当たらずとも遠からず 「今月の占いは……と」 サンジは手元の雑誌をパラパラ捲ると、最後の占いのページを開いた。占いといっても、そこはそれ。どこの雑誌にもある星座占いだが、サンジは同じ店で働く従業員のパティにその雑誌を借りるといつもそこをチェックしていた。よく、朝のテレビ番組で今日の運勢は云々、というあれをついつい見てしまう、それと同じような感覚だ。 ページを開くと、すぐに赤い文字でデカデカと書かれた『恋愛成就必勝法(ハート)あなたと私の赤い糸伝説』なんて、いかにもなタイトルが目に入る。サンジはその下に書かれてある十二種類のイラストの中から魚の絵を選ぶと、早速そこに書かれてある内容を読んだ。 「今月のあなたには素晴らしい出会いが訪れます。そこであなたは運命の赤い糸で結ばれた相手に出会うはずです……ってマジで? その出会いを引き金にあなたの運勢は……」 サンジはびっちりと書かれた小さな文字を必死に目で追った。悪い事を書かれていると全く信じようとしないくせに、こと恋愛に関して運が良いとなると頭っから信じようとするタイプだ。 しかも、そこにはラッキーデーというものも書かれてあって、そこの日付が『一日』になっている。 「一日……てことは、今日か? 今日、運命の出会いが」 「おい、サンジ! 店に出てきたんなら、手伝いやがれ!」 厨房から聞こえたその怒鳴り声で、サンジはハッとした。従業員室の壁に掛けてある古ぼけた時計を見ると、既に仕込みを始めている時間だ。雑誌に夢中で、すっかり忘れていた。 「わーってるよ!」 慌てて雑誌を閉じると、すぐにコックスーツに着替え、サンジは雑誌を元あった椅子の上に戻すと、そのまま従業員室を後にした。 厨房に行くと、店のオーナー兼祖父のゼフが既に仕込みを始めていた。そういえば、今日は予約が五件程入っていた。店の予約表をチェックすると、サンジはゼフに倣いすぐにその準備に取り掛かった。 開店の時間が近くなれば、他の従業員も店に出てくるが、それまではいつもゼフとサンジの二人が大まかな準備をする。材料の下ごしらえ、テーブルのセッティング。それはサンジが店に勤めてから変わらずにしていることだ。身内を扱き使いやがってというと、身内だから扱き使うのだと言われる。 「おい、今日はそこが終わったらホールの方に出ろ」 「ホール? なんで俺が……ウェイターの仕事だろ」 「ウェイターは昨日辞めた。お前が変わりにいけ」 「辞めたぁ?! 今月に入って何人目だ、おい」 「そんなもん、いちいち数えてられるか。いいからとっとと準備しろ」 ゼフはそう言うが、おそらく五人以上は確実に入れ替わりしている。自分に厳しく、他人にも厳しいオーナーの元でそれに耐えられるような気骨のある人間はあまりいないのだ。それ故に、大抵がその厳しさに根を上げて辞めていく。 つまり、今回のウェイターもそれに耐えられなかったと、そういうことらしい。 別にそのことに関しての文句はない。辞める者に対しての同情もない。しかし、こんな風に急に辞められるとなると、話は別である。毎回毎回、ゼフと口論の末、翌日から来なくなるというパターンが多い為か、即興でサンジがウェイターになるパターンも増えている気がする。いや、気のせいばかりではない。確実に、ウェイター役が自分に回ってくる。 一応、これでも曲がりなりにも料理人の端くれだ、と自負しているサンジなだけに、嫌な役回りだ。一つでも料理を作って腕を磨きたいと思うのに、毎度拒否権なしで引導を渡される。 「だから、なんで俺がやらなきゃならねぇんだ。変わりの奴なんて他にもいるだろ」 「いねぇから、テメェに行けと言ってるんだろうが」 「あのな、ジジィ。