Cherry blossoms



どうやら私は告白されたようだ。
 密室に呼び出されて、いきなりびっくりした。
 だからってあの反応は不味かった。
 彼を傷つけたし、私なんかに告白しなければ良かったのにと
 思っているかもしれない。やっちゃったとかね。
 だけどやっぱりあの時のことは納得いかない。
 場所が運動部の部室よ?
これから一勝負しようぜってことかと思うわよ絶対。
 あの時のことが気になってるから、きっと視線を向けてしまう。
 睨み付ける勢いで鋭い視線を。
「明梨ってあれだよね、鈍感」
「絶対そんなことないよ?」
 親友の由来はくすくすと笑っている。
 同い年なのになんでそんなに悟りきってるんだろうか。
「でもね、あんな密室に呼び出されるなんて
普通果し合いでしょ!自分の負けるところを誰にも見られたくないのよ」
「その感覚がおかしいんだって。しかも勝利を確信してるのね」
 堪えきれないとばかりに由来が笑い転げる。
 お腹まで押さえちゃって!
 さっき真っ赤な顔で走っていった葛井君は、もう普段通りに成田くんと談笑してる。
「……鈍すぎ。これじゃ私というキューピッドが必要ね」
 ちらりとこちらに目を向けた由来が腕を組んでうんうんと頷いた。
一人で何を納得してるの。
 昼休みが終るチャイムが鳴り響く。
 この日を境に私は葛井砌という存在を観察するようになる。
 女子に人気が高いらしいことを知り新発見だわと嬉しくなった。
 他の子に聞いたら今更何言ってるのみたいに返されてしまう。
 はは、それだけ見てなかったのね。
 興味あるもの以外は自然と対象外になっちゃうのが人間だもん。
 逆に考えると今は彼のことが興味津々ということか。ふむふむ。
 なるほど、結構誰とでも仲良くしてる感じ。その中でも一番仲良いのは
 成田忍。陽気で屈託ない感じで男女問わず人気があるみたい。背高いなあ。
 君より、さんが似合いそうだ。何となく。
 成田君は、上手い具合に彼をコントロールしているように感じられた。
 私が見た限りだけど、飴と鞭を使い分けているのだ。
 っ。これじゃ変態ストーカーじゃない?
 彼のことを考えまいとすればするほど頭は彼の事でいっぱいに
 なるしもうワケがわかんない!
 半ば切れかけていた私のところに成田君がやってきた。
「元宮、そんなに砌が気になるんや?」
 いきなりそんなことを言われて反応に困った挙句、
「面白くて目が離せないって感じ。オーバーリアクションなとことか可愛いよね」
 語尾にハートマークがつきそうだと自分でも思った。
「あはは、その言葉は本人的に複雑やろな。
 まあぶっちゃけその通りなんやけど」
 はっきりと言い放った成田くんは笑いながら去って行った。
 何の用だったのかな。
 きょとと首を傾げて、机に突っ伏した。




少し前からちらちらと視線を感じるようになった。
 いや、ありえないだろと自分でも思う人物からの視線で、
 思わず顔が赤くなってしまった。
 その度、忍にからかわれ茶々を入れられる。
「みーぎーりーん、どないしたん?」
 思いっきり顔が笑っていて明らかに楽しんでいる。
 元宮明梨に態よくあしらわれて以来凹み気味だった俺だけど、
 最近は浮上しつつあった。
 意識されてるかもしれないと思って浮かれている自分のことが、
 恥ずかしすぎる。
 イヴに振られてから、もうすぐ2ヶ月。
 俺に関係ないと思っていたヴァレンタインが近づいている。
「忍、もうすぐヴァレンタインだな」
「それがどうかしたか」
 ニヤニヤ笑われていて内心むっとしたが堪える。
「……望みあると思う?」
「さあな。元宮って謎やん。
 天然なのに侮れないし他の女子と違うというか」
「こないだ、駅まで一緒に帰ろうって誘われたよ」
「初耳や」
「すぐ断ったし」
「阿呆ちゃう」
「元宮だけじゃなく有西もいたんだよ。三人で一緒に帰る?って誘われた」
「早く何とかなるとええな」
 今の突き放した言い方は一体。
「うわ、めっちゃどうでもよさそうやな」
 忍風に関西弁にすると奴は何故か声を荒らげて意味不明のことを言った。
「関西弁は俺の専売特許やぞ!」


「ええ加減帰らへん」
「……放課後残って男同士だべる俺たちって」
「友情ごっこできるのも今の内やから」
 さらっと忍はのたまう。意外に食えない奴かもな。
「ごっこ……最低な表現だ」

