第3話
明梨に告白した高1のクリスマスイヴ。
付き合うことができている今となってはある意味笑い話だろうけれど。
かなり痛い記憶だ。忘れたいのに忘れられやしない。
俺の気持ちも露知らず彼女はとっくに忘れているに違いないと
簡単に想像できてしまうから虚しいが。
あの日をもう一度やり直したらと何度願ったかしれない。
「ほんま、今日にするんか? 」
「ああ」
親友の忍に苦笑されながら問われた砌はきっぱりと言い切った。
廊下側の端っこの席は暖房が届かない上に、廊下からの隙間風も入ってくる。
そんな環境の中にいようが、常時頭の中が春の砌には関係が無い。
期末テストは苦手だった英語を克服し、まずまずの成績を取ることができた。
だが彼の喜びはそこではなかった。2学期になった頃、
中三の時、同じクラスになり、わざわざ同じ高校を受けた存在と
隣同士の席になることができたのだ。
何気なく視線を送っても向こうは気づく気配もなく、
一年以上も片思いをしている。
我ながら一途だと砌は思った。
学生にとって今日は2学期最後の日であり、くわえて世間一般でいうクリスマスイヴだ。
恋人がいる者たちはともかく、いない者達は家族でほのぼのフライドチキンとケーキで
祝うのが一般的だ。砌も去年まではほのぼのとは違うかもしれないが家族で過ごしていた。
「止めても無駄か? 」
「ああ。どうせ今年会えるのは今年は今日が最後なんだし、
綺麗さっぱり散るかな」
「うわ、あほがおった。イヴにんなことせんでもええのに。
来年に願かけるとかせえへんの? 」
「うるさい。もう今日しかないんだよ! 」
自棄になって叫ぶと声を聞かれたのか、ひそひそと周りから笑い声が聞こえた。
「大注目やな、砌くん」
含み笑いをする忍をひと睨みし、砌は教室を飛び出した。
顔を真っ赤にして走る。
一応常識は持ち合わせている砌だから、下駄箱で靴を履き替えようとして我に返った。
未だ授業は終ってないのに俺はどこへ行くつもりだ?
またあいつに笑われるなと苦い気持ちになった。
砌は、また校内へと引き返す。
と、グッドタイミングかバッドタイミングか、砌の心に棲みついている
意中の相手が視界に飛び込んできた。
清涼飲料の缶を2つほど胸に抱えて。
なるほど頼まれたんだなと砌は心中納得する。
「元宮、放課後さ、クラブハウスに来てくれないかな?」
会えたのはチャンスだ。
ここがどこだろうが誰がいようが関係あるか。
因みにクラブハウスというのはグランドの片隅に建てられている
運動部(テニス、野球、サッカー、陸上)の部室のことだ。
「え、果し合いでもするの!?私勝つ自信が無いなあ」
朗らかに笑う彼女は、砌の想い人、元宮明梨。
「ありえねえ」
砌は深い溜息をついた。
だから今まで告白できなかったのだ。
最強の天然、それが元宮明梨。
砌はどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
天然な彼女がどツボにはまってる感は否めないが。
「とりあえず来てくれるだけでいいから」
「別にいいよ。でどこのクラブハウス? 」
「陸上部」
「オッケ! じゃ放課後ねー」
約束を取りつけることはできたがどうなることやら。
砌は手をやると教室へと引きかえした。
同じクラスなので必然的に明梨の後ろを歩くことになったが。
「お帰りー」
「お前な」
悪びれも無く言い放った忍は現在、砌の席を陣取っていた。
「忍、陸上部のクラブハウス使いたいんだけど」
「なんや告白にいきなり密室使うんか。危険なムードいっぱいやな」
からかうのをやめない忍。
砌は口では勝てるはずも無いのが分かっている。
「……教室でもいいんだけどさ」
「他でもない大親友の頼みや。俺に任しとき」
「サンキュ、恩に着る」
「油断するなよ」
砌は真顔で言った忍に息を飲んだ。
いつもの関西弁ではなく標準語なのも不可解で。
次の瞬間にはまた馬鹿話が始まっていて、さっきのは
