黒子



「背中のホクロの数は、レディにしか教えねぇ主義だ」

 どこか艶っぽい意味をわざと含ませた台詞を口にしたつもりだったが、どうやら目の前にいるチョッパーには全く通じていないようだった。「何で?」と愛らしい感じで首を傾けられれば、「何で?」と言われたこっちの方が困ってしまう。
 おまけにその隣にいるルフィ、並びにウソップに至っても同様の反応だ。言葉の深い意味を問うことなく、「ケチだなぁー」とだけ返される。
 これでは、折角の決め台詞が台無しだ。まるで意味が通じていないのだから。
 仕方なく、サンジは自ら逸らした話題を軌道修正し、いきなり「ホクロを見せろ」と問うてきた三人の目的を聞いてやることにした。
 本来なら、しっかりと台詞の意味を言って聞かせてやりたかったのだが。そこはそれ、言ったところでやはり通じないだろうから。

「だから、なんだって急にそんなこと言い出してんだ。ホクロを見せろだのって……」
「だから、ホクロ王選手権だって言ってんだろ」
「そうだ、そうだ。誰が一番ホクロが多いか数えてんだ。審判は船医のチョッパーにしてもらっているんだ。大人しく見せろ」
 そう詰め寄る三人にサンジは顔を顰めた。
 つまりこれは、いつものアレである。所謂、暇つぶしというヤツだ。詳しい経緯はわからないが、想像するに、暇だからホクロの数でも数えてみるかとか、単純にその場のノリと勢いだけでそういう話になったのだろう。この前は確か、5cm四方の中に何本体毛があるのか、それの本数を数えていた。
 それにしても、毎度のことながら、よくまぁ飽きもせずこの三人はこんなくだらないことが思いつくもんだと思う。むしろ感心する。
「そんなもん、テメェらだけでやってろ」
「あのなぁ、俺らだけじゃ選手権にならないだろうが。お前も参加しろよ。真のホクロ王になりたくねぇのか!」
「……興味ねぇよ」
 というか、真のホクロ王ってのはなんだ。
 ついでに言うならば、先日の真の体毛王はダントツトップでチョッパーが選ばれている。
「ちなみに現在のトップはウソップで、合計ホクロ数が13個だ。俺が厳正な審査をして数えたから間違いないぞ」
「ああ、そうかい。そいつは良かったな。で、ルフィ……テメェはさっきから何やってんだ?」
「ん? ホクロ書いてんだ」
 と、言ってこちらを向いたルフィの顔を見て、サンジはさらに脱力した。
 さっきからゴソゴソ一人何かをやってると思ったら。いつの間に持ってきたのか、ルフィはペンにインクを付けて身体の至るところにポチポチと黒い斑点模様を書いていた。
 そう、顔にもだ。
「……馬鹿だろ、お前」
「アホだな」
「ルフィ、それはホクロにカウントされないぞ」
「なにぃ?! マジでかっ!」
 黒い斑点病にでもかかったような姿で喚く船長は、本当に見ていて飽きないというか、疲れる。
 確かに、サンジも今の時間は暇といえば暇といえなくないが、これに付き合うのはあまりのもアホらし過ぎる。
「おら、話が終わったならさっさと出てけ。俺ぁ、おやつの準備するんだよ」
「ホクロはどうすんだよぉ」
「不戦敗でいいから。おら、とっとと外に出ろ!」
「なんだよ、ケチー」
「ケチー」
「ケチー」
「ああ、ケチで結構。早く出てけ!」
 追い立てるようにラウンジから三人を追い出し、扉を閉めるとラウンジの中は元の静寂さを取り戻した。全く…とブツブツ言いながら、サンジは煙草に火を点ける。くだらないことをしてないで、さっさとお菓子の準備に取り掛からねば。
 だが、閉めた扉の向こうから聞こえてきた声に、火を点ける筈のその手が止まった。

「じゃ、次はナミのを数えに行こうぜ」

 次の瞬間、先程閉めたはずのドアが再び壊しそうな勢いで開け放たれた。
「ちょっと待ったぁぁぁー! ナミさんだとぉぉぉ!」
「サンジ、顔がすごいぞ」
「鼻の穴の方がすごいぞ」
「鼻の下もすごいことになってんぞ」
「ナミさんのホクロは俺に数えさせろ!」
 無論、それが実現することなどあるはずもなく、結局ホクロ選手権なるものは途中での解散を余儀なくされたのだった。



2006/06/21掲載
※「ワンピ好きさんへの100のお題」より

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