしゃい」
 にっこり笑って、見送る。
 どう考えても彼とあの娘とは吊り合わない。凸凹コンビにも程があるからだ
 余裕が私に笑みを浮かばせた。
 暫くして戻ってきた涼は、今度は別のメンツが集まっている所に私を連れて行った。
 さっきのあの娘は顔を真っ赤にして俯いている。
(なんて分かりやすいの? )
 涼は、性別関係なく誰とでも仲良くなった。
 喋るのが上手く話も面白いから皆虜になるのだ。
 久々にこの日は楽しかった。
 未成年の集まりなのにアルコールを飲んでいるが、誰一人としてそのこと
 を口にしない。私もいちいちそういう常識気にしようとは思わなかった。
 とにかく楽しければそれでいいというノリだった。
 携帯番号とメールアドレスを交換して別れた時、
 次に会う時は呼び捨てだからと、約束をした。
 笑って頷いた涼に、バイバイと手を振って、別れた。
 合コンで出会ったといえど最初から部屋に行ったり呼んだりは嫌だった。
 あっさりと手を振って別れたのはお互い同じ気持ちだったのだろう。
 気軽に付き合うことを決めたのに、そこまでルーズにはなりきれないらしい。
 くすっと笑いが込み上げた。
 きっと彼は私を飽きさせないだろう。
 そう思った。



付き合いが半年過ぎた頃ふとした違和感に襲われる。
 涼との関係は、進展はおろか後退もしない。
 とくに危ない橋を渡りかけているわけでもないのだ。
 順調だけど平坦に日々を繰り返している。一番的確な表現だろう。
「ねえ、涼」
「ん?」
 ふわりと肩に凭れると頭を引き寄せられる。
 甘い感覚に体が疼くけれど、それだけ。何もない。 
 手のひらを掴んで指を絡ませればしっかりとした感触が返ってくる。
 そうしてようやく涼がここにいることを実感できるのだ。
 彼は私の欲しいものを知っていて、気付かない振り見ない振りをしている気がしてならない。
「好き」
「俺も好きやで」
 ふと目を瞠った後何もなかったように微笑んで涼は答える。
 ルージュの色が指に移るのも構わず彼は唇に触れてきた。
 瞳を閉じる。
 自然に交わすキス。私から深く口づけていると頭を優しく捕らえられる。
 吐息が漏れるほどのキスを交わしながらも、私たちにそれ以上はない。
 一年を過ぎても関係は変らなかった。
 涼は優しいし、本音で何でも言い合える。
 現状に不満はないはずだ。今時体の関係がないのは不自然かもしれないが
 プラトニックな恋愛というものも確かに存在するのだから
 別段気にすることはない。そればかり気にしたら欲望ばかり強い女みたいだし。
 もしかしたら、私が願えば、先に進める事ができるのだろうか。
 できない。自分から、彼に求めるのはプライドが許さない。
 私が躊躇っている間に半年前に感じた違和感は膨らみ続けている。 
   何だろう、これは。
 苛々が募り、ついに煙草に手を出した。
 涼は吸わないので、一人の時にひっそりと吸った。
 気付かれているのだろうが特に咎められないことに不満を覚えた。
 煙草を口にしていると少しは苛々も解消され、気が紛れた。
 自分に言い聞かせているだけで、苦々しい気持ちからは脱け出せない。
 違和感の原因、ああ、あの娘だ。
 あの娘が、周りをうろちょろしなくなった頃から、
 涼は、どこか寂しい笑顔を浮べるようになった。
「浮気はしない誠実な男」
 涼の美点であり、悪い所でもあった。
 唇を噛んで、溜息をついた。




