白き桜に眠る日 第1話



21の誕生日の翌朝、彼は眠りについた。
私を残して……たった一人で届かない場所へ行ってしまった。
病に冒されていた優。
優しかった貴方は思い出の中へ消えた。

別れの朝、充分泣いたから涙を流すのはこれでお終い。
どれ程泣こうとも貴方は帰って来ないから、もう泣くのを止めた。
これからは笑って生きて行きます。

* * * * * * * * * * * * * * *



桜が降りしきる春の日、白い病室で貴方は眠っていた。
私は痩せた彼の手を握り締め、そっと祈っている。
神様、どうかこの人を連れて行かないで。
この人の傍にいられる事以外何も望まないから。
お願い………。
目からじわりと涙が溢れて、彼の手の平へ零れ落ちる
「すぐる……」
「伊織」
私の呼び声に気づいたのか、彼がゆっくりと目を覚ました。
私の手を小さく握り返す。
「泣いているの?」
「目にゴミが入っちゃって」
すぐばれてしまうような見え透いた嘘。
柔らかい仕草で彼が私の涙を拭う。
「……嘘つき」
彼はクスっと微かに笑った。
私も微笑み返す。
この永遠が続けば良いのに……。
「優、そろそろ桜が咲くね。見に行こうか?」
高校の帰りによく二人で歩いた並木道。
春には桜が咲いて華やかな彩りを見せる木々は
冬には枯れ木と化し、一気に寂しい雰囲気になる。
来年は見れないだろうあの桜並木を もう一度二人で歩きたい。
これが最後の機会だと 思うと胸が痛んだ。
「……今更外出許可なんて出るかどうか」
弱気な表情で微笑む彼。
彼の気持ちは痛いほど分かる。でも
別れの日が近いという確信にも似た予感を抱いていたから、
私はどうしても諦められないのだ。
最後のデートになるかもしれないのだから。
「じゃあ外泊許可お願いしてみるわ。
外出だと疲れちゃうから許可下りないかもしれないし」
大丈夫と彼に微笑んで、私は病室を出た。
私まで弱きになったら彼は希望を失うだろう。
心を強く持たなければ。
常に自分に言いきかせてきた事だった。
あまりにも簡単に崩れ落ちそうな決意。
病状は悪化の一途を辿っていることは
彼自身も気付いていることだ。


担当医の元に外泊許可を取りに行ったら、一瞬苦い顔をされたものの
以外にもあっさりと許可が出て複雑な気分になった。
それがどういうこと分かりすぎて辛い。
嬉しいことには変わりないから、私は笑顔で彼の病室を開けた。
花の香りと共に開け放たれた窓から桜の花びらが舞い込む。
「何してるの。寝てなきゃ駄目じゃない」
彼は窓の所で外の景色を眺めていた。
「あ、伊織どうだった?」
何も気にしてない様子で彼は私の方を振り返る。
「外泊許可が降りたわ。早速準備しなきゃ」
私は彼の側にいき、窓を閉めた。
病人の彼にとって春の風はまだ冷たいのだ。
「許可が出ても具合が悪くなったら行けれなくなるのよ。
さ、横になって」
「そうだね。ごめん」
彼は素直にベッドに横になり、布団を被った。
「明日の朝、迎えに来るわ。お休みなさい」
そういい残し私は病室を出た。
微かに身を起こし、彼は私を見送っていた。
今にも泣きそうだったから私は早足で病院を出た。
彼の担当医のの言葉が脳裏に響く。
「最後だから最高の思い出を作ってきなさい。
お互いの為にもね」
その言葉を聞いたとき私は絶句して一瞬凍りついたのだ。
もう無理はするなと言えるような段階ではないのだろう。
あと一週間もつか分からないとも担当医は言った。
命の期限の宣告を受けた。
こちらが見る限り、あんなに元気な彼。
あともう少しで本当にお別れなんて信じられない。
覚悟をしておかなければならない。
最後まで彼には終わりの日を悟らせてはいけないのだから。
私は気をしっかり持とう。


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