top secret!?


  週が変る頃、青が言っていた通り、彼の帰りが前よりも遅くなった。
 暫くしたら夜勤も入ってくるという。
 身重の体で不安だけれど、私は一人じゃないんだもの。
 彼が頑張っているのだから私だって頑張らなきゃ。
 水泳教室で妊婦友達もできた。
 草壁菫子さんという。年上なのだが、とても可愛らしくて同い年くらいに見えた。
 ぽろっと過激なことを言ったり見た目と反してかなりユニークな人だ。
 同じ妊婦で、しかも出産予定日も近いので自然と親近感を持った。
 メールアドレスの交換もして連絡も取り合うほど仲良しになった。
 今度董子さんご夫婦とうちの夫婦とで、食事をする約束もした。
 青が快く応じてくれ、2月に会うことになったのだ。
「あと2週間か。楽しみだわ」
 コートを纏い、マフラーを巻いて手袋も嵌める。
 走らないように気をつけて階段を下りた。
「お出かけですか? 」
 玄関先で目敏く声をかけられびくっとした。操子さんだ。
 別に悪いことをしようとしてるんじゃないのに肩まで揺れてしまった。
「お散歩に行こうかなと。遠出でもないし車は大丈夫ですから」
「青さまにご連絡なさって下さいね」
「あ、それは勿論です。お昼までには帰りますから」
 お昼の休憩時間にメールを見て返事をくれるだろう。
「……くれぐれもお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「行って来ます」
 しっかりと家の外まで見送られた私は、散歩に繰り出した。
 景色を見ながらゆっくりと歩を進める。
 しっかり巻きつけたマフラーと手袋、パーカーで防寒はばっちり。
 吹き付ける空っ風は頬に痛いくらいだけど、全然平気。
 辿り着いた近くの公園のベンチに座ると携帯を取り出した。
 お母さんに連れられた子供たちが公園で遊んでいる側で
 子供達のお母さん同士がお喋りしてる。
 いいなあ。私も早く仲間に入りたい。
 休日には親子三人で一緒に来たりして!
 駄目だ。あの人嫌がりそう。
 強請ってみれば最近は結構聞いてくれるけど。
 頭の中で空想だけが広がっていく。ほわほわっと笑みまで
 浮べて。これ以上にないくらい幸せそうな顔に見えてるだろうな。  
 手袋を脱いで携帯を取り出すとメールを打ち始める。
『青、お仕事がんばってる?
今、公園に散歩に来てます。
お家に近い所だし、心配しないでね』
 心配しないでと言おうが心配するだろうけれど、一応だ。
 このメールを彼はお昼休みにでも開くのだろう。
「こんにちは」
 気づけばお母さん達の一人が話しかけてきていた。
 ショートへアーで目元がくっきりした人だ。
「こんにちは」
「もうすぐご出産ですか? 」
 私のお腹は新年を明けてから大分目立ってきていた。
 青なんて毎日毎晩お腹をくっつけて心音を確かめてる。
「ええ。そろそろ七ヶ月で」
「それは、楽しみでしょうね」
「早く時間が過ぎたらとそればかり」
「初めてのお子さんかしら」
「そうです」
「お子さん連れて公園に遊びに来てね。私も子供連れていつも来てるから」
 にこりと微笑む女性に、自然と口元に笑みが浮かんだ。
「はい」
 軽く手を振って彼女は去って行った。
 ん? 名前名乗り合ってない……けど大丈夫よね。
 暫く公園で子供達が遊ぶ様子を眺めていた。
 本当に小さな子供って元気だ。
 早く青と子供と一緒に公園に来たいななんて、思いを馳せる。
 決して遠くはない未来に。

 帰宅して玄関ホールを歩いていると気配を嗅ぎつけた操子さんがすっ飛んでくる。
「お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました」
「気分転換になりましたか? 」
「公園で親子連れでいらっしゃってる人達を見かけてますます
 子供に会えるのが待ち遠しくなりました」
「もうちょっとの辛抱ですよ」
「そうですよね」 
「昼食になさいますか? 」
「部屋に一度戻ってくるんでその後一緒に作りましょう」
 二人でご飯を作るのが楽しい。アドバイスをもらったりして
 ちょっとしたコツを知り、新しいレシピもたくさん覚えた。
 私の方は逆に操子さんでは思いつかない料理を作ったり
 おこがましくも教え合ってるのかもしれない。
「分かりました。今日のお昼はサラダうどんでいいですか? 」
「はい!ちょっと待ってて下さいね」
 サラダうどんは冬に食べても意外にいける。
 さっぱりしてるし胃腸の具合が悪い時でも食べられる料理。
 トントンと階段を上がり、部屋を目指す。
 私に与えられた私室だ。
 扉を開けるとタイミングよく着メロが響いた。
 ……ちょっと怖っ。
 青が今の心の声聞いたら思いきり苛められそうだ。
『いい気分転換になったか?
妊婦には適度な運動も必要だし、近場なら心配しない。
 メールを忘れないようにしろよ。午後までになかったら
 こちらから入れるが。今日は10時位になりそうだ』
 青はメールに絵文字も顔文字も使わない。
 私はハートとか飛び交う時あるのにそっけないんだから、もうとか思うけど
 語尾にハートマークが見えるからいい。
 頻繁にメールできない分、一言ではないのが逆に嬉しいし。
 メールを確認すると即返信した。
『うん。楽しかったよ。また帰ったら話聞いてね。
 お仕事頑張って下さい(^_-)-☆』 
 青はこのウィンクバチンの顔文字を沙矢らしいと言ってくれた。
 それ以来お気に入りになってよく使っている。
『また帰ってきたら話聞かせてくれ。
 じゃあな、サンキュ 』
 メールなんて文字だけなのに、青のささやきが聞こえてくるような気がした。
あの腰が砕けそうな甘い低音が。
 そんな妄想は瞬く間に掻き消えて虚しさが残る。
 今朝別れたばかりなのに、早く会いたい、声が聞きたいなんて
 衝動が起きてしまう。
「私って本当に贅沢よね」
 頬に両手を当てて、部屋から出ると階下へと急いだ。

