遭難



「そうかぁー、俺達遭難したのかぁー」
 と言ったのはルフィだ。
「そうなんだ」
 と答えたのはウソップだ。
「ちょっとアンタ達! くだらない冗談言ってないで、さっさと帰り道を探しなさいよ!」
 そんな二人を怒鳴るのは、無論ナミの役目である。

 海軍に追われ、三人がうっかり逃げ込んだ場所は鬱蒼と木が生い茂った深い森の中であった。
 無我夢中で追手から逃げ回ったまでは良かったが、気がつけば一緒に逃げたはずの仲間達と逸れ、その場に居たのはルフィとウソップ、そしてナミだけだった。
 おまけに、逃げ込んだ場所が場所だけに三人は迷ってしまったらしい。そのことに気がついたのは随分と走り回ってからだ。元来た道を帰ろうにも、どこをどう走ってきたのか誰も覚えおらず、周囲の景色にも見覚えがない。その時、ナミの頭に浮かんだのは「遭難」という二文字だ。
 つまり三人は、自分達がどこにいるのかさえ、わからなくなっていた。
「もう、どうしてこんなことになっちゃたのよ……」
 泣き言も言いたくなる。さっきからずっと、行き先もわからず、同じような場所をぐるぐると歩いているのだから。
 当然、地図や方角を示すコンパスなど持っていない。故に、勘のみで前へ前へ進んでいるのだ。しかも、道らしき道がないので草木を掻き分けて。
 日は傾き、それに連れて辺りもどんどん暗くなるのに、未だに此処がどこなのかわからない。時折聞こえる不気味な獣の泣き声や羽音が、その不安を更に煽っているような気がする。
「やだもう……熊とか猪とか出てこないでしょうね」
「恐ろしいことを言うなよ……」
「熊も猪も、どっちも美味そうだなぁー、腹減ったなぁー」
 しかし、どちらもルフィには全く効果がないようだ。
「大体、アンタ達が悪いんだからね。こっちに逃げるぞとか、適当なこと言って。一緒に付いて来た私までこんなことになって、どうしてくれるのよ!」
「んなこと言われたって、あの場合しょうがねぇだろ」
「しょうがないじゃないわよ! もう少し考えて逃げなさいよ!」
 そんな事を考える余裕があったら、今頃こんなことになってやしない、とウソップは思う。思うが、当然口に出して言えやしない。
「おまけに皆と逸れちゃって、これからどうすんのよ!」
「どうすんのって言われてもなぁ……おい、ルフィ! お前にも責任あるんだから、何か言えって」
「んんー、大丈夫じゃねぇのか?」
「またお前はそんな適当なことを……」
 その時だ。どこからか聞き覚えのある声が聞こえたのは。

 三人とも無事みたいね?

「え? ロビン?!」
「ロビン? え、ど、どこだ?」
「おお、ロビンどうした?」
 慌てて辺りを見渡せば、ハナハナの実の能力で木の幹に身体の一部を咲かせたロビンが、こちらに向かって咲かせた手を振っていた。その隣に目と口がある。
「此処から東へ行くと、皆がいるところに着くわよ」
「本当? 良かったぁ!」
「うおおお! 助かったー! どうなるかと思ったぜ」
 泣いて喜ぶ仲間達の姿に、ロビンはクスクスと笑うと行く先を案内するように手を咲かせた道を作った。
「こっちよ」
 暗い森の中に咲く白い手は、少々薄気味悪かったが、とりあえずこれで一安心だろう。仲間達と合流出来る。
「ロビンがいてくれて、ホント助かったわ。一時はどうなるかと」
「ホントだぜ。まぁ、俺様が案内してやっても良かったんだがな」
「な? だから俺が大丈夫だって言っただろ」
「……いつも思うが、お前のその根拠のない自信はどこから来るんだ」
 全くだ。しかも、その通りになるからすごいというか。感心もするが、呆れもする。ともかく、三人は無事に森の外へ抜け出すことが出来たのだった。
 しかし、その途中、ふとロビンが思い出したように尋ねた。
「そういえば、剣士さんともはぐれちゃったんだけど、一緒じゃないの?」
「ええ、私達だけよ」
「あら、じゃあ一人逸れちゃったみたいね」
「え? また?」
「またか……」
「しょうがねぇなー、ゾロのヤツは」
 そう、遭難したのはルフィ達だけではなかった。現在地より数キロ離れた森の中に、ロロノア・ゾロ、その人はいた。
 だが彼の場合、遭難とは言わず、人は何故か迷子だと言う。
「ったく、あいつは、目を離すとすぐこれだ。全くどこに行きやがったんだ」
 ルフィにだけは言われなくない、そう思っているはずの彼は、今日も今日とて迷っていた。



2006/06/26掲載
※「ワンピ好きさんへの100のお題」より

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