sinfulrelations


sweet and sour




葛井家につくと翠お義姉さんが出迎えてくれた。
水色のスーツを身に纏い微笑んで。
「こんにちはー」
「いらっしゃい、沙矢ちゃん、そこの無愛想な王子様もこんにちは」
ぷっ!肩を震わせお腹を抱えた私と引きかえ青は
しれっとした顔で正面を見据えている。
「ほっとけ」
「んー相変わらずだわ。それでも昔に比べれば角が取れたけどね」
スリッパを差し出してくれ、お義姉さんは室内へと案内してくれる。
後ろを見れば青は顎をしゃくってる。
「私がいる時にこの家来るの久しぶりよね」
「そうだな」
ちらりと振り返り声をかけるお義姉さん。
「さ、座ってて」
リビングに通されソファを勧められる。
青の腕が手持ち無沙汰に見えたのでそっと腕を組んでみた。
そのまま寄り添う形になる。
「ここのお家って落ち着くわ。どうしてかしら?」
「いや、俺に聞くな。分からないから」
「えー青はほっとしないの?」
「落ち着くというのとはちょっと違うかな」
「ふーん」
紅茶の匂いが漂ってきたのでぱっと腕を離した。
何となく口寂しそうな青はやはり煙草が恋しいのかしら。
「向こうから見せてもらったわよ、あなた達のいちゃいちゃ」
「あはは……すみません」
紅茶をトレーに乗せて持ってきたお義姉さんを目の前に
顔を赤くした。私ってば何してたのよ!
「ふふ、良いもの見せてもらえて嬉しいわ」
「当時、小学生の俺に見せつけてたのは誰だったかな」
「そうなの、沙矢ちゃん、青がいるの分かってるのについ止められなくてね」
「えっと」
「陽は、さっさと止めたがってたの。あの人最後の最後でモラルを重んじるからねー」
つい曖昧に笑ってしまう。
「仲良かったんですね」
「私と陽は今でもラブラブよ?」
お義姉さんの目はきらきらしてて恋してる女の人の目だった。
妻であり母だけど女でい続けるって大変だろうな。
「いいなあ、私も翠お義姉さんみたいになれるかなあ」
「沙矢、ならなくてもいい」
青は陶然と両手を繋ぎ合わせた私の言葉を聞き咎める。
「沙矢ちゃんったらかわいいわー! 勿論なれるに決まってるじゃない。
うふ、色んなこと教えてあげるからね。
この人乙女心分からないみたいだから気にしちゃ駄目よ」
にっこりと微笑まれ私も微笑み返す。
「はい」
隣りで額を押さえてる青を見て私は首を傾げた。
何でいけないの? 翠お義姉さん、こんなに素敵じゃない。



無邪気な様子で紅茶に口をつける沙矢。
沙矢だけは汚れないままでいて欲しい。
お前は知らなくていい部分があるからな……。
ソファに凭れて、向かい合わせの一人掛け用の
ソファの方から注がれる怪訝な眼差しを受け流した。
「ふうん」
この女は分かりやすいが分かり難いな。
ほんの一秒睨み合う。勿論はしゃぐ沙矢は気づくことがない。
「どうしたの、青?」
顔を覗きこんでくる沙矢に、
「いや……」
と言った後、とんでもない言葉が放たれて面食らった。
「今お姉さんと見つめ合ってたでしょ。やっぱり目で会話を
交わせるほど姉と弟の絆は深いものなのね。そういうの憧れちゃうわ!」
悪気もなさそうな様子で沙矢が言う。
やはり沙矢には敵わない。
「私と青はとびっきりの仲良しなのよ。沙矢ちゃんが焼きもち焼いちゃうくらい」
翠は片目を瞑り、俺の腕に自らの腕を絡ませてきた。
立ち上がりやや中腰の姿勢。一体何処まで悪ノリすれば気が済むんだ。
沙矢、怒るか……いや怒らないから余計性質が悪い。
「翠お義姉さん楽しそう」
「あはは、分かっちゃった?ものすごく楽しいわよ」
笑い飛ばす翠の姿にほとほと呆れた。
「あ、私はこっち」
と今度は右側から沙矢が腕を絡ませてくる。
「最近の青、幸せそうでついからかいたくなっちゃったのよ」
沙矢が寄り添った途端に翠は腕を離した。
構図がおかしかったことに気がついたのだろう。