何だったんだろうと、疑問ばかりが砌の脳内をいつまでもぐるぐる回っていた。
終業式が終った放課後は、教師とすれ違う度早く帰れと声をかけられる。
砌は一応適当に返事をしておいてクラブハウスへと向かう。
不安でいっぱいで、期待もあって忙しく鳴り響く心臓をを収めつつ、
クラブハウスのノブを回した。
「寒……」
無断使用も甚だしいので暖房など使えない。
クラブハウスを使えるように手配してくれた忍には感謝してもし尽くせないが。
ベンチに腰を降ろして、彼女を待つことにした。
と次の瞬間ノックもなしにいきなり扉が開いて、砌の心臓は跳ね上がった。
「お待たせー! 」
元気よく入ってきたのは元宮明梨
鞄とお菓子と飲み物を抱えている。
「……うん」
心の準備も無いままに隣りに座られてしまい砌は焦る。
「寒いよねー」
「ごめん、こんな所呼び出して」
「クラブハウスって入ったこと無かったしちょっと嬉しいんだー」
はいっ。と温かいアルミを差し出され、慌てて受け取る。
「サンキュ」
プルタブを上げる音がして甘い匂いが密室に立ち込める。
「ミルクティー好きなんだ」
「普通のは駄目。ロイヤルミルクティーじゃないと! 」
主張する明梨。
砌は、こりゃ全然意識されてないなと内心肩を落す。
「話があるんだけど」
「え、二人きりじゃないとできない話なの? 」
だからわざわざ呼んだんだよ。
いい加減気づけよ。
砌の顔は微かに引きつった。
「ところで俺の名前知ってるよな? 」
「えっと誰だっけ?」
「葛井砌」
「ほお、なるほど!同じクラスにいたよね確か」
砌は反応が変なのもどうでもよくなるくらい元宮明梨にはまっていた。
っていうか覚えてもらってないけど。
はあ……
何でこんなに可愛いんだよ!
砌は覚悟を決めて口を開くことにした。
「元宮が好きなんだ」
「へえ、そうなんだ。初耳」
あっさり言い放たれた言葉に砌は衝撃を受けた。
何だこの反応は!?
まるっきり望みゼロかよオイ。
砌はかーっと全身に血が上った。怒りと羞恥の熱が駆け巡る。
立ち上がったかと思えば扉を開け、凄まじい勢いで走っていった。
「……あれ? 」
ぼーっと砌を見送っていた明梨は、独りごちた。
「葛井くん、顔真っ赤だったなあ」
砌にこの言葉が聞こえなくて良かっただろう。
「で、走って逃げてきたと」
あほやなあ。
忍は呆れ顔をし、肩で息をする砌を鼻で笑う。
一部始終の話を聞いた忍は、まあ予測の付かない範囲ではなかったらしく、
取り乱す砌を落ち着かせようと普段の態度で接する。
「じゃあどうしろってんだよ!」
「まあよく頑張ったな、上出来上出来」
「ああ、もういい。当たって砕けたんだからな」
砌は宥められて何とか平静を取り戻した。
「諦め早いなーお前。まだまだいけるって」
「無意味な励ましも慰めも止めてくれ」
「いや本気でそう思うで。ちょっと手強そうやけど、
長期戦でいけばええんとちゃう?」
「……そうだな、うん」
砌は単純だった。
「忍、色々ありがとうな。すっきりした」
誰もが帰宅した教室内には砌と忍の二人きりだ。
「じゃ、帰りますか」
促され、砌は鞄を肩にかける。
もう彼女は帰っただろうか。
相も変わらず砌の脳裏は元宮明梨のことでいっぱいだった。
やはり今年も今年で砌は賑やかな家族と共にイヴもクリスマスも過ごす羽目になった。
母・翠の実家、藤城の屋敷に行けばお祭り騒ぎ大好きなはた迷惑な面々が揃う。
叔父である青だけは今年もいなかったが、他は相変わらずだ。
勤務先から駆けつけた父と祖父は白衣姿。
ある意味コスプレっぽいんじゃないかとは砌の心の言葉だ。
胸元が大きく開いた真っ赤なドレスを着ている翠を見て
見ぬ振りをして用意された料理に手を伸ばす。
来年は、こんな連中の中にいませんように。
砌は窓から見える星に願いを込めた。
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