罪と罰 それは、偶然見つけたものだった。だから、サンジがそれを拾ったのも偶然だったのかもしれない。男部屋の隅に落ちていたそれ。 一枚の写真を。 初めてそれを見つけたとき、サンジは胸が締め付けられるような錯覚にとらわれた。小さく息を飲み、呼吸するのも忘れるくらい写真を見つめた。 すぐに気がついたからだ。きっと彼女がそうなのだと。この写真に写っている彼女がアイツの大切な人。ゾロが誓いを立てたという、たった一人の……。 胸のあたりをぎゅっと掴んだ。写真を持つ手も知らずに震える。 まさか、話でしか聞いたことがない相手が、こうやって自分の目の前に現れるとは思わなかった。 しかも、突然現れたそれはすぐに現実のものと受け止めきれず、頭の中がただ真っ白になるだけだった。何も考えられない。 それでも、後悔だけは押し寄せてきた。 なんで見つけてしまったんだろう。なんで拾ってしまったんだろう。 今更だとわかっていても、思わずにはいられなかった。なんで、どうしてばかりを繰り返す。 他の誰でもよかったはずなのに、何故、よりによって自分が拾ってしまったのか。 まるで、何かを見せ付けるようなその写真に腹が立った。悲しくもなった。嫉妬に似た感情だと思った。 否、これは嫉妬なんだ。 こんな写真一枚で、今更自分達の関係が変わることはない。それでも、自分が埋められないでいるアイツとの距離を、彼女はいともたやすく埋めている気がした。 なぜなら彼女は、こんなにも似ている。自分が少しでも近づきたいと願っているあの男に。アイツの持っているあの色に。 羨ましいと思った。 写真の中の彼女は可愛らしく、アイツの野望が叶うことを信じて疑わない、そんな目をしていた。きっと今も冷たいこの地で、彼女はアイツのことを待ち続けている。 気がつくと、溢れ出す感情そのままに写真を強く握り締めていた。 このまま破り捨ててしまおうか……。 卑怯にもそんなことを考えた。 アイツの目に触れさせず、何も見なかったことにしよう。初めからなかったことにするのだ。写真のことも、自分が嫉妬したことも、彼女の存在そのものも。 全て忘れてしまおう。 そしてまた今まで通り、埋められることのないアイツとの距離にもがき続ける。それが自分の気持ちを偽っている自分への罰で……。 フッと自嘲の笑みが零れた。そんなことできるはずもないくせに。バカだ、俺は。 サンジは写真をポケットへ仕舞うと、そのまま甲板へ続く梯子を登った。 船首で寝ている持ち主の元へ、この写真を届けてやろう。そして、いつも通り、嫌味のひとつでも言ってやろう。その方が、自分らしい。苦しくて苦しくてどうしようもないこの気持ちを押し殺す事ぐらい簡単に出来る。いつもしている事だ。 自分の心を見せるより笑ってみせる方が、ずっと楽だとわかっているから。 ゾロはいつものように船首近くの甲板で大の字になって眠っていた。 そっと近づき、顔を見下ろす。 (……ああ、やっぱり) 確信を持って、そう思った。よく似ている。写真の中の彼女に。 「オイ、これテメェのだろ?」 小さな声でそう言い、写真を胸元へそっと乗せた。出来れば起きて欲しくなかったからだ。詳しい話など聞きたくない。出来れば、すぐにでもその場から離れたかった。 なのに、寝てて欲しい男は目を開けてしまった。 こっちを向いた視線に、胸が高鳴る。同時に隠そうと思っていた感情がこみ上げてきた。驚きでもない、怒りでもない。悲しみにも似た感情が溢れ、叫びだしたいのを必死で押さえた。 さっき押し殺したはず気持ちが、零れてしまいそうになる。 「……ゾロ」 下唇を噛み、無理矢理口の端を吊り上げた。 「部屋で落ちてたのを見つけたんだが、ホントお前とそっくりだな。それが、お前の言っていた彼女なんだろ? 大切だっていう……。ったく、大事なものなんだからそこら辺に置かねぇで、もっとちゃんとした所に仕舞っておけよ」 いつもと同じ顔で、笑いながら言った。 これでいい。これでいいんだ。 「あんまり、彼女のこと待たせるなよ……」 伝えた声は震えてなかっただろうか。ただそれだけを祈った。 一枚の写真を置いて、サンジはラウンジの向こうへ消えた。寝起きでぼんやりとしたまま、見送った後姿。一人その場に残されたゾロは、渡された写真を手にとって見た。 そして、サンジの残した言葉の意味を知る。 写真、彼女、大事なもの。 そこに映っていたのは、ゾロと同じ緑色のフワフワした頭に、黒く円らな瞳が印象的な彼女 毬藻のマスコットキャラクター、『マリちゃん』 写真は音を立てて握りつぶされた。 2005/01/09掲載 ※「ワンピ好きさんへの100のお題」より 毬藻のマスコットといえば、まり○っこり。あいつが好きです |contents| |