お義姉さんは正面のソファに座り直していきなり切り出した。
頭の転換早いなあ。青と同じ血だわとどうでも良いことを思う。
「ちょっと大きくなったかしら。まだ動かない?」
私のお腹を見て言うお姉さん。
「まだ動かないです。でもこの子が日に日に成長してるのが感じられるんですよ。不思議な感覚なんですけど」
そっとお腹に手をやる私の肩に青が腕を回した。
穏やかな眼差しにじーんとする。
「楽しみね」
「はい」
「ところでクリスマスどうするの?あなた達もいるんでしょその日」
私と青は顔を見合わせる。そういえばもうクリスマスなんだわ。
「えっと藤城のお家でパーティーがあるってことですよね」
ちらっと青に視線で問いかけるけど何も言わない。
私はそれを肯定と受け取った。
「ええ、ハロウィンの次はクリスマス、次はお正月に集まるのよ。
どんな場合でも必ずイベントには参加しなければいけない決まりだから」
決まり!?
「いつも皆忙しくしてて会う機会なんて作らないと
中々会えないわけ。お父様と陽は仕事上会うこともあるけど、プライベートじゃないから。
内輪だけのこういう集まりって大切だと思うのよ。派手にやってるけど藤城、葛井の面々しか来ないからね。いわゆる盛大な家族会なの。分かった、沙矢ちゃん?」
熱弁するお姉さんに引き込まれた。
かなり頷ける。
「青は成人してからまともに参加してなかったけどね。
この間のハロウィンは沙矢ちゃんいなかったら帰ってなかったわね絶対」
「馬鹿騒ぎに付き合うほど暇じゃないからな」
「まあ、酷いわ」
「パーティーはクリスマスにするんですよね?」
「ええ、そうよ、どうかした?」
「いえ、イヴは二人で過ごそうって話してたので」
「クリスマスに会えるの楽しみにしてるわ。最後の二人きりのイヴ満喫しなさいな」
「はい」
こくりと頷くとお義姉さんが真剣な眼差しで話しかけてきた。
「沙矢ちゃん、これから母親の先輩として色々教えてあげるわね」
「よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をして立ち上がる。
「お義姉さん、そろそろ失礼しますね」
唐突だったかな。
帰る頃合いな気がして……。
「あら、そう、残念だわ……。またいつでも遊びに来てちょうだいね」
「ええ、勿論」
青は何だかんだ連れてきてくれるだろうから。
ちょっと恥ずかしいってだけで嫌なわけじゃないと思うし。
……本人には言えないが。
ソファから立ち上がり玄関へと向かう。
扉を開けて振り返ると後ろからついて来たお姉さんが手を振って見送っていた。



お屋敷に戻るとキッチンに行き、操子さんにお鍋とお玉を預けた。
「沙矢さま専用ですね」
にっこり笑って操子さんがお鍋とお玉を棚にしまった。
調理器具は使う時以外はきちんと収納スペースに入れてあるのだ。
「操子さん、パーティーの時使うには小さいかも」
「ご家族だけにお料理を振舞われる時には丁度良いですわ」
「そうですね」
後ろで、目を細めて青が見つめていた。
側に駆け寄ると髪をかき混ぜられる。

