30. ×××


「ねえあたし達がしてる行為って何かしら」
隣で煙草を吹かす男に問いかける。
乱れたシーツは情事の名残。
感慨深いわけでもなく、しらけたムード。
愛という感情を持ち合わせない関係だから。
「聞き方間違えたわ。あたし達の関係って何?」
「おかしなことを聞くんだな」
「そうね、おかしいわね……」
悪戯で彼の肩に口付けを落とす。
きつく押し付ければ赤いルージュの色が移る。
私達は恋人同士ではない。
特定の恋人がいるわけではない。
少なくとも私にはいないのだけれど……彼の事は知らない。
お互い、干渉し合わない約束だ。
寂しくなった時、呼びつけて、貪り合うだけ。
欲望を満たす為だけに。
綺麗な関係というものを私達は知らない。
彼は有り余るほどのお金を持ち、それを歯牙にかけるわけでもなく、
どこか空虚な毎日を送っている。
私と彼は獣のように、気が向いた時に呼びつけて行為に耽る。
互いが互いの誘いを断る時も度々あった。
「こんな馬鹿なこともう終らせたいって思うわ」
「そうか」
淡々と呟く彼。
少しも名残惜しさはないのだ。
恋人でも何でもないから。
ちらりと嘘の恋人の顔を見つめる。
こんなに整った顔をしていたなんて、今まで気がつかなかった。
信じられないくらい色っぽい男だと思ってはいたけど。
そこに求める体さえあればそれで良かったからだ。
顔なんてどうでもいい。
「変わったな、お前」
「あなたが変われないだけよ」
彼は沈黙した。
長い睫が伏せられる。
「俺は……、」
「いつも毒舌のあなたがらしくないわね。私に言い包められるなんて」
クスクスと笑ってやった。
肌からは、きつい香水の香り。
もうこの香りとは別れを告げよう。
体だけの関係からも。
「私はこの香りを卒業するわ」
灰皿に煙草を押し付けて火を揉み消すと、彼はクールな顔で笑う。
「へえ、真人間になるわけだ。おめでとう」
「ありがとう」
肌に巻きついていたシーツを剥がすと、立ち上がり、床に放られた衣服を拾う。
露になった肌を隠すこともなく。
この男が今さら煽られないことも知っているから気にしない。
とうに知り尽くした体には用はないのだ。
「さっきの答え教えてやろうか?」
ふいに口を開いた彼がニヤリと笑う。
「ええ」
「俺達の行為はSexでさえなかった」
「一番似合いなのは、fackだな」
「あはは……そうかもしれないわ」
獣みたいな欲望で行為に耽る。
私は彼の前で恥じらいなど見せたこともない。
Sexは男女がする行為、
Makeloveは恋人同士が愛を確かめ合うこと。
Fackはどっちでもない。
私達はキスを唇で交わす事はなかった。
唇は最後の聖域とでもいうように、決してお互い口付けを交わす事はなかった。
「バイバイ」
私の言葉に、彼は振り向くこともなかった。
まぐわい……。
私達にはぴったりな淫らな表現だわ。


この男が誰かとMakeloveすることなんてあるのかしら。
恋に溺れる彼の姿が今ひとつ想像できなかった。


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