海は広いな大きな 青く広い海の上にゆったりと漂う一艘の船。 GM号と呼ばれるその船は、現在、無風状態のせいで、前にも後ろにも進むことなく、その身を穏やかな波の上に任せていた。本日は、大変お日柄もよく、ポカポカと柔らかい日差しが降り注いでいる。暖かい陽気に包まれた船の上はいつになく静かで、平和という言葉で溢れ返っていた。 そんな静けさの中、ギィという小さな音を立てて、キッチンの扉が開く。 中から出てきたのは、暑いくらいの気温にも関わらず、黒いスーツをきっちりと着込んでいる男。傍目から見ると、非常に暑苦しい格好をしている彼だが、本人はいつもと変わらない涼しげな顔をして、口に銜えた煙草を揺らしながら、鼻歌を歌ってどこかへと歩いていった。 彼が向かったのは船尾の、とある場所。 窓や階段から比較的死角となっているその場所は、彼にとって、ある目的を遂行する際、非常に都合のいい場所だった。たまに、女性達がそこでパラソルを広げながら寛いだりするのだが、今日は誰もいない。 それでも、一応、辺りに人の気配はないかとぐるりと見渡す。右よーし、左よーし、前方よーし、後方もよーし。 周囲に誰もいないことをきちんと確認すると、サンジは慣れた手つきでズボンのジッパーへと手をかけた。 するとそこへ、同じように鼻歌を歌いながら、船尾へと歩いてくる男が一人。平和をこよなく愛する彼にとって、今日という日は、実に素晴らしい日だと言っても過言ではないらしく、その足取りはいつもより軽い。長い鼻を指揮棒代わりにして、実に楽しげに鼻歌を歌っていると、目的の場所に先客がいることに気がついた。 サンジも誰かが来た事に気がついたが、相手がウソップであること確認すると、すぐに前へと視線を戻した。 ウソップはサンジの立っているその場所から、心持ち少し離れた場所に立つと、やはりサンジと同じ様にオーバーオールのジッパーに手をかけた。 まさに晴天とも言うべき空の下、船の縁に佇む男達の姿が二つ。そして、そこから聞こえてくるのは小さな二つの水音。 どこまでもどこまでも広がる大きな海。 そう、広くて大きな水洗便所がそこにあった。 やがて、清清しい気持ちで用を済ませた男達は、ほぼ同時にジッパーを上げると、並んで海を眺めた。そして、互いに何も言わず、その場所から立ち去ろうとしたその時、青い波の間から、バシャッと大きな水音が聞こえてきた。 驚いた二人が音のした方を振り向くと、そこはまさに今、二人が用を済ませたばかりの場所。そこへ大きな水音をさせて浮かび上がってきたのは、緑の髪をした剣士だった。 海草のような髪をプカプカと海に浮かばせていたその男は、装着していたゴーグルを外すと、船の上から自分を見下ろす視線に気がつき、訝しげな顔をした。 無風状態だった三人の間に、静かに風が吹き始める。 微妙な汗をかいているウソップが、海に浮かんでいる海草男に一応聞いてみた。 「ゾ、ゾロ……お前そこで何してたんだ?」 その問いに、ゾロは眉間に皺を寄せると、ウソップの隣にいる男を睨みつけた。 「そこにいるクソコックに、夕飯の魚を捕ってこいって言われたんだよ」 忌々しそうに答えた彼の右手には、確かに大きな魚が握られている。活きがよくて美味しそうな魚が。 しかし、黙って魚を見ていたサンジは、目を細め、何かを考え込むように煙草を吸うと、小さな声で呟いた。 「今夜は、肉料理だ」 「あァ?!」 フザケンナとわけもわからず怒鳴り散らす男の声を余所に、隣にいたウソップは、何も言わず、サンジの肩に叩いた。 どこまでもどこまでも広がる大きな海、まさに晴天とも言うべき空の下。 穏やかな波の間で、怒る男が一人、船の上では、遠い目をした男が二人。 「海は広くて大きいよな」 広くて大きな海。 そんな海で、偶然とはいえ、とんでもない場所へと浮上してしまった不幸な男の怒鳴り声は、そよそよと吹く風に流されていった。 2003/05/20掲載 ※「ワンピ好きさんへの100のお題」より |contents| |