交換日記 「随分溜まったわね……」 そう独り言を呟いて、ナミは手にした一冊のノートを捲った。 もう何冊目になるかわからないその航海日誌は、グランドラインに入ってからナミがずっと書き溜めていた中の一冊だ。パラパラと無造作にページを捲れば、そこには今でも鮮明に思い出せる冒険の日々が綴られている。 なんてことない穏やかな日常から、嵐のように忙しかった日のこと。航海士の自分を慌てさせたデタラメな気候の様子。島で出会った様々な人達。初めて見るものや珍しいもの、楽しかったことなど。勿論、辛かったことや苦しかったこともある。 でもいつでも、どんな時でも、そこには頼もしい仲間たちの姿があった。 どれもこれも懐かしい日々ばかりだ。 しかし、ある一冊のノートを開くと、ナミはそこでふと手を止めた。明らかに自分ではない誰かが書いたページがあったからだ。しかもそこに描いてあるのは落書きだ。真っ黒い塊から手が生えているような絵が描かれている。 だが、これを描いた人物にナミは心当たりがあった。 故に、この絵の意味を想像するのは容易い。 「これって、肉のつもりかしら……」 おそらくというか、確実にそうであろう。本人的には骨付き肉でも描いたつもりだ……多分。横には蛸のような鳥と、豚のような牛の絵がある。どれを見ても抽象画にしか思えないが。 そんな落書きに呆れつつ、次のページを捲ってみた。 次に書かれていたのは絵ではなく文字だ。ページの真ん中に大きく、太くはっきりと『雪』と書かれていた。それ以外はない。ただの『雪』だ。その日の天候が雪だったと、そう主張したかったのだろうか。単に、それ以外に書くことが思い当たらなかっただけなのかもしれない。微妙に達筆なところが気になるが。 眉を顰めつつ、次のページを見てみる。 次のページは割とまともそうな書き出しから始まっていた。日付、その日の天候、それからその時の自分の様子が綴られている。あの時の自分は40度近く熱を出していたらしい。 熱で苦しむナミさんと代われるものなら代わってやりたい、そんな言葉に一瞬胸を打たれたが、その後に書かれてある『白き雪に舞う愛の讃歌』なんてポエムは余計だった。前の2ページに比べればまともな日誌であったが、やはり最後はお約束な内容である。 その次に書かれていたのは、日誌というより何かの物語だ。しかも、延々10ページに亘る大作だ。『キャプテンの俺様を筆頭に、敵の海賊達に立ち向かう仲間達』とあるから、海賊か何かが襲ってきたのだろうか。これを書いた人物を考えれば9割方フィクションであると思われるが。 それにしても、どれもこれも似たりよったりというか、見事なまでに個性的過ぎる。 「何書いてんだか……」 呆れるの通り越し、笑ってしまう。 リトルガーデンを出発してナミが倒れた時、仲間たちが交代でこの航海日誌を書いたことを知ったのはずっと後になってからだ。病気が全快し、また今日から日誌を書こうと思ったら、これらが書いてあったのだ。 無駄にページを消費されたという気持ちは否めないが、これはこれでいい思い出の一つかもしれない。 「……あ」 最後のページを捲り、そこで見つけた文字を見て、ナミは思わず小さな声を上げた。 皆が交代でこの日誌を書いた時、彼女もこの日誌を書いたのだということを思い出したのだ。見覚えのあるその文字に、懐かしさが込み上げる。 「そっか、ビビも書いてくれたんだっけ」 あの王女らしいどこか几帳面な文字は、その日一日の船の様子や仲間達との会話など、事細かく日誌に綴っていた。そして、文末には本人の名前がしっかりと書かれている。 「元気かな」 そう呟くと、知らず口元が綻んだ。 ナミは懐かしそうにその文字を指でなぞると、遠い地にいるもう一人の仲間のことを想った。 2006/06/19掲載 ※「ワンピ好きさんへの100のお題」より |contents| |