 ヴァレンタインはいよいよ明日。
 決戦は金曜日ではないが……
 すっきりしてしまいたい。
 自信過剰に期待して何もなかったら、後で痛いな。
 何だか胸騒ぎがして眠れやしない。
キッチンに下りてみると、
「ふんふんふふん」
「……何やってるんだよ」
「あら、見て分からないの?ヴァレンタインチョコ作ってるのよ。楽しみにしててね」
瞳を輝かせた母・翠がチョコレートの甘い匂いに包まれていた。
「別にいらない」
「可愛くないわねー。好きな子以外からは欲しくないってことかしら。
砌もいっちょ前に色気づいちゃって」
「想像で物を言うのはやめてくれ」
 したり顔で笑った翠は冷蔵庫にチョコレートを入れていた。
 溜息つきつつ部屋に戻る。
 夜中に目を覚ましたのが運のツキだったようだ。
元宮は、チョコをくれるだろうか。
 もし向こうからアプローチがなくても、もう一度告白すると
 決めている。それで駄目なら潔く諦めた方がいいだろう。
 一年以上温めてきた恋だけれど、男は諦めが肝心だ。
 ……そう上手く踏ん切りがつけばいいけど。
 期待少し不安ほとんどの気分だった。



いよいよヴァレンタイン。
 寝ぼけ眼を擦りつつ飛び起きて早足で階段を下りる。
 深夜までチョコレートつくりに励んでいたはずの母・翠は、
 普通に起きていた。さすがだとしか言いようがない。
「あら、何驚いた顔して。
 寝坊なんてお間抜けなことするわけないでしょう?
 ちゃんと朝ごはんも愛母弁当もチョコもできてるわよ」
 ふふっと笑った母親に朝から面食らわされた。
「おはよう、美味いぞ、チョコ」
 満面の笑みで笑う父・陽。
 俺は父似だと専らの噂だ。ああ、母親に似なくてよかった。
 あらゆる意味で。
「何で今食べてるの?」
「食後のデザート」
 駄目だこの夫婦は分からない。
 あっけらかんと答えられ押し黙ってしまった。
 万年新婚夫婦。年の割りに若いといえば聞こえがいいか
 ……そうでもないか。
 席に着くといただきますと手を揃える。
 マヨネーズで焼かれた玉子焼きが食欲をそそった。


 うわー緊張する!
 今日はヴァレンタインだ。
 ちゃんとチョコも用意した。父の分、そして……。
 玄関でローファーを穿いて爪先をとんとんと叩く。
 靴べらでやればいいものをこうするのは、
 幼い日からの抜けない癖だ。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい、頑張ってね」
「うん」
 扉を開けると走り出した。


 古典的だと思いつつ、下駄箱を開けて手紙を差し入れた。
 「チョコレート好きですか?好きなら受け取って下さい。
 あの日のクラブハウスで待ってます」
 渡してから言おうと思っていたのでちょっと意味深な手紙にしたのだ。

 放課後。
 ばくばくする胸を押さえて、クラブハウスの中で待っていると、
 扉が叩かれた。自分を主張するような激しさでコンコンと。
 だがそんなことでびっくりする私ではない。
 かたんと椅子から立ち上がる。
「元宮……」
 走ってきたのだろう顔を真っ赤にして肩で息をしている。
 興奮が止まらない感じに見えた。
「チョコレート好きなんだね、はい」
 あっさり渡すとぽかんと口を開けられた。
 反応に困っているようだ。
「大丈夫、毒なんて入ってないから。
 私だって意味もなくこんな所に呼び出さないよ。
 義理なら教室で渡せばすむでしょ」
 するすると言葉が滑りでる。
 ストレートな思いを口にすることは案外簡単なのかもしれない。
「それって……」
「チョコレート開けてみて」
 葛井くんは促され包みを開けていく。
 包装を乱暴に扱わずゆっくり丁寧に扱っている様子に嬉しくなった。
 チョコレートを見た葛井くんの表情が劇的に変化する。
 白い文字でLOVE葛井君と書いたのは恥ずかしかったかな。
「ほ、本当に!?」
「嘘でこんな恥ずかしい真似できないよー」
 はにかむと葛井くんも笑った。喜びを噛み締めるように。
「俺も好きだ、元宮のこと。ずっと好きだったんだ」
「葛井くんの精一杯の思いに私は打たれたんだよ」
 椅子から立ち上がり手を握る。
 葛井くんが、力強く手を握り返した。
「ありがとう」
 ああ、何でそんな泣きそうなほど嬉しそうなの。
 私もつられちゃうじゃない。
 明梨は胸がきゅんと疼くのを感じた。
 ふわっとした感触。
 気付けば彼の腕の中にいた。
 ぎゅっと腕を回せば抱きしめられる力もまた強くなる。
「大好き」
 ポスンと、手から落ちた鞄の音がリアルに静寂の中に響いた。


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