sinfulrelations


Lovers concerto



リビングでくつろいでいると突然、電話の音が鳴り響いた。
この静けさを打ち破る存在に一瞬殺意を感じた。
沙矢が目の前のテーブルに置かれた受話器に手を伸ばそうとしている。
「俺が出る」
どうせロクな奴じゃないのは分かっている。
沙矢が取った受話器ををさり気なく奪う。
きょとんとした後、彼女はティーカップを再び手にした。
「もしもし、藤城ですが」
「あ……せい兄」
甥ー砌ーの声が受話器越しに届いた。
「何だお前か。どうせ大した用でもないんだろ」
「決め付けんな! こっちは真剣な相談があるんだ」
「へえ? どんな? 言ってみろよ?」
口の端が上がる。からかいがある所は相変わらず変わらない。
「砌君が可愛くて仕方ないのは分かるけどあんまりからかうのも可哀相よ」
「可哀相なんて思う必要はないぞ、沙矢」
「いいから代わって」
奪われる受話器。
「あ、砌君、久しぶりー。ハロウィンの時以来かしら」
「沙矢姉、久しぶり!」
あからさまに声が嬉しそうだな。砌のやつ……。
「相談ってなあに?私で良かったら乗るわよ!」
ぱあっと笑顔の花が咲いている沙矢。
「そ、相談というか。もうすぐクリスマスでしょう?
その日、終業式でイブだから、彼女と旅行に行こうって計画してて」
「分かった。旅行行くけど誰にも黙っててっていう相談ね!」
沙矢は楽しそうだ。
「違うんです。やはりあの、せい兄に代わってください」
「だって。はい」
再び受話器が戻ってくる。
「それぐらい自分で何とかしろ」
「頼れるのせい兄しかいないんだ。頼むよ」
真摯な声音にただならぬ決意を感じた。
「しょうがないな、あそこを貸してやるか」
俺が所有する藤城の別荘の一つだ。
「マジ、サンキュー!」
喜びに舞い上がる声。
「その代わり、報告しろよ?」
「は!? 何で報告なんてしなきゃいけないんだよ」
「報告しないというならこの件はなしだ」
「はい、分かりました」
「砌君、頑張ってね!」
沙矢が隣で無邪気な声を上げる。
「が、頑張ります。と沙矢姉に伝えて、せい兄」
「……分かった」
「な、なんだよ!今の間は」
「別荘の場所については母親に聞け」
「了解……」
喉に詰まったような声。
「ありがとう、それじゃ」
受話器を置いて横を見やれば沙矢で興味津々といった風情で瞳を輝かせていた。