俺だって……」 その時、ふとサンジはあの占いの記事を思い出した。 運命の赤い糸で結ばれた相手に出会う。 何かを暗示するようなその言葉。いつもなら、占いの記事など読んだその場で忘れてしまうのだが、何故か今この時にそれが頭に浮かんだ。 だから、ついつい考えてしまった。 いつも通り厨房なんかに篭りっきりで料理をしていれば、そんな出会いなど巡って来ないだろう。だが、ホールに出るとなると違ってくる。そういった可能性は多いに期待出来るはずだ。自ずとお客様との接触も多くなるし、外部との接触が増える。 つまり――― 「そういうことか!」 突如、叫ぶサンジにゼフが驚いて目を向けると、今度は「そうかそうか、そういうことか」としきりに一人頷いている。 そして、先程までの態度を一転させると 「クソジジィ、俺にまかせとけ!」 単純な思考回路の持ち主は、先程まであれだけ嫌がっていたはずのウェイターの仕事を意気揚揚と始めるのだった。 その姿をゼフが非常に訝しそうな目で見ていたことは、無論、本人の預かり知らぬことである。 「いらっしゃいませ、レディ」 「お待ちしておりました、マダム」 「今宵、貴女に出会えたことが、自分にとって一番の喜び」 「このワインは貴女に出会うため生まれてきたのでしょう。勿論、自分もあなたにお会いするために」 を、繰り返すこと十数回。 しかし、いずれも空振り。おかしい、と思ったのは十一人目のレディに声を掛けた辺りだろうか。今日は運命の相手と出会えるはず。なのに、どうしたわけかこれといった出会いがない。嫌になるほど、いつも通りだ。いつも通り、店の従業員とお客様の一線を越えられず、またのお越しを、と言って見送っている。 こんなはずでは。 そう思っても、また一人、また一人とお客様は帰っていく。このままでは、何もないまま店が終わってしまう。 オカシイ。 「またのお越しをお待ちしております」 そしてまた一人、清楚なワンピースに身を包んだお嬢様の後姿をお見送りした。 下げた頭をそのままに、やはりあんな占いを信じたのが馬鹿だったのだと、今更ながらに気が付いた。 大体、考えてみれば、全国に何万といる魚座全員が今日赤い糸の相手と出会うというなら、今頃あちこちで出会いが溢れているはずではないか。出会い系のイベントがあるわけでもなし、そうホイホイと出会ってたまるか、と思いたい。 それに、占い師の名前がだって怪しい。『細田 数の子』なんて、その辺からしてどうなんだ。どういうネーミングセンスだ。あんな占いを、数の子を信じる方がどうかしていたのだ。雑誌の片隅にあるおまけみたいなページの占いを信じた自分が馬鹿だったのだ。あんなのが当たるわけないだろうが。 やはり、占いなど信じず、信じるべきは自分だったのだと、我先に信じたはずの人間は、今、非常にネガティブな考えに浸っていた。 その時、「サンジー」と、どこからか自分を呼ぶ声がした。 「おーい、サンジ〜」 その間延びしたような声に振り向いてみれば、店の入り口にルフィ、ウソップといった顔ぶれが揃って立っていた。いずれも、サンジの部屋の隣のアパートに住んでいる面々だ。 「おめぇら、何しに来た……」 知らず、がっくりと項垂れる。占いを信じないと思ったばかりだか、まだ少し期待していた為の落胆だ。 「飯食いにきたぞ! それと、おめでとぉーだ!」 「おめでとう?」 「今日、サンジの誕生日だろ?」 「何言ってんだ、今日は一日……」 「今日は二日だぞ」 「あ? 二日?」 言われてから気が付く。 そういえば、今日は二日だ。予約表にそう書いてあったはずが、何故か一日だとすっかり勘違いをしていた。 「おいおい、折角皆で祝いに来たのに。本人が覚えてねぇのかよ」 「うるせぇ、長っ鼻。勘違いだ、勘違い。大体、テメェらに祝ってもらっても、ちっとも嬉しかねぇんだよ」 「あら、私が祝っても嬉しくないの?」 そこへ、ウソップの背後からオレンジの頭がひょっこり現れた。 「ナミさん?!」 目の前のウソップを突き飛ばし、サンジが駆け寄るとウソップの後ろにいたナミは可愛らしくニッコリとサンジに微笑んでみせた。その笑顔を見て、サンジの胸がキュンとなる。 ナミというのは、ルフィの隣の部屋に住んでいて、サンジが常日頃から口説いているキュートでミラクルな美少女(サンジ談)である。最近、ルフィとウソップを介してお近づきになったばかりで、目下、サンジの大本命なお相手だ。 それが今この場に。 「サンジ君がお仕事終わったら、皆で飲もうって思ってたんだけど、嬉しくないって言われちゃったし、どうしようかしら」 小首を傾げ、困ったように上目遣いで見るその顔に、サンジの鼓動はどんどん早くなる。頭に浮かぶのはまさに、お告げのあったあの言葉だ。本日の行動の起因になったあれだ。 あなたは運命の赤い糸で結ばれた相手に出会うはずです。 「何言ってるんですか、ナミさん! 貴女というレディに祝ってもらって嬉しくないという男など、この世には一人もおりません!」 数の子先生、あなたは素晴らしい。信じようとしなかった俺が馬鹿でした。まさか、最後の最後にこんな劇的な出会いが待っていようとは。 「そう、良かったぁ! じゃ、お店が終わったら、皆でお祝いしましょう。場所はサンジ君の部屋でいい?」 「勿論です!」 「あ、それから、その時のお料理は頼めるかしら?」 「お任せください!」 「じゃ、お店が終わる時間に皆で部屋へ行くわね。その前に、此処で少し食べて行きたいんだけど、サービスしてくれる?」 「喜んでー!」 心で叫ぶ、万歳三唱。しかも今日という日、自分の誕生日に出会えたことへ最高の感謝を捧げたい。 感涙し、大はしゃぎでナミを店の中へエスコートするサンジの横で 「主役のお前が使われて、どうすんだ……」 ウソップが尤もらしい突っ込みを入れたが、一方的な思い込みに酔いしれてるサンジには全く届いていない。今後も良い様に扱き使われるであろう、その相手にでれっと鼻の下を伸ばしていた。 まぁ、本人が幸せそうなんだからいいかと、そんな憐れんだ呟きも、やはり届いていなかった。 店が終わると、サンジはすぐに帰宅した。店から住んでいるアパートまで、徒歩で十分のところを、今日は五分で帰ってきた。皆が集まる前に、少しでも部屋を綺麗にしておこうと思ったのだ。 しかし帰ってきて早々、サンジは部屋の前で不信人物を発見する。 部屋の前にいたのは、愛しいナミさんではなく、緑頭の男。そいつが部屋へ続くドアを塞いで寝ていた。 ルフィの友達だというこの緑頭の男、ゾロとは先月知り合ったばかりだ。ナミと一緒に紹介された時は、ナミばかり気にかけてまるで憶えてなかった男だが、いつもルフィと一緒に飯を食わせてやってる内に、自然と憶えてしまった。 しかも、最近では、ルフィがいなくとも、何故かちょくちょくサンジの元へやって来る。口数が少なく、サンジ的には会話も弾まない面白味に欠ける相手であるが、頻繁に会うとそれにも慣れてきた。まぁ見るからに友達も少なそうな奴だし、何より自分の料理を美味いと言って食ってくれる態度は非常に良い。だから、サンジとしては多少の難はあれど、少しくらいは仲良くしてやってもいいかなぁと、思っている相手だ。 実は同年代の友達があまりいないサンジが、密かにそれを嬉しく思っていることは秘密である。 それが、今、部屋の前で寝ている。 どうしたものかと思ったが、どうするもこうするも、このままでは部屋に入れない。 「おい」 一応、最初に声をかけてみた。だが、全く起きる気配がない。 「おい、起きろ!」 次は肩をぐらぐら揺すってみたがやはり起きる様子はない。それでも粘って何度か揺すっていると、ようやく「んがっ」という妙な声を上げて目を開けた。 「なんでテメェが此処で寝てるんだ? ナミさんはどうした」 口早に問いただすと、寝ぼけ眼のゾロはバリバリと頭を掻いて「あー」とか「うー」とか唸った後、ルフィ達と酒を買いに行ったと答えた。 で、なんで此処で寝てたのかといえば、待っている間に寝てしまったらしい。春になったとはいえ、まだまだ寒い季節だ。その中で、よく熟睡出来るとある意味感心する。 「寒くねぇの?」 「そういや、寒ぃな」 「……お前馬鹿だろ」 「あァ?」 「いいから、さっさとそこをどけろ。中に入れねぇ」 サンジが部屋の鍵を開け、中へ入ると、勝手知ったる場所のようにゾロも後に続く。靴を脱ぐと、すぐに部屋の電気を点けた。 「そういや、誕生日だってな」 「おうよ、やっとテメェと同じ歳だ」 「へぇ」 「へぇ、じゃねぇだろ。他にあんだろ、おめでとうとか。言うことが」 「良かったな」 「それだけかよ、って……なんだそれ?」 「プレゼントに何か持参しろって言われた」 サンジが手渡されたのは、一本の缶ビール。 「これ、すげぇ温いぞ」 「温めておいたからな」 「……嬉しくねぇよ」 とりあえず、その辺に座っとけと、いつも指定席になってる場所を指すと、ゾロは大人しくそこへ座った。サンジは貰った缶ビールを冷蔵庫へ入れると、早速、店から貰ってきた余り物を使って酒の肴の準備を始めた。タッパーに詰め込んだ料理を皿に盛り付け、鍋に火をかける。 ナミさんを迎える、今日は記念すべき夜。おまけの野郎共ははっきり言って邪魔ではあるが、大勢で騒ぐのも嫌いではないから今日くらいはそれも良しとする。でも、いつかは二人っきりで過ごしたい。 そんなことを思う傍ら、ふと横目で隣を見ると、そのおまけの一人がテレビを見ながら寛いでいた。どちらがこの部屋の家主かわからない態度だ。 それに呆れつつも、こいつも一応は缶ビールという手土産を持ってきたことだし。今夜は特別に好物のイカ焼きぐらい作ってやるかと、サンジにしては珍しいことを思いついた。 それを肴に、あの男の好きな子の話なんかを聞いてみるのだ、と。 *** 「おい、パティ。もしかして、それ今月号か?」 「おう、さっき店に行ったら新しいのが置いてあったからな」 「じゃあ、その椅子の上にあるのは先月号かよ」 「多分な……おい! 何勝手に見てんだ! 俺が買ってきたんだぞ!」 「ちょっとぐらいいいだろ、最後の占いのとこだけ見せろっ」 「お前が占いって面か! 俺もそこが見てぇんだよ! おい、引っ張るな、破けるだろうがっ」 「お前こそ乙女座なんて似合わねぇ顔のくせしやがって! いいから、見せやがれ!」 深夜の店の従業員室。極悪コンビが引っ張り合うその雑誌のページにはやっぱり『赤い糸伝説』という、お決まりのあのタイトルが書かれてあった。 『今月の魚座』 今月のあなたの恋は更なる発展が望めそうです。そう、あなたは既に運命の相手と出会っています。相手はあなたの身近にいる人。あなたはまだそれに気が付いていません。今月はその人との距離がぐっと近づくはずです。そのチャンスを見逃さないで! 『ラッキーデー』 三月二日 『運命の相手の星座』 蠍座 2006/03/01掲載 ※GINY主催のサン誕企画へ提出、テーマは「赤い糸」 |contents| |