 涼と共に誘われた飲み会。
 ふと、私は試してみたくなった。
 涼に柚月菫子を誘うことを提案すると、少し怪訝な眼差しを送られたが
 別に否やはないようで、連絡してみると彼は言った。
 そこまで私と彼女は親しくないのに何故呼ぶのかと思ったらしい。 
 涼が可愛がってる子に会いたいだけだと告げると乾いた笑みが返ってくる。
 裏のない本心だった。
 当日、居酒屋に到着して数分後、彼女ー柚月菫子ーはやって来た。
 こちらを見つけた瞬間、目を大きく見開いた。
「久しぶり! 」
「お、菫子」
「菫子ちゃん、こんにちは」
 一瞬びくっとした彼女だがすぐに笑顔になる。
「こんにちはー薫さん」
 こちらに敵愾心などは抱いてないようだ。
 無邪気な表情はある意味微笑ましい。
 涼と私が一緒にいるのに割り込んでいる気がしたに違いない。
 目を泳がせて暫く逡巡している様子だったがその場に残ること
 にしたらしい。誘われたわけだし離れると失礼になると考えたのと
 一人になるのは心細かったのだろう。見ているだけで手に取るように分かる。
「何かかちこちやで。リラックスせな」
「そうよ、さあ飲んで」
 適当なチューハイの瓶を手に取り勧める。
「あ、あかんって。董子はアルコール受け付けんのやから」
 菫子ちゃんは、口を尖らせていた。
「ううん大丈夫。薫さん、注いでくれる?」
 薫は曖昧に笑い、チューハイを注ぐ。
「あーあ、どうなっても知らんで」
 無理してどうなるか分からないの。子供じゃあるまいし。
「自分の面倒くらい自分で見れるから心配しないで」
 涼が呆れて笑うが、菫子ちゃんは、突っ撥ねた。
 早速、グラスを傾けて一口飲むと、
「そういえば涼ちゃんと薫さんは卒業したら結婚するの? 」
「ぶっ」
 大げさに反応した涼は口に含んだアルコールを吹き出した。
 しょうがないわねと、ナプキンでテーブルを拭く。
 まさか本気で聞いてないだろうに取り乱しすぎだ。
「唐突ね」
「だって一年も付き合ってるんだよ。少しは意識したりしないのかなって」
 私と涼が順調に見えているだろう菫子ちゃんは大胆な発言をする。
「どうやろ。今が幸せならそれでええ」
 涼の言葉に瞳が翳る。ぱっと表情を変えたけれど。
「年月は関係ないんじゃないかな。したくなったらするんだろうし
 私も涼も先の事は考えられないから」
 さり気なく微笑んだ。
「そっか、変なこと聞いてごめんなさい」
「ううん全然」
「謝らんでええけど、菫子は時々爆弾発言かますよなあ」
 涼も二人も苦笑した。
 董子ちゃんは顔を真っ赤にしている。
「美味しい」
 グラスを傾けて飲んでいる様子はとても愛らしい。
 涼の視線が一瞬菫子ちゃんを捉えて離れた。
 惑わされた類ではなく、傍から見れば兄が妹を心配する眼差しに感じられる。
 本当にそうなのだろうか。
 彼の行動に気付いていることを悟られぬように正面を見ていた。
「誘ってくれてありがとう。二人に会えてとってもうれしい」
 他意もなく言われ、動揺する。
「菫子が楽しんでるならええんやけど……、楽しんでるか? 」
「うん、楽しいよ。でも実は来るの止めようってさっきまで思ってた」
 気を取り直して来たことを評価してあげたい気分だ。
 来なかったりしたら、拍子抜けだもの。
 認めてるんだからね、菫子ちゃん。
「……トイレ行ってくる!」
 菫子ちゃんは、口元を押さえて立ち上がった。
 化粧室へと一目散に駆けていく。
 涼と顔を見合わせると、後を追った。
「無理して飲むからや」
 背後に聞こえた声は、苛立っていた。
「大丈夫?」
 個室にこもった菫子ちゃんはかれこれ10分は出てこない。
 一応気になって追い駆けてきたけれど。
「う、うん……ありがとう。ごめんね薫さん、折角の飲み会なのに」
「別にいいの。来たくて来たわけじゃないし」
 付き合いのいい涼に付き合っただけ。
「えっ」
「二人きりで飲む方がいいわ。涼と違って騒がしいの嫌いなのよ」
 菫子ちゃんは言葉を失ったようだった。
「あなたを誘おうって言い出したのは涼じゃなくて私。
 菫子ちゃんがいた方が彼も楽しいだろうなって」
 わざと声に棘を含ませる。いくらなんでも気づかないわけはない。
「薫さん、私は涼ちゃんの”妹”なの。
 私もお兄さんみたいだって思ってるし」
「嘘つき」
 意識的に嘘をつく菫子ちゃんに無性に腹が立ったのだ。
「私は彼を手放すつもりはないから」
 静かに淡々と告げて、ホールに戻った。
「まだトイレにいるわ。飲ませた私が悪かったわ」
 微かな罪悪感があった。
「……むきになって飲むなんて。あいつも無茶してからに」
「そんな所も可愛いって思ってるんでしょ」
「女として見てはないけどな」
 しっかり釘を指す涼の瞳に嘘はないと感じた。この時は。
「当たり前じゃない。私が許さないわよ」
「気をつけます」
 冗談みたいな軽口に、笑って応じた。



 いつものように一緒に帰っていた時だった。
 道路を渡り終えた所で、反対側の歩道に見慣れた人影を見つけた。
(柚月菫子……)
 私が立ち止まったのに気付き涼も立ち止まった。
 首に腕を絡めると抱擁を返される。
 口づけを受け、自分からも返す。
 人目もはばからずに何度も唇を交わした。
 走り出した小柄な影が、瞬く間に視界から消えたのを捉えると、そっと涼から離れた。
 見せつける為だけに公衆の面前でラブシーンを演じるような醜態をさらすつもりはなかった。
 こちらに意識を集中させれば偶然でも、涼が彼女を見つけることはないから。

 偶然は何度だって重なるものだ。思わず笑みがこみ上げるほどおかしい。
 図書館に涼といた時、また目にしてしまった。
 同じ大学内なのだから在り得るといえば在り得るけれど遭遇率の高さは嫌になるくらい。
 ちらとこちらが見たのを気づいた様子はない。 
 涼の方を見つめて笑いかけると優しい眼差しを向けられる。
 図書館だから静かにするのが当たり前だが、それを逆手に取ることができる。
 聞こえるか聞こえないくらいのトーンで耳打ちした。
 涼はしっかり聞き取ったらしく、満面の笑みを浮べた。
 声を漏らしそうになったので彼の口を押さえた。
 目線で咎めればバツの悪そうな顔をする。
 苦笑しながら、
「行こか」
 涼は立ち上がり椅子を引いた。
「ええ」
 棚に本を戻すと図書館を出て行った。
 廊下を歩きながら、横顔を覗き見る。
 変らない表情に安堵を覚えた。
「悪い。薫、今日一緒に帰るの無理や」
「分かった」
「メールするわ」
 ふと気が遠くなったが平然とした態度は崩さない。
 お互いが一緒にいたい時にいる二人。
 どこか物足りない。
 クールに見せることが普通になっている。
 何を強がっているのか自分でもよく掴めていなかった。


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