「てっきり内緒で旅行行くからアリバイ作りの相談かと思ったのに」
「あそこは思いっきり何もかも公認だ。
隠さなくても許してもらえるだろうし、隠しても姉貴のことだ。すぐ勘付くだろうけどな」
淡々と語る青の横顔を見つめてる。
「あそこって何処なの?」
「信州にある別荘。山の近くにあるコテージだ」
信州にある?まだ他にもあるとか。
「もしかして信州以外にも別荘持ってるの?」
「北海道と神戸にあるな。北海道は藤城家名義だが神戸は俺所有だ」
「へえ……」
感嘆のあまりの呟き。
「さすがに海外は管理が出来ないから、ないがな」
「連れて行ってね、この子が生まれたら一緒に行くの」
「先に行く所があるんじゃなかったか?」
覚えてないわけないわよね。
ラブホテルに泊まる約束。
「う、ん、覚えてる」
顔熱い……。
するっと抱き上げられて青の膝の上に乗せられる。
アップで顔が迫ると鼓動が早なった。
互いの心臓の音が聞こえてる。
どちらからともなく唇が重なった
「ん……」
肩に頬を寄せると首筋から煙草に似た香りを感じた。
「香水変えたのね」
「たまに煙草が恋しくなる時はこれをつけることにした。未練がましいな」
「ずっと吸ってたのにきっぱり止めたんだからすごいわよ。それに似合ってる」
ドキドキする。
あの頃の青を思い起こさせる危険な香りにゾクッとするの。
あの頃のような危うさはないけれど。
「私こそ駄目なの……」
「もしかして寂しい?」
ずばり当てられてしまって恥ずかしい。
まだここに来て3週間なのに青を待つ時間、寂しくてたまらない。
マンションで暮らしていた頃だって青の帰りが遅い時あったのに、おかしいよね。
赤ちゃんが出来て会社を辞めて、退屈を感じている。
広い家の中、一人じゃないのに一人のような気がして。
こくりと頷くと髪を撫でてくれた。
「どうしたらお前の寂しさを拭ってやれる?」
挑発的な眼差しが鋭く私を射抜く。
わざわざ聞くのは私を試してる証拠。
「私……」
こんなことをいうのはおかしいかもしれない。
青はどう思うかな。
「あなたに触れたい。抱かれるんじゃなくて触れてみたいの」
頭上でクスリと笑う気配。
「俺を喜ばせるのが上手いな相変わらず」
「そ、そう?」
「お前に任せるよ。女王さまのお気の召すままに」
緩く口の端を吊り上げた青。
困った。どうしろというのですか!女王様って何それ!?
自分から言い出したのに何か青が深読みしてる気がするんだけど!
じたばた暴れると革張りのソファーが微かに軋んだ。
「言い出したのはそっちだろ」
心底楽しそうな青に私は顔が真っ赤になった。
彼が何を考えてるのかは分からないけど引かれてないのは確かだった。
青のシャツのボタンを外してゆく。
シャツを肌蹴ただけの色っぽさにゾクッとして心臓が跳ねた。
指先が震える。バランスの取れた綺麗な肢体。
首筋のシルバーのクロスに触れると皮膚との温度差に驚く。
微かな金属音。
青の肌に頬を寄せると鼓動が聞こえてくる。
奥深くから聞こえる音を聞くと彼の存在がああここにあるんだって思えて。
「温かい……」
広い背中に腕を回して後ろで両手を繋ぐ。
青は黙ったまま、無言で私がすることを受け入れている。
規則的な吐息を感じて、静けさに感謝する。
時計の音さえ邪魔になる二人きりの部屋、時間。
抱きしめられてるんじゃなく、抱きしめ合ってるんじゃなく私が青を抱きしめていて。
項と首筋、耳元から微量ずつの香水の匂い。
もう……限界。
どぎまぎしてきたのを気づかれないよう、そっと青から離れようとした。
「っ……青!?」
凄まじい勢いで引き戻され、上唇を甘噛みされ、唇を舐められた。
「正気でいられないのがお前だけだと思うか?」
耳元に息が吹きかけられ、唇をつけられてとくんと心臓が鳴った。
悪戯なゲームをしてるみたい。
思わず声が漏れた。
「誘うな。抑えられなくなる」
「誰のせいよ。青が止めればいいんでしょ!」
「俺だってお前に触れたいんだよ。最近ますます女っぽくなったよな。
子供がいるせいか柔らくなったのか」
「太ったっていいたいんでしょ」
じと目で睨んでしまう。
「全く変わってないから安心しろ。大体、12週目に入るまで
妊娠に気づかなかったんだぞ。その間何度抱き合った?」
「気づいてなかったんだからそれはしょうがないと思うの」
だってすぐに気づけるわけないんだし。
「子供が出来て一段と綺麗になったな」
青は真顔でさらっと言った。
言葉攻めは勘弁して。
「……青、どうしたいの?」
見上げて、首を傾げる。
「無意識で聞くな」
珍しい。余裕がなさそうな表情だ。
青はクールだから感情が読みづらいけど、分かった。
意識して言ってるわけないじゃない。
「お前のせいで生殺しな状態を何とかしてほしいな」
「どうすればいいのかさっぱりだもの。だから青に聞いたのよ」
一体どうしたらいいのー。
ドキドキが止まらないし顔も火照ってる。
低く囁かないで。
「我儘だな」
「教えてやろうか」
するりと衣服の枷が解けて。
上半身だけは生まれたままの姿で向かい合う。
ふわ。再び強く抱きしめられる。
苦しいくらいの力が込められて切なくなる。
肌が触れ合うだけでこんなにも熱いなんて。
「やっぱり直で触れる方が断然いい」
「もう、青ったら」
実は私も同じ事を思ったの。
お互いの心臓の音を確かめ合ってるみたいね。
「沙矢」
名を呼ばれて青を見つめると唇に指先が触れた。
内緒の話をする時の仕草みたいでドキッとする。
指は唇の輪郭をなぞり、口を開かせた。
性急に唇が重なる。
微かに触れては離れる動作を何度も繰り返された後、深い口づけになった。
入り込んだ青の熱が私の熱と混ざる。
熱い。久々の激しい口づけに胸が高鳴っていた。
「次はどこにキスして欲しいか言え」
キスとハグで愛情を確かめ合うことが最近の私達の日常だ。
青は最近ますますエスカレートしている気がするわ。
顔を赤らめる私にクスクスという笑いが降り注ぐ。
「……どこでもいい」
どこって聞き方、かなり楽しんでない?
腕の中で暴れる私を今度は後ろから抱きすくめて、背筋にキスをする。
背中を行き来する唇に体が震える。
すぐに体が反転させられ首筋から鎖骨にキスが降る。
というより噛み付かれてる。この人ドラキュラの生まれ変わりかしら?
牙がないのが不思議なくらいだわ。
鎖骨の辺りに小さな赤い花が咲く。痛みよりも甘さを感じた
うっわ、悪戯っ子みたい。
青が、私の掌に自らの掌を重ね、自分の肌に誘導する。
鎖骨の一点にきつく口づけると痕が残った。
「お守りよ。消えたらまたつけてあげる」
「サンキュ。最高のお守りだ」
青の横から凭れかかった。
髪を撫でる手が心地よくて眠気を誘われる。
「風邪引くから早く着ろ」
シャツのボタンを留め始めている青が促す。
こくりと頷いて背を向けて衣服を整える。
「もうすぐクリスマスね。あと一月かあ」
「楽しみにしとけよ。期待以上の一日にしてやるから」
自信に満ち溢れた調子の青に笑顔がこぼれた。
「うん」
指先を繋いで微笑み合う。
「今日はどこへ行きたい?」
青が顔を覗きこんできた。
どアップ状態だ。
「手を繋いで公園とか散歩したりしたいの!」
「まったりのんびりとね」
「じゃあ行こうか」
「温かくしてくるね」
「玄関で待ってるからな」
青の部屋から自分の部屋に戻り、クローゼットの中のコートと帽子とマフラーを身につける。
帽子とマフラーはお揃いの白でコートは水色だ。
手袋は必要ない。
手を繋ぐから温かいもの。
マンションで一緒に暮らし始めたばかりの頃、
外へデートに出かける時手袋をはめようとした私に、
必要ないって硬く手を握ってくれたのを思い出す。
俺の手があるだろ。
真顔で言い放った青がたまらなく愛しくて。
あの時を思い浮かべると頬が緩む。
階段を降りる時、足を踏み外しかけてしまうほどに。
「あっ」
階下でこっちを見上げていた青が、すごい形相で駆け上がってくる。
ごめんなさい……。
「危ないだろうが」
乱暴な口調の中に愛情を感じる。
「ちょっとぼーっとしてた」
「気をつけろよ」
それ以上は言われない。さり気ない優しさ。
「分かってる」
腕をとられて階段を下りる。
いつの間にか廊下の奥から姿を現した操子さんに見送られて外へと繰り出した。