二階に上がり、それぞれの部屋に戻り服を着替えたあと、
私が青の待つ彼の部屋へと訪れた。
彼はベッドに寝転がり、宙を見つめている。
青は何を考えてるのだろう。
珍しい姿につい見入ってしまっていると腕を差し出された。
「え……?」
「今日は疲れたな。寝ようか」
体を気遣ってくれているので無理にベッドに引きずりこんだりしない。私は青の腕を取って彼の隣りに横たわった。
腰に腕を絡めて引き寄せられて自然と体と体がくっつく。
柔らかい抱擁。
今日は香水をつけていないみたいだけど、青の匂いを感じる。
私が一番安心する彼の匂い。
お互い背中に腕を回して抱きしめ合う。
「お腹邪魔じゃない?」
「こんな感じで沙矢を抱きしめられるのもあと少しの間しかできないのか」
指先で丁寧に髪を梳く手。
「そうね」
青の言葉に少しずつ実感が沸いてくる。
今この瞬間にも赤ちゃんはお腹の中ですくすくと育っていて、
来月の終わりくらいにはお腹も目立ってるのだろう。
幸い、つわりも酷くなくて経過も順調。
お父様にも太鼓判を押されている。
この冬はこんなに温かい。
仄かな光が私を照らしてる。
唇を口づけが掠めた。
頬に、顎に額に降り注ぐ口づけ。
くすぐったくて思わず身を捩るとまた体を引き寄せられる。
間近で見つめ合うと頬が緩んだ。
青が私の唇に指を押し当てて、謎めいた表情で笑む。
「っ……青」
突然のことだった。
青はペロリと無造作に耳に口付けを落とす。
甘噛みとは違う小さな仕草に、耳がじわりと熱を訴えた。
微かに吐息が漏れる。
「やりすぎると俺の身がもたないな」
「じゃあどうしてするの? 」
「したくなったから」
即答にああ、青らしいやと思って忍び笑いをした。
ドキっとするのは止めれないけれど。
「お風呂入ろう? 」
「今日は積極的だな」
青はニヤリと口元を歪める。
「人で遊んで楽しまないで」
「遊ばれないように気をつければいいだけだ」
私の前でしか見せない姿なんだと思えば妙に嬉しい。
マゾかしら!?笑顔が浮かんだまま消えないの。
「楽しそうだな」
「うん。今日のお義姉さんと同じくらい楽しい」
「嫌な例えだ」
「青の側にいると何か勿体無いくらい幸せを感じるのよ。
お義姉さんもそうなんじゃないかな」
「俺が幸せなのはお前がいるからで、幸せな俺にお前が
幸せを感じているなら本当に理想的だ」
「うわーバカップル!」
「自分達で言わないだろ」
「いいの。止めるつもりないから」
きっぱり言うと青は目を丸くしてククッと笑った。
「そうだな」
と青がベッドから抜け出たので、私もベッドから出る。
すたすたと歩いていた青が急に立ち止まったので
前のめりに背中にぶつかり、僅かな衝撃をくらった。
「青が急に止まるから」
後ろから顔を覗きこむと青は真顔だった。
顔が笑ってたりしたらもう少し考えてることが分かるのにな。
「行くぞ」
「……うわあ」
突然、腕を引かれた為、素っ頓狂な声を上げてしまう。
歩く速度は早くないから、ちゃんと隣を歩いてはいるのだけれど。
青の部屋の隣りにあるバスルームは、私達夫婦専用となっていた。
二階自体、現在は夫婦専用といっても過言ではない。
実はマンションよりもずっと広い。子供部屋の心配はいらないようだ。
バスルームの扉はガラス張りなので、後から入る方が服を脱いでいるのが丸見えだ。
当然バスルームの中も覗けてしまうが。
私は青が服を脱ぐのを待ってから自分も脱ぎ始める。
どうせ見ていない振りをして見てるんだけど。
腰にタオルを巻きつけた青がバスルームの扉を開けると、
私も後ろから付いてゆく。体全体をバスタオルで覆った姿で。
広いバスルーム内は二人で入っても充分の広さ。
青が体を洗う横で私も体を洗う。バスタオルつけたままでは洗えないから、
ドアの所についているタオルハンガーにかけて、お湯を体にかけた。
駄目だ、恥ずかしいと思っていたはずの私が青の背中に釘づけになってるなんて一体……。
ジャバジャバと水を流す音を聞きながらソープを泡立てて背中を擦る。
青は今度は髪を洗い始めた。
会話もなく黙々と体を洗う。
私が頭を洗おうとしている時、浴槽が波打った。
青がお湯に使ったのだ。
丁寧に洗っていても青の方が洗うのが早くて私が遅いので、
浴槽の縁に顔をつけてこちらを見られてる状態になるのは致し方ない。
「音楽でも聞いてたら」
バスルームの中には防水仕様のAVシステムが備え付けられていて、テレビを見られたり音楽が聞けるようになっているのだ。
「お前を見守るのが俺の使命だ」
いけしゃあしゃあと言いながらくまなく全身を眺め回す。
私も見てたし見られるのに文句つけるのは筋違いだ。
「集中して見なくても良いでしょ」
「見られるだけで感じるんだな」
「違う。ちょっとドキドキするだけ!」
「それは感じてるんだよ」
「あの頃は触れ合わないと感じない物だと思ってた。
言葉じゃなくてあなたは体で伝えようとしてたから」
真面目な口調で語りだした私に青の瞳からからかう光が薄まった。
「ねえ、私もあなたを感じさせてあげたいの」
「自分の言葉の意味が分かってるのか」
「うん……私があなたに尽くしたいって思ってる」
体を洗い終えた私は指先をくいっと動かして青を呼んだ。
「抗えない誘惑だな……」
口の端を歪めて青が湯船から上がる。
向かい合わせになる位置に椅子を置いた青が私を抱きしめた。
かたんと椅子が揺れる音。
熱い。お互いの体から石鹸の匂いが香る。
私はするりと青の腰からタオルを外し、顔を近づけると、
今までしたことのない行為をする為に唇をそこに当てる。
早くこうしてあげればよかったと思いながら。
醜くないし汚れてもない。
私の濡れた髪に指を絡めている青の眼差しは愛しさで溢れていた。