 サラダうどんを食べて片づけをし、暫くのんびりと家内を散策。
 何度回っても飽きない藤城邸の中。
 住んでるのに変かもしれないが、割と楽しいのだ。
 当たり前だがお義父様の寝室や書斎を覗いての散策だ。
 二世帯ではないが、青とお義父様は生活空間がほぼ別だった。
 二階は夫婦で広いエリアを使わせてもらっているので自由に行き来できた。
 家族で一緒に過ごすのは、一階のリビング、ホール、ダイニングキッチンなど。 
 朝食だけは必ず全員で食べることというのが暗黙のルールであり
 これが破られたことは一度もない。
 休日は青と二人きりで過ごすことが多い。
 このお屋敷で働いている人達も土日が休みなので文字通り青と二人きり。
 お義父様はお休みでもお仕事をされてたり、外出されることも多いので
 朝食と、たまに夕食の時間しか顔を合わせることがないのが現状だ。
 家族の時間は貴重で大切にしなければとつくづく思う。
 思考を繰り広げている内に、まだ入ったこともない部屋の前に辿り着いた。
 ドキドキ心臓が逸る。
 開けてもいい……のかな?
 一階だけど、ここは来たことがなかった。
 客間は、別の所だし使用人の人達が使ってるお部屋は別の場所にあったはずだから……。
「えい」
 妙な掛け声と共に扉を開けた。
 何を恐れているのか、一瞬瞳を閉じて。
 恐る恐る瞳を開くと、12畳位と思われるスペースに本棚がびっしりと並んでいる。
 書斎という感じではない。
 湿っぽい雰囲気はないし、きちんと掃除が行き届いている所を見ると放置されているわけでもなさそう。
楽譜、絵本、それにアルバムが大事に保管されていた。
 ここは家族の思い出が眠る場所だろう。
 さすがに楽譜と絵本以外は勝手に見たりできない。
 一人でこっそり覗かなくても青と一緒にでも来ればいい。 
 立派な装丁の表紙に手で触れて瞳を閉じる。
 すたすたと想い出の香りが漂う部屋から抜け出そうと思っていたその時、
 部屋の奥に一冊のアルバムが落ちているのを見つけた。
「奥の方だし誰も気づかなかったのかしら」
 側に行き、棚にしまおうと腰をかかめる。
 アルバムを手に取った時、ひらひらと一枚の写真が、落ちてきた。
 挟んでいただけってことは、貼る場所がなかったのだろうか。
 見ちゃ駄目と言い聞かせても興味心には抗えず写真を引っくり返してしまった。
「うっわー綺麗な人!!ちょっと鋭い目元はぞくぞくするような色気があるし」
 凄絶な美貌の女性がそこには映っていた。
 無表情なのが惜しいくらいだ。笑顔だったらどれだけ映えただろう。
「誰だろう。金髪碧眼の美女」

 青の過去を全部知っているわけじゃないし彼も、私の過去を全部は知らないだろう。
「まさか青の昔の彼女!? 」
 声に出さずにおれず漏れた音は、独り言となって空気を振るわせた。
 そう思えなくもない。クールビューティーを絵に描いた大人の女性。
 外国人というのが意外だけど、逆に似合う気がする。
 真紅のルージュが艶めかしい。目元のシャドウも色気を醸し出している。
 今更過去に嫉妬したりしないつもりだけど気になるのはしょうがない。
 この写真の手がかりを知っているかもしれないあの人に電話してみることにした。
 ぺたんと座り込んで、ジャンパースカートのポケットから携帯を取り出す。
 床も綺麗なので問題は無い。
 コール三回で相手は出てくれた。
「もしもし、翠お義姉さん? 」
「あら、どうしたの? 」
「あの……実は本棚がいっぱい並んでる部屋に入ってしまって、
 写真を見つけたんです。あ、勿論不可抗力ですから!」
 何を言い訳してるんだろうか。
「写真を見たくらいで気にすることないわよ。
どんな写真だった? 二階の南側の部屋でしょう」
 明らかに弾んだ声は楽しんでるのだと分かる。
「ええ南側にある部屋です。
何かとてつもない美人が写ってて目を奪われちゃったんですよ!
 目なんかちょっと鋭くてぞくっとするんですよ。艶やかなルージュの
 目元は笑ってなくて。金髪でストレートロングの外国の女性、知ってます?」
 興奮から一気にまくしたてたせいか引いてしまったのだろうか。
 暫く沈黙があった。
 ちょっと不安になって、口を開こうとしたのだが、
「あははははは」
 突然笑い声が聞こえてきて一歩身を退いた。
 電話越しなので相手にはわからないが。
「ど、どうしたんですか!?」
「凄絶な美貌の持ち主よね。ショックだったんじゃない」
 ぐさぐさっときた。
「はいー見てしまいました」
 思わず最初の語尾が延びた。
「うんうん、そうよね。いつかは見つける日が来るって思ってたわ」
 意味深な物言いを聞き逃すことができなかった。
「あの、写真挟んだの翠お義姉さんなんですか」
 確信したので疑問符はつけなかった。
「ええそうよ。アルバムもわざと本棚にしまわなかったの」
 確信犯は悪びれもせずに仰った。



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