ニオイ



 しまった、と思った時には既に遅く、故意ではないにしろ、出来上がってしまったその光景にゾロは一瞬、頭が痛くなった。何しろ、自分がこれから入ろうとしている湯船に赤い薔薇の花びらが浮かべてしまったのだから。
 およそ、薔薇風呂とは一生縁のなさそうだった男は、どうしたものかと、しばしその場に佇んでいたが、やってしまったものはしょうがないとしか言い様がなく、当然これといった解決策は見い出せそうになかった。
 さて。それではどうして、ゾロが入ろうとしている湯船に花びらが浮いているのか。
 答えは実に簡単である。事故という、不慮の出来事が起こったからだ。決して、ゾロが自ら進んで「お風呂に薔薇の花を浮かべて……」などとやったわけではない。
 風呂に入ろうとしたら、足を滑らしてしまい、そのはずみで棚に置いてあった何かのケースを湯船に落としてしまったのだ。
 そしてその何か、というのがこの赤い薔薇である。
 しかし、乾燥させた薔薇の花を湯船に浮かべてその香りを楽しむ、などということが思い浮かぶはずのない男は、何故そんなものが風呂場にあったのかなどまるでわかっていなかった。「忘れ物か?」くらいにしか思っていないだろう。
 けれども、それが女性陣二人の内どちらかの持ち物であることは、想像に容易かった。
 だが、全てが後の祭りだ。間違えて落としてしまったのだから。元に戻そうにも、花びらと一緒に入っていた何かの粉はお湯に溶けてしまったし、花びらは全部水浸しだ。
「まぁ、いいか……」
 結論。
 見なかった事にする。
 態とじゃないのだ。ジタバタしてもしょうがない。幸い、風呂へ入るのは自分が一番最後だし、黙っていればケースの中身を風呂に落としてしまったことも、そうそう気づかれることもあるまい。
 なので開き直ったのなら早速と、ゾロは冷えてしまった身体を温めるべく、ザブンと景気よく湯船に入った。
 しかし入ってすぐ、噎せ返るようなその花の香りに顔を顰めた。しかも、その香りを自分はどこかで嗅いだことがある気がする。
 赤いその花びらを一枚摘まんで鼻に近づけると、フンフンと、犬みたいにそのニオイを改めて嗅いでみた。ついでに、パクリと口に入れてみた。
「……」
 あまり、美味しいものではなかった。



 翌日。
「あれ? ゾロからロビンのニオイがする」
 そんなことを言ったのは、ニオイに一番敏感なチョッパーであった。
 その時になって、ようやくゾロは昨夜の香りの正体がなんなのか、気がついた。それと同時に黙っていればバレないだろう、そう思っていた昨夜の出来事が、呆気ない程簡単にバレてしまった。
「ロビンちゃんだとぉ?!」
「うん、おんなじ花のニオイがするぞ」
「おい、マリモ! てめぇ、それはどういうこった!」
 まさか移り香とか、そういうことじゃねぇだろうな、ロビンちゃんに何しやがった、不埒なことしたんじゃねぇだろうな、そんなことしやがったら蹴り殺すぞ、ていうかさっさと本当のことを白状しやがれ。
 などと、見当違いなことで大騒ぎするサンジのことはさておき。
「あの入浴剤、結構高かったのよ」
 と意味ありげにニッコリ笑ってみせるロビンと
「ロビン、もし取立てが必要なら私にまかせて。倍返しで取り返すから」
 魔女ならぬ、悪魔の囁きともいえるナミの言葉の方が、今は非常に重要だ。
 今も仄かに香るこの花のニオイの変わりに一体自分は何を要求されるのだろうか。考えただけで、ゾロの顔は必要以上に引き攣るのだった。



2006/07/05掲載
※「ワンピ好きさんへの100のお題」より

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