それから ぼくのゆめ ぼくのゆめは、コックさんになることです。ただのコックさんではありません。すごいコックさんになるのがゆめです。じじいより、もっともっとすごいコックさんにぜったいなります。そして、じじいがびっくりするようなすごい料理を作ります。レストランをたてる所は、もう決めてあります。海が見える所にたてます。そこでおいしい料理を作って、みんなに食べてもらいます。 それからお金をたくさんかせぎます。お金をたくさんかせいだら、ぼくはナミさんをおよめさんにしようと思います。ナミさんはお金がいっぱいある人が好きだと言っていたので、ぼくはお金持ちのコックさんになります。そして、ナミさんをぜったいにしあわせにします。 *** サンジは宿題になった作文の用紙をキレイに折りたたむと、机の中の教科書と一緒にランドセルの中へ入れた。他に忘れ物がないかもう一度机の中を確かめると、ランドセルをひょいと背負って、チャイムが鳴り終わってまだ騒がしい教室を横切っていった。 窓側の一番後ろの席に行ってみると、ゾロが机に向かってまだ何かをしていた。 「なにしてんだ?」 サンジの声に手を止めて振り向いたゾロは、ちょっと待ってろ、と言った。 今日、日直だったゾロは学級日誌を書いているらしい。上から覗いてみると≪今日の出来事≫という欄に何かを書いては消して、書いては消してを繰り返している。 「しょうがねぇから、待っててやる」 サンジは背負っていたランドセルを床へ下ろすと、ゾロの前の席へと座った。ちらっと横目で見ると、ゾロはまだ≪今日の出来事≫に苦戦している。 いつだったか、そんなの適当に書けばいいんだよと言ったら、ゾロは適当にどう書けばいいのかわからない、と言った。まったく『ようりょう』の悪いヤツだと思う。 暫くの間、サンジはそんなゾロの様子を眺めていたが、段々それにも飽きてきたのか、机に掴まって椅子をガタガタと揺らして遊び始めた。しかし、すぐにゾロから揺らすなと言われてしまい、しょうがないのでまた椅子を元に戻し、大人しく終わるのを待つことにした。 ふと、ゾロが書いている日誌の下に作文の用紙が見えた。ずりっと日誌の下からそれを引きずり出してみると、そこにはたった一行、こう書いてあった。 ぼくのゆめは、大けんごおになることです。 「お前、これしか書いてねぇの?」 「なに見てんだよ!」 ゾロはサンジの手から慌てて作文を奪い取ると、そのままぐちゃっと机の中へ押し込んだ。 「勝手に見んな」 見られた事が恥ずかしかったのか、ゾロは怒った顔でそっぽを向いたが、サンジはサンジで、いきなり取られたことが面白くなかったのか、勝手に見たことに悪びれもせず、ゾロと同じような怒った顔をした。 「明日までにそれ書けんのか?」 「……書ける」 「字ィ間違えてたぞ」 「うそつけ」 「うそじゃねぇよ。けんご『う』のところ、お前、けんご『お』って書いてた」 ゾロはさっき机の中へ無理矢理押しこんだ作文を取り出すと、ちらっと見てみた。確かに、けんご『お』と書いてある。 「あと最初は一マス空けてから書きなさいっていつも先生が言ってるだろ。最後の『。』もマスいっぱいに○書くんじゃなくて、右隅に小さく書かないと変だぞ」 それからサンジは、どうすればそんなちょっとしか書いてないのに、そんだけいっぱい間違えられるんだと言った。 言われたゾロは皺になった作文を見ながら、むーっと口を尖らせる。そして、どうしてコイツはたまにこんな風にうるさく自分に言うのだろうと思った。母ちゃんみたいだ。一緒に遊んでいる時は面白いヤツなのに、時々こうやって自分にうるさく言うのだ。 「あとで直す」 そう言って、ゾロは皺になった作文を机の中へ戻すと、急いで日誌の続きを書いた。また色々うるさく言われる前にさっさと終わらせよう思ったのだ。 けれども、一生懸命≪今日