パンプキン騒動



「お菓子くれないと、悪戯するぞ」
 まんま。
 友達に教えてもらった通りの台詞を、ゾロは目の前の男に向かって投げつけた。
 これが言いたくて言いたくて、ゾロは今日急いで学校から帰ってきたのだ。いつもなら友達と遊びながら帰ってくる道を、ひたすら走って。
 何故なら今日はお菓子が貰える日。
 ハロウィンという行事を教えてくれた友達の話を、大分というか、かなり間違えた方向で解釈しているのだが、ゾロは単純に「お菓子が貰える」と喜んでいた。もしかしたら、一日一個と決められているケーキも、今日なら何個でも食べられるかもしれない。サンジに言えば、絶対に作ってくれるはずだ。
 そう信じて、ゾロはランドセルを背負ったまま、自宅ではなくその隣にある家へと直行した。そこがサンジの住んでいる家なのだ。
 サンジというのは、ゾロの家のすぐ隣に住んでいる不良高校生だ。高校生のくせに煙草を吸っている不良だ。そして、今、ソファに寝そべりながら電話している男だ。
 その男に向かって、ゾロはもう一度さっきより大きな声で言った。
「お菓子くれないと、悪戯するぞ!」
 ところが、相手はチラリとゾロに視線を向けただけで、お菓子どころか、ウンともスンとも言わない。いつもなら皺になるからと家では脱いでいる制服を着たまま、三人掛けのソファを一人で占領し、携帯を耳にあてて大笑いしていた。すぐ傍にいるゾロのことなんか、まるっきり無視だ。
 おそらく、電話の相手は女。ナミという名前でサンジがよく「エレガントでキュートでナイスバディ」だと褒め称えている女だ。
 ちなみに、ゾロはその女が嫌いというか、苦手だった。一度、サンジと一緒にいた時に会った事があるのだ。
 そして今、その女―――ナミとサンジは、ゾロを差し置いて楽しそうに電話をしているというわけだ。
 ゾロの口が自然とへの字になる。
「お菓子をくれないと、悪戯するぞー!」
 頭に来たので、ゾロはわざと電話口で叫んでみた。これだけ大声で言えば、きっとサンジも話すのを諦めるはずだ。
 すると、その狙い通りサンジは慌てて
「ごめん、ちょっと待ってね」
 そう言い置いて、手の平で電話口を押さえた。そして、ようやくゾロの方へ顔を向けてくれた。
 それに機嫌をよくしたゾロは
「ケーキが食べたい。苺がのったやつでもいい」
 欲しかったものを遠まわしな言葉ではなく、直接な言葉でお強請りした。
 しかし、返ってきたのは
「―――邪魔してんじゃねぇ」
 という地を這うような声と、並の子供ならビビッて泣き出すような凄みの訊かせた顔だった。
 だが、そんじょそこらの子供と違うゾロは、ビビるどころか更に強引に「ケーキ!」と強請る。
「見てわかるだろうがっ! 今電話中だ、電話中!」
「そんなの後でだっていいだろう! ケーキが先だ」
「いいわけねぇだろ! ガキは向こう行ってろ!」
「ガキじゃねぇ!」
「うるせェ、ガキ! 大人の話に口出しすんな!」
「だったら、悪戯するぞ! いいのか、すっごい悪戯だぞ!」
「ああ、しろしろ、好きにしろ。だから電話終わるまでおめぇは家に帰ってろ、クソガキ」
 そして、口答えするなとばかりに、サンジは廊下に続くドアをくいっと顎で差した。明らかに、ここから出て行けな合図だ。
 納得のいかないゾロの頬がぷぅーっと膨れる。折角、お菓子が貰えると思って、急いで帰ってきたのに。
「ぜったいに、悪戯してやるからな!」
 邪険にされ、拗ねたのか、涙目になったゾロは捨て台詞一つ残すと、ドタドタと部屋から駆け出して行った。
 残されたサンジは、しばらくゾロが出て行った方を見ていたが、やがて玄関のドアが閉まる音が聞こえると
「ああ、ごめんね。うん、そう、隣に住んでるガキ」
 携帯から聞こえる声へ意識を戻した。

「そうなんだ……ほら、隣同志で親も仲いいもんだから、おばさんが忙しい時とか俺の家で一緒にメシ食ったりして……いや、料理するのは好きだしね、うん……うん……まぁ、どっちも一人っ子だし、弟みたいっていうか……そんなぁ! 女の子と子供に優しくするのは紳士の礼儀だって」

 サンジは携帯を落とさないように器用に肩で押さえると、煙草に火をつけた。サンジ君って優しいのね、というあからさまなお世辞に「そんなことないよぉ〜」と、デヘデヘと照れた笑いを浮かべ、すぐにまたナミとの会話に夢中になる。
 しかし、ふと近くに灰皿がないことに気がついた。煙草に火を点けたのはいいが、肝心の灰皿がない。「うん、うん」と相槌を打ちながら、キョロキョロと辺りを見渡したが、生憎と灰皿の代わりになるものも近くになかった。キャビネットの上にジジィ専用のごついガラス製の灰皿があるだけだ。
 あれを取りに行くしかない。
 面倒だなぁと思いつつも、既に煙草から灰が落ちそうだ。仕方無しに、サンジは身体を起こして灰皿を取りに行こうとした。
 するとそこへ、バタンと勢いよくドアを開けてゾロが部屋へ飛び込んできた。
 サンジとしては、まさにナイスタイミングとしか言いようがない。目指すキャビネットはドアのすぐ横にあるのだ。
 サンジはすばやく電話口を押さえると、ゾロに向かって小声で叫んだ。
(その横にある灰皿、こっちへ持ってこい!)
 しかし、そんなサンジの言葉が聞こえなかったのか、聞こえたのに無視したのか、ゾロは両手を後ろに隠したまま、ズンズンとサンジの元へ歩いてきた。
(テメェ、灰皿持って来いって言っただろうがっ)
 また小声で怒鳴ると、携帯から「どうかしたの?」という声がした。サンジは慌てて携帯を持ち直すと
「いや、何でもないよ。明日の事だよね? 勿論、絶対に行くって」
 ガラリと声を変えて、ホクホク顔してみせる。明日どこかへ行くらしい。

「えっと……待ち合わせはどうする? うん、うん……じゃ、現地集合ってことで。あ、迎えに行こうか?」
「おい」
「え? 大丈夫だって、心配しなくても……」
「おい、サンジ!」

 次の瞬間
「お菓子くれねぇから、悪戯してやる!」
 言ったかと思うと、ゾロは後ろに隠していた何かをバッと上へ放り投げた。すると、黒い塊がボコンボコンと鈍い音を立てて、サンジの頭に落ちてきた。
 その塊の一つを、サンジは咄嗟に手で掴んでしまった。
 手を広げてみると、そこには掌サイズの―――

「……蜘蛛?」

 驚きで固まったサンジが、部屋中に響き渡る悲鳴を上げたのは、その三秒後だった。



 ***



「だからガキは嫌いなんだよ!」
 先刻、電話で「(女の子と)子供に優しい」と自画自賛をしていた男は吐き捨てるように、そう言った。
「今度こんな真似しやがったら、ミンチにして魚の餌にすんぞっ」
 おまけに、子供に対して、実に大人気ない脅し文句も言っていた。
 結局、ゾロが放り投げた蜘蛛は、ゴム製のおもちゃだった。三軒先に住む、友達のウソップから借りてきたらしい。
 しかし、大の虫嫌いのサンジにしてみれば、本物と同じくらいの衝撃を受けた。いや、本物以上だったかもしれない。悲鳴を上げてソファから転げ落ち、床に額を強打し、持っていた煙草で火傷を負い、サイドテーブルの足に弁慶の泣き所を打ちつけ、携帯の通話は―――切れていた。
 もう、悲惨としか言いようがない。
 勿論、ゾロはサンジが虫嫌いだということを知っている。知っててやったのだから。
「おい、聞いてんのか! きちんと返事しろ、返事」
「……おう」
「おう、じゃねぇ! 返事はハイだ! ハイ!」
「……はい」
 そして、そのサンジを恐慌状態に陥れたゾロはというと、現在、頭に大きなタンコブを作りながら、かぼちゃのケーキを頬張っていた。
 あの悲惨な状況から立ち直ったサンジは、その場で容赦ないカカト落としをゾロの頭上に決めた。勿論、説教付きで。
 そして、一通り大人気ない報復が終わった後、ようやく渋々といった感じで冷蔵庫の中からそれを出してきたのだ。
 実は、なんだかんだ言って、サンジはきちんとハロウィン用のお菓子を準備していたのだ。
「ったく、俺のクールなイメージがめちゃくちゃじゃねぇか。明日、もっかいナミさんに謝っておかねぇと…」
「ふーん」
「ふーんって、全部テメェのせいだろが! 俺のイメージぶち壊しやがって、反省しろ、反省!」
「俺の所為じゃねぇ」
「テメェ以外、誰がいるんだ!」
 だが、ゾロはフンと鼻を鳴らと
「違う、悪いのはサンジだ」
「ハァ?」
「サンジが俺を無視して電話してるからだ。だから、サンジが悪い」
 言い切った。
「けど、ケーキが美味いから許してやる」
「なんだそりゃ」
 何故か胸を張ってそんなことを言うゾロに、サンジの顔がポカンとなった。しかも、ゾロは、少しも悪びれることなくパクパク美味そうにケーキを食べている。
「やっぱり、サンジのケーキは美味いな」
 おまけに笑顔だ。
 やがてサンジは脱力したようにガックリ項垂れると、でっかい溜息をついた。
「だから、ガキは嫌いなんだよ……」
「ガキじゃねぇぞ」
「……ガキだろ、口の横にクリーム付いてんぞ」
「ん?」
「いや、そっちじゃねぇ、こっちだ、こっち」
「これ、もう一個食いてぇ」
「駄目だ。残りは夕飯食ってからだ。ちなみに、本日のおかずは魚料理に決定だ」
「げっ!」
「魚は骨があって食いにくいから嫌いなんて、ガキの証拠だな」
「嫌いなんて言ってねぇ……」
「そうかそうか、なら頑張って魚食え。悪い頭が少しは良くなるはずだ」
「……おう」
「返事はハイだ」
「はい」
 きちんと返事をして、ゾロは最後のスポンジケーキを口に頬張った。
「お、そうだ。ゾロ、俺にも何かお菓子を寄こせ」
「え?」
「Trick or treat だろ? お菓子くれねぇと悪戯すっぞ」
 そしてサンジはゾロに向かって、にーっと白い歯を見せて笑った。
 その顔にハッとする。サンジの目線の先は、ゾロのケーキ皿。そこには、最後に食べようと思って取っておいたオバケカボチャの形をしたチョコがある。
「あ!」
 しかし、それに気がついた時には、既に遅く。チョコは横から伸びてきた手によって、サンジの口の中へと運ばれた。
 横取りされたチョコがパリッと砕ける音がした。
「よし、悪戯は勘弁してやる」
 偉そうにそんなことを言う高校生を、ゾロは恨めしそうな顔で見上げた。

「ガキはそっちだろ」



2005/10/21掲載
※チビゾロ萌

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