最近はマンションにいた頃よりもよく外でデートをするようになった。
青が休みの日は必ず何処かへ連れ出してくれる。
車だったり、のんびり歩いたり。
時間がゆったりと流れていく。
薄茶色のローヒールのデザートブーツを履いて腕を組んで。
あまりの気分のよさに鼻歌を口ずさみたくなる。
ちらと視線が降りてくる。
笑顔の私を見て彼もフッと笑った。
公園に辿り着くとブランコに乗りたくなった私は
苦笑する青と一緒にブランコに乗った。少し錆びたチェーンに手を掛けて。
彼は乗るはずなくて私の背中を一定間隔で押してくれてるんだけど。
「来たらすぐに乗りたくなっちゃう。青も乗ればいいのに」
青は何も言わなかった。
ただ黙って背中をゆっくりと押し続けていた。
「子供と一緒に砂遊びするんだわ。お城とか作ったり
ダムを作ったり楽しそうよね。青がそういうことするの想像できない」
「俺も想像できない」
青の答えにぷっと吹き出しちゃった。
ふいにブランコの動きがゆっくりになり、やがて止まった。
振り返りかけた私を後ろから抱きしめる腕。
背を屈めて肩に頬を寄せてる。
「喉渇いたわね。そろそろ帰ろっか」
「ああ、そうだな」
ブランコから降りて公園を出る。
ぎゅっと手を握り合った瞬間、頬に冷たい物が触れた。
空を見上げると雪がちらちらと舞っている。
「初雪だわ」
11月下旬の少し早めの初雪。
吐く息も白い。
青は紺のマフラーに黒いコート姿だから雪がつくとすごく分かる。
背を屈めた青は穏やかに微笑んで、耳元で囁いた。
「愛してる」
「私も愛してるわ」
雪が降っていても寒くない。
いつまでも温もりは消えないままだった。


モドル ススム モクジ


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