鬼のパンツ 誰がこんなことを考えたんだよ、とぼやいてみて、ああそうだ、俺だったよ……とウソップは思い出す。 どこか遠い目をしながら、なんでこんなこと考えちまったんだろうなぁ、と。おそらく30回くらいは心の中で復唱した。 しかし、後悔先に立たずの言葉通り、やってしまったものはしょうがない。あの時は、こんな風になるとは思ってもいなかったのだ。 今にして思えば「こうなる」という最悪の状態を完全に失念していた。最悪の事態を想定するよりも、最高にハッピーなことしか考えていなかったのだから。 その結果がこれだ。 タライの中の山のような洗濯物。 厳しい。切ない程、現実というのは厳しい。夢は儚く、まるでタライの中の石鹸の泡のようだと思った。 たった一日だけでよかったのに。そう、一日だけ。 「キャプテンの夢が……」 がっくりと項垂れた。 「一日船長?」 「ああ、一日船長だ!」 一日船長。 それはウソップが考えたゲームで、クジで当たりを引いた人だけがなれる、一日限りの船長のことだ。しかし、一日船長という名前からもわかるように、船長の権限は一日だけ。そして、ここからが重要なポイントなのだが、一日船長になった人間には他のクルーに命令する権利が与えられる。他のクルーは余程の事情がない限り、その命令には従わなくてはならない。 当たれば天国、外れは地獄。 しかも、確率からいって当たりが一人なわけだから、断然ハズレを引く確率の方が高いという、非常にリスクも高いゲームだ。だが、当たれば美味しい。 それをしようと、ウソップが言い出したのだ。 「馬鹿、何言ってんだ船長は俺だぞ」 「だから、ゲームだって言ってんだろ。当たりを引けばいいんだ、当たりを引けば。そうすりゃ、ルフィお前が一日船長だ!」 「なるほど、そうか」 「くだらねぇ……」 「おい、ゾロ。言っておくが、一日船長になれば好きなだけ酒が飲めるぞ」 「何?!」 「一日船長になれば、好きなことしたい放題だ!」 「いいなぁ、それ!」 「だろ? いいだろ、チョッパー!」 「私はいいわよ。面白そうじゃない」 「そうね、丁度暇だったし。いいんじゃないかしら?」 「ナミさんと、ロビンちゃんがやるなら、俺もやるかな」 その時のウソップは輝いていた。計画通り、仲間がゲームに参加してくれる。もう少し揉めるかも、と思っていたのに、割とすんなり話が通ったのだ。 「よっしゃぁ! 一日船長になったら、お前ら俺のことをキャプテンウソップって呼べよ!」 ものすごく張り切っていた。遂に、キャプテンウソップ様率いる海賊団が出来るのか、キャプテンウソップ様を先頭に大冒険が始まるのか、なんて。ウキウキした、ワクワクした。決まってもいないうちから、大はしゃぎだ。何しろお手製のクジ引き棒までちゃっかり、しっかり用意したのだから。 ここだけの話、イカサマ付きのを。 そう、計画通りだったのだ。そこまでは――― 「ちょっとウソップ、何やってんの。こっちに来て肩揉みなさいって言ったじゃない。製図、頑張り過ぎて疲れてるのよ」 「ナ、ナミさん! 肩揉みなら、おおおおお俺がっ!」 「サンジ君は、なんか飲み物持ってきて。喉が乾いたから」 「……はい」 「チョッパー、その洗濯物に全部アイロンかけてね」 「わ、わかった」 「ちょっとウソップ、何度も言わせないで。肩揉んで。それから此処にある本、ラウンジに置いてきて。番号順にきちんと並べるのよ」 そうなのだ。浮かれ過ぎてすっかり忘れていたが、この船でこの女にクジ引き、もといイカサマで勝てる相手などいなかった。 結果、一日船長の座はナミの物となった。以下、全員がその奴隷。 しかし、サンジは立場的にいつもと変わらない。恋の奴隷と自らも言っているし、やっていることもいつもと変わらない。ルフィとゾロに至っても、雑用を押し付けても余計な手間がかかるとわかっているのか、これと言って命令されることもない。いつも通り昼寝をして、いつも通りメリーの上で海を眺めている。 ロビンも同じく。特に何かを命令された形跡は見当たらない。 大変なのは、提案者のウソップ、それに巻き込まれたチョッパーぐらいだ。さっきから細かい仕事を色々命じられている。自分で招いたこととはいえ、涙が出る。 「ほら、早く肩揉みなさい」 足を投げ出し、ふんぞり返るその姿は、魔女というより 「鬼だな……」 さしずめシンデレラで言う意地悪な継母と姉であろうか。禍々しいオーラが見える、気がする。頭の上には角が生えてる、気もする。 「自分が言い出したことなんだから、一日船長の言うこときちんと聞きなさいよね」 その通りだった。その通りだけに何も言い返せず、ウソップはぐっと耐えた。 しかし、耐えながらも 「パンツ見えてんぞ…」 悔し紛れにそれだけは言ってやった。 勿論、直後に顔面へハイヒールの踵が突き刺さったが。 2005/05/27掲載 ※「ワンピ好きさんへの100のお題」より |contents| |