突拍子もない沙矢の行動には驚かされるばかりで。
お前にこんなことさせたくなかった。
してもらって嫌なわけじゃなく、沙矢に触れさせたくなくて。
自分勝手に自己を主張する男の欲の塊に。
そう思っていたのだけれど、やはり彼女が相手だからかとても嬉しくて
寧ろ幸せな気分になった。
彼女のけなげさに愛しさが溢れて仕方ない。
他の女相手なら絶対にさせなかったに違いない。
今までもされたこともさせたこともない。
沙矢にならどんな自分も曝け出しても構わない。
俺の全てを映してくれ。




部屋に戻ると青がドライヤーで私の髪を乾かしてくれた。
ここは青の部屋であり二人の寝室。
二人で白いベッドの上に腰を下ろしている。
「沙矢」
「ん?」
「嬉しかったよ。本当にお前は俺を驚かせるな」
「青が喜んでくれるならなんだってするわ」
私の体を膝に乗せて髪を撫でてくれている青は笑みを
浮かべているのに泣いているような気がした。なんて綺麗な。
「本当に幸せだ」
「何度も聞いたわよ」
「女に、触れられたのは初めてだった。お前と出会う前に
付き合っていた女達にはされたことがなかったし、もし、されても許さなかったと思う」
「青……」
「お前にも別の意味で触れさせたくなかったよ。男の欲望の塊だからな」
「あなたが私を抱く時にもしてくれてたじゃない。同じことをしたまでだわ」
素直な言葉でそう言える。
何故、抵抗があったのか不思議。
あなたが私の全てを認めてくれているのと一緒で私もあなたの全てを認めているのに。
「ありがとう」
「あ、改めて言われると変な感じ。恥ずかしくなってきた」
少し顔を赤くした私を青は後ろから抱きしめた。
肩に回された腕に手で触れる。
うわあ……後から体が火照りだしてきた。
羞恥の熱が這い回ってる。なんて大胆なことを!
とか思っていたら体の重心が傾いた。
「……わ……っ」
そのまま縺れ合った格好でベッドに倒れこむ。
「青?」
すうすうと寝息が聞こえてくる。
どうやら青は眠ってしまったらしい。
お風呂に入る前に寝ようとしてたんだもんね。
私は捲れている布団を引っ張り青に掛けた。
起き上がり部屋の電気を消した後、再び青の隣りに横たわる。
「おやすみなさい」
12月初旬のある夜、二人の関係が発展したことは、青と私だけの秘密。



モドル ススム モクジ


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