sweetdropー2−
飴玉を口の中で転がしているような関係が好きだった。
ゆっくり前へ歩いて行ければいいと思ってた。
けれど、誰も知らない彼女のすべてを知りたいと
感じ始めた自分を誤魔化せなくて。
そんな自分に戸惑いながら、感情を押し殺す日々。
傷つけたくなんてないから、泣かせたくないから
きわどい冗談ばかりを繰り返す。
同じ気持ちに達する日はそう遠くない日のことで
あることを心では願いながら。
ガシャン。
「砌?」
彼がグラスを取り落とした。
コーラが零れだし、床に染みを作る。
甘い砂糖の匂いが広がってゆく。
「……あ、ああ悪い」
慌ててグラスを片付けようとした砌の手を握る。
「駄目だよ。素手で触ったら怪我するじゃない」
「今日の砌、おかしいよ」
「そうか?」
「うん。ぼうっとしちゃってさ、らしくない」
今日の砌は何だかぼーっとしてるし、時々目を逸らすし、
一体どうしちゃったんだろう。
「おかしいのはお前だよ」
キャミソール一枚にタイトミニ。
んな姿で来るなんて挑発してるのか。
天然なのも困りものだな。無意識だから、全然分かってない。
「何でよ!」
「早く気づいたら?」
砌はくすっと笑う。
一体、何がおかしいんだろう。
箒を持ってきて割れたグラスの欠片を片付けている砌の
さらりと長めの前髪が、その表情を隠している。
「……手伝おうか」
「いいよ」
ちょっと険悪ムード?
やばいかも。
そうだ。話題を変えよう。
「そういえば砌って免許取りたてなのにどうしてあんなに
運転上手いの?何年も乗ってる人っぽい」
本当に上手いのだ。
停止する時もスムーズで、がくんってなったりしない。
私は車酔いする体質なんだけど、彼の運転で酔った事は一度もない。
安心して乗っていられるんだ。
「言ってなかったかな」
「え?」
「免許は確かに取りたてだけど、運転歴は長いんだよな。
親父が、俺に運転を教えてくれたのは10歳の時だし」
衝撃的な事実だ。
彼は親公認で無免許運転を!
「……す、すごいお父さんだね」
呆気にとられるしかない。
「まあな、酒だって小学校に上がる前から飲ませられてたし」
「明らかに法律違反だよ、それ」
「仕方ないだろ。こういう家なんだよ」
砌は諦めたような感じの遠い目をした。
18歳がする顔じゃないって、それ。
「確かに砌パパ面白い人だけど」
私は彼の父親の事を砌パパと呼んでいた。
まさにその通り『パパ』という感じの人なのだ。
「それに若いよね。最初見たときお兄さんかと思っちゃった」
「あんまり親父の前でそんなこというなよ。
調子に乗りまくるから」
「あはは、楽しそう」
「楽しいのかよ」
私と砌は、笑い合った。
そんなこんなであっという間に時間は過ぎていって、夕暮れ時。
「じゃあそろそろ帰るね」
「送っていく」
「心配しなくても大丈夫だよー」
くすくす笑った。子どもじゃないんだし知らない人に
ついていったりしないしさ。
「送りたいんだよ」
無自覚すぎて危ないんだよお前は。
そんな格好で一人で帰って何かあったらどうするんだ。
俺も理性を保てる自信はあんまりないけど。
砌が眼前で強い口調になる。
うっすごい、この迫力。
「じゃあ送ってもらおうかな」
にっこり笑って、砌の手を握り部屋を出る。
「お邪魔しましたー」
「明梨ちゃん、また来てねーv馬鹿砌に襲われないよう気をつけるのよ♪」
「はーいv」
砌ママは綺麗で若作りな人だ。
加えて明るくテンションが高い。
この母とあの父から砌が生まれたなんてちょっと信じられない。
羨ましいくらい愉快な一家で、私はここの家の子どもになりたいと
何度妬んだかしれない(笑)
「……覚えとけ」
「まあまあ」
砌の家を出て、駅まで歩く。
私の家は駅の側にあるから。
「砌、最近変だよ、やっぱり」
昼間の話題を蒸し返すとまた気まずい雰囲気になるのだろうか。
でも気になるんだから仕方ない。
「………………」
「無視!?無視したの!?性質悪いよ!」
だんまりを決め込もうとしている砌にむっときた。
「言いたいことがあるならちゃんと話してよ。
怒らないからさ」
「お前のせいだろ」
「は?」
思わず間の抜けた声を上げてしまう。
「ごめん、気に障ることでもしてたんなら謝る」
一瞬、砌の手を離す。
「俺は……」
首を傾げて砌を見つめる。
苦しそうな顔をしていた。
悩みでもあるんなら相談に乗るのに。
「砌?」
「……きゃ」
ふいに抱き寄せられた。
砌の家から大分離れてるし人通りもない道だから、
誰にも見られてないだろうけど。
「……痛い」
恐ろしいほどの強い力。
私は抗議の声を上げる。
彼は強引な所があるけど、こんな余裕のない様子は初めてで。
「明梨」
耳元で囁かれる。低い声。
「どうしたの?」
間が抜けた問いかけだったかな。
砌はそっと私の体を離し、肩を掴む。
ぼーっと成り行きを見守っていた私だけれど、
気づいた時には唇を塞がれていた。
熱っぽい。
こんなのは今まで感じたことのないものだ。
「や……!?」
砌は舌を入れてきた。
不思議な感覚が体を駆け巡る。
「はぁ……」
激しく絡められて息が出来なくなりそう。
「や、やめ……こんなの変だよ!!」
自分がどうにかなりそうな気がして怖くて、
砌を突き飛ばしていた。
「どうしてこんなことするの!?」
俯いた顔が痛々しかった。
そんな顔しないで。
「お前が好きだからに決まってるだろ」
まるで心の底から泣き叫んでるみたいだった。
「でも。こんなのおかしいよ。私は望んでない」
こんなことされるのは、違う。
彼の事は好きだけれど。
「お前、この間いつかって言ったよな。
それっていつなんだよ。いつまで待てばいいんだ?」
彼は血を吐いてるように見えた。
ただ、言葉を紡いでいるだけなのに、血を吐いてる。
「わかんないけど、待って欲しいの。心の準備ができるまで」
自然にその時が訪れるまで。
「……本当は俺のことなんて好きじゃないんだろ」
ぽつりと呟かれた言葉。
私の気持ちが疑われていることが
ショックだった。
私は好きなの。砌が好きなんだよ。
無理矢理流されちゃえば、満足なの?
それじゃあ駄目なんだよ。きっと後悔する。
良い事なんてないよ。砌も分かってるでしょ。
目頭が熱くなり、涙が溢れていた。
「……私は砌が好き。大好き。
だからこそ焦りたくなんてない」
「……明梨」
「ごめんね」
「もうここからは一人で帰るから」
立ちつくす砌を置いて、私は歩き出した。
少し速めの歩調。
あああ。こんなの嫌だ。
砌……。
どうしちゃったんだろう。
危ない冗談を飛ばす人ではあるけれど、
あんな強引なことするなんて。
明日は笑顔で会えるかな。
砌と上手く話せるかな。
私は泣いて赤くなった目をこすりながら、家路へと急いだ。
雲の切れ間から、雨が降り出していた。
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