事実は小説より奇なり 「そしたら、シャンクスが言ったんだ。女は初めての時は血が出るけど、男は赤い玉が出るって」 ウソップが明日の海の男を目指して武器製作をしているその横で、ルフィがそんなことを言い出した。初めての時ってアレのことか? と尋ねると、そうだアレだアレと笑顔で返す。 「せっくすの話だ」 「ハッキリ言うな! 恥ずかしいだろっ!」 「なんでだ?」 「いや、なんでって……そりゃお前」 そこまで言ってから、ウソップはハッとしたようにして慌てて辺りを見渡した。こんな話を誰かに聞かれたら、と思うと妙に焦る初心な男心。しかし、幸か不幸かラウンジには自分達の他にサンジがいるだけで、そのサンジはさっきから自分達などおかまいなしに、忙しく何かを作ってる。それでも一応、サンジがこっちを見ていないかを確認した。 「……よし、大丈夫だ」 「なにが?」 「話してもいいぞ」 「なにがだ?」 「あのなぁ、お前が言ったんだろ? 玉がどうしたとか……」 「ああ、そうだった。玉だ、玉。男は初めての時、チンコから赤い玉が出るんだってよ」 「はぁ? ホントに赤い玉が出るって言ったのか?」 「おう、その玉が本当の男になった証だって言ってたぞ」 「証って……そんな話、聞いたことねぇぞ」 「ホントだって、こんぐれぇのヤツ」 ルフィはウソップの目の前で、くるっと自分の指を丸めるとこんくらいの大きさだを見せた。 「おい、いくらなんでもその大きさはないだろ。出る出ない以前に、物理的に無理だって。サクランボぐれぇあるぞ」 「でも、シャンクスが言ってたんだぞ。自分の時はこれぐらいのヤツが出てきたって」 ルフィ曰く、シャンクスが初めての時、それはもう苦労してそのぐらいの玉を出したのだという。だが、この玉を出す経験をしたからこそ自分は真の男になれた。だからルフィにも、いつかその時が来たら、自分と同じ立派な赤い玉を出して男になれよと言ったらしい。 以来、ルフィの目標はシャンクス以上の赤い玉を出すことだという。 「ウソップは赤玉出した事あるのか?」 「……ねぇよ」 「なんだ、童貞か?」 「う、うるせぇ! そういうおめぇはどうなんだ、赤玉出したことあんのかよ!」 「俺か? 俺もねぇぞ」 「そ、そうか、そうだよな……もしあるなんて言われたらどうしようかと」 「何が?」 「いや、それはいいからよ。赤い玉だ、赤い玉。俺様の嘘つき百科にも載ってねぇような話だぞ、それ。お前、例によってからかわれただけじゃねぇのか?」 「そんなことねぇ、シャンクスが言ってたんだぞ。間違いないって」 「だーかーら、そのシャンクスが言ってたってのが怪しいんだよ。今までそうやってお前がシャンクスから聞いた話で、マトモだったことなんか一つもねぇだろ」 「今回は違うぞ、絶対に本当だ!」 「なんでそう思うんだよ、お得意の勘だ! とか言うなよ?」 「おっさんも同じようなこと言ってたからだ」 「おっさん?」 「酒場にいたおっさんだ。この間、赤玉出るまで頑張ったとか言ったら、みんながそのおっさんのことを男の中の男だって褒めてたぞ」 「何ィ? マジでか?」 「おう、お前はスゲェ男だって、酒飲んで乾杯してたな」 「嘘じゃねぇだろうな」 「嘘じゃねぇぞ、本当だぞ」 するとウソップは、腕を組んで何かを考えるように黙り込んだ。俯いて自分の股間を見て唸る。 「うー……」 「どうした、ウンコか?」 「違ぇよ! 本当に赤い玉が出るかもしれねぇなって考えてるんだよ!」 「だから、出るんだって」 「でも普通に考えて、あの大きさは無理だろう。でか過ぎる」 「あ! そういや人によって大きさが違うって言ってたな。シャンクスはデカイからデカイのが出たって言ってたぞ」 「へえ……って、どんだけデカイんだよ!」 「多分、スゲェはずだ」 「やっぱ大海賊となると、その辺も他とは違うんだろうな」 「だろ? シャンクスはすげェ男なんだ!」 二人はその後も、その赤い玉の話で盛り上がった。自分達もいつか立派な赤玉が出るといいなぁとか、じゃあ、チンコをでかくしないとなぁとか、どうやったらチンコがでかくなるんだろうなぁとか。そんなアホなことを延々と。 聡明なる読者の皆様はお気づきだろうが、当然これは全部シャンクスの作り話である。俗に言う赤玉がなんであるかは、今は横に置くとして。 ともかく二人は、シャンクスの思惑通り、完全に騙されていた。酒場の見知らぬおっさんが言った一言も、話の信憑性に拍車をかけていた。仕方がないと言えば、仕方がない。 何しろ、それを親切に教えてやれる人間がその場にいなかったのだ。 ラウンジにいたもう一人、彼もまた、二人と同じように赤い玉の話をすっかり信じ込んでしまっていたのだから。聞くつもりなどなかったが、自然と耳に入ってきたその話を聞いて、彼の包丁を持つ手は、ずっと震えっぱなしであった。 *** 夜。 ラウンジで一人溜息をつく男がいた。椅子に浅く腰掛け、ズボンのジッパーを下ろし、剥き出しになった自分の股間を眺めては溜息をつく。彼は、さっきからそればかりを繰り返していた。 溜息の原因は、昼に聞いた話だ。 実は彼、サンジは、あのアホな話に花を咲かせていた二人と同じ……つまりアレ、童貞というアレである。 アッチの経験がないまま、十九年。気がつけば二十歳を目前に控えていた。もういい加減、そういった経験の一つや二つあっても良さそうなのに、未だ恋人は自分の右手。自他共に認めるほど清い身体の持ち主であった。 だからといって、始めからあの話を信じたわけではない。童貞とはいえ、十九にもなればそれなりに見聞きした知識がある。バラティエのコック達から聞いた猥談とか、ゼフに隠れて買ったエロ本とか。 だから最初の内は「そんなわけねぇだろ」と半分呆れていた。今まで何度か聞いたルフィが言うシャンクスの話とやらが、信憑性に欠けているから尚更だ。 しかし二人の話を聞いているうちに、段々と、もしかしたらという思いが生まれてきた。「シャンクスが言っていた」だけならそうも思わないが、どこぞの酒場のおっさんもそう言っていたなら、本当の話かもしれない。経験のない自分達が知らないだけで、本当に赤い玉というものが存在するのかもしれない。バラティエのコック達も、サンジが驚くと思って黙っていたという可能性だってあるのだ。そう思うと、知らず額に脂汗が滲んだ。 (いやでも、そんなはずは。いやいや、まさか、そんな……) 何度もそんなはずはない、と思ったが、思えば思うほど赤い玉が出てきそうな気がした。つまり、この時点で彼もすっかり、シャンクス作、偽の赤玉伝説の犠牲者となっていたわけだ。 彼は焦った。大変焦った。 なにしろ、このままではいざという時、自分が童貞だとバレてしまうかもしれないからだ。 赤い玉の話を聞く前は、もしそういう時、つまり彼にとって初めての時、自分がきちんとお勤めを果たすことができれば、絶対に童貞であることがバレないと思っていた。 経験はないが、自分はそれなりの知識と教養と、器用さを持っている。おまけに男前。だから、見た目は絶対に童貞には見えない……はず。 処女と違って、童貞は血が出たりすることもない。だから、きちんとセオリー通りやれれば大丈夫。イメージトレーニングは十分と言っていいほどやっている。 初めての時は基本中の基本、正常位と決めてあるので、お相手となるレディの顔を見ながら優しく手を握り、愛してると言ってあげるのだ。男は我慢が大切と本に書いてあったから、ちゃんと我慢して彼女を気持ちよくさせてあげればきっとバレないだろう、そう思っていたのだ。 今日の昼までは。 それが童貞は初めての時、赤い玉が出ると聞いてしまい、それではいくら童貞じゃないフリをしても赤い玉が出た瞬間バレてしまう。挙句、あら十九にもなってまだ童貞だったの? なんて笑われてしまったら、それこそ大変だ。確実に落ち込む。男として立ち直れないかもしれない。 それに、もしもそのお相手があのナミさんだったらと思うと、それはもう想像しただけで怖ろしい。立ち直れないどころか、ショックで一生インポだ。 なんてことだ。このままでは、童貞かインポのどちらかしか選べないではないか。自分の明るい童貞脱出計画が全部台無しだ。 そう思うと、彼はまた溜息をつきたくなるのだ。 「なんで赤い玉なんて出るんだよ……」 誰に言うでもなく、自分の股間に向かって愚痴を吐いた。言ったところで状況が変わるわけでもないが、言いたくなる。 「逆さにしたら出てこねぇかな……」 出てこないとわかっていても、力なくダレているそれを握って何度か上下に振ってみた。 どうにかして、上手いこと赤い玉だけ取り出すことができるといいのに。そんな都合の良いことを考えたが、これといっていい案など浮かぶはずもない。 (だったら、こういうのはどうだ?) セックスをする際、ゴムを装着するのは当然のマナーだ。だとするなら、装着している時に赤い玉を出して、あとは見つからないようにティッシュに包んで捨ててしまうというのはどうだろう。ちょっと姑息だが、割といい案に思える。 でも、ゴムを装着する前に赤い玉が出てしまうようなことがあれば、その案は危険すぎる。 例えば、彼女の口の中に出してしまうとか。 以前、仲間のコックの初体験話で、緊張しすぎて勃起しなかったら「彼女が口でしてくれた」と言ったのを聞いた事がある。 自分もそういう可能性があるかもしれない。そんな男の浪漫みたいな体験に興奮にして、思わずウッとなって、ついでに赤玉がポロっと出てきたら大変だ。絶対にバレてしまう。 だが、ちょっと待て。そもそも、赤い玉というのはどういった状態になると出てくるのだろうか。初めての時というくらいだから、やはりあの花園へ挿入を果たさなければ出てこないのだろうか。あるいは、さっき考えたみたく、口でされても出るのだろうか。もしくは、自分の手で擦っても出ないことは既に実証済みだが、他人の手で扱かれると出てくるとか。 もし、万が一そうだとしたら。 本番前、この場合で言う挿入前に (誰かに頼んで、赤玉だけ出して貰えばいいんじゃね?) それなら、いつ赤玉が出てくるかビクビクする必要もなくなる。初体験前に、童貞だとバレても困らない相手にこっそり頼めばいいのだ。 (困らない相手って誰だ?) ウソップ辺りに頼んでみようかと考えたが、そんなことを頼んだら最後、自分も童貞だとバレてしまう。それは避けたい。ルフィやチョッパーにしても同じだ。年上の意地というものがあるのだ。 でも、今考えたナイスアイディアを試してみたい。だが、そのための相手がいない。困った。どうしよう。早く赤玉を出したいのに。 「クソッ、早く出さねぇと」 その時、なんともタイミング良くラウンジの扉が開いた。 「あ」 「あ?」 ゾロだった。 しかし、ゾロはドアを開けて丁度正面辺りに座っていたサンジを見ると、そのまま何事もなかったかのようにドアを閉めた。 「ちょ、ちょっと待て!」 慌ててそれを引き止める。慌てすぎて長い足がもつれたが、ゾロの腹巻を掴む事は出来た。 すると、ゾロはなんで引き止められたのかわからず、怪訝な顔をしてみせた。 「邪魔しねぇから、早く続きでもやれ」 「続き?」 意味がわからず、首を傾げると、ゾロは無言でサンジの股間を指差した。 「マスかいてたんじゃねぇのか?」 「……へ?」 出しっぱなしだったのを、すっかり忘れていた。サンジは慌ててそれを下着の中へ仕舞うと、急いでズボンのチャックを上げた。 「終わった頃に、また酒貰いにくるから、さっさとやっちまえ」 「ア、アホ! これはそういうつもりで出してたんじゃねぇ、勘違いすんな!」 「溜めるのは、身体によくねぇぞ」 「うるせぇ、ボケ! そうじゃねぇって」 「気にしねぇで、出しちまえよ」 「だから、違うって言ってるだろ! 俺は、お前に聞きたいことがあってだな」 「聞きたいこと?」 「あー、えっと……その……」 (なんて聞いたらいいんだ?) そういえば、咄嗟に引き止めてしまったが、何をどう言おうか考えていなかった。 呼び止めたのは、猫の手ならぬ他人の手が欲しいと思っているところへ、丁度よくゾロが現れたからだ。 しかし、よくよく考えればウソップ達以上に自分が童貞だと知られたくない相手だ。そんな相手に、童貞だとバレたくないから赤玉を出す作業に協力しろとは言えない。言えないが (こいつもおんなじ童貞だったら、問題はねぇんだよな……) そうだ、同じ歳で同じく童貞。 しかも、その可能性はかなり高いとみた。 大体、自分が童貞なのにこのセンスの欠片もないような腹巻男に、そんな甲斐性などあるはずがない。 そうなると、こっちにとってかなり好都合ということになる。何しろ同じ十九歳だし、自分と同じように焦っているかもしれない。そうなると、益々都合がいい。 となると、まずは童貞なのかを確認しなければならないが。 (いきなり童貞か? じゃ直接過ぎるよな……) しかし、あーとかうーとか言いながらサンジが悩んでいると、再びゾロが外へ出て行こうとした。 「待てって! 何勝手に出て行こうとしてんだ!」 「だから何の用だ。言いてぇことがあんなら、さっさと言え」 「うるせぇ、わかってるよ。だからだな、えっと、その……なんだ……」 「出てっていいか?」 「いや、だから出てくなって。えっと、だからあれだ、あれ。お前もさ、赤い玉とか出したことあっか?」 「は? 赤い玉?」 「そうだよ、赤い玉だ、赤い玉。アレだ、アレ」 「アレ?」 「鈍いヤツだなぁ、アレって言ったらアレだろ。アレの時に出る赤い玉だよ」 アレの時出る赤い玉。 (クジ引きのことか?) 前に立ち寄った島で引いたクジ引き。カラカラ丸い箱のようなものを回すと当たりハズレの玉がでてくるアレ。 当たりが赤い玉で、ハズレが白い玉。 「赤い玉なんて、出してねぇよ」 そう、その時ゾロが出したのはハズレの白い玉。貰ったのはポケットティッシュ。 だからそれがどうした? と聞くと、急にサンジの顔がパァーっと明るくなった。 「なんだよ、やっぱりお前もそうなのか! だよな! 俺がまだなのにお前がそんなはずねぇと思っていたが。そうかそうか、同じか!」 「……同じ?」 「実を言うとな、俺もそうなんだよ」 「……俺も?」 「まぁな、十九になってそれもどうかと思うけどよ、こればっかりはなぁ……。あ、ウソップ達には当然秘密な。お互い同じ歳のよしみで仲良くしようぜ。お前が悩んだ時は、色々相談にのってやっから」 「……相談?」 なんのことかさっぱりわからない。くじ引きで相談って何を相談するつもりだろう。 しかし、サンジはなにやら一人楽しそうであった。やけに馴れ馴れしくゾロの肩を叩いて、ニコニコしている。 「そこでよ。早速だが、ここは一つ、共同戦線ってのを張ってお互いに協力し合わねぇか?」 「……協力?」 「赤玉を出す為の協力だ。お前も出してぇだろ? 上手くいけば、今夜中に出せるかもしれねぇんだ」 今にして思えば、なんであんな事を言ってしまったのだろうと思う。が、全てが後の祭り。 サンジが赤い玉の真実を知ったのは翌日のことであった。赤玉ってジイさんとかが出すヤツだろ? と教えてくれたのだ。耳年増でムッツリな剣士が。 あの後、サンジは意味がわかっていないゾロを強引に誘い、最初こそ色々揉めたものの、結果的に「お互いに扱きあう」という行為にまで至ることが出来た。二人とも若くてそれなりに溜まっていたせいか、結構いい感じに盛り上がった。盛り上がって、盛り上がって……しかし、ちょっと盛り上がり過ぎた。 何しろ、気がつけばいつかきっと、と夢にまでみた正常位でサンジはケツの痛みにもがき苦しむという状況に陥っていたからだ。「手を握って、愛してる」ではなく、「ペニスを握られて、とりあえずお前もイっておけ」という経験をさせられたのだ。 勘違いが勘違いを呼び、散々な目にあった。 だがまぁ、とりあえずゾロのことを早漏と馬鹿に出来たし、シャレにならない程痛かったが、最後は気持ちよく射精できたので良しということにした。というか、もう忘れたい。こんなことは二度とするつもりもないし。何より、目的だった赤い玉が出てこないとわかったからだ。 「でも、処女は血が出るってのは本当みてぇだな」 「っ……黙れ!」 2005/04/18掲載 ※「ワンピ好きさんへの100のお題」より 確か、無料配布した話をお題用に書き直して、アップしたものだったはず。「赤玉伝説」(…)とかそういう感じのタイトルで。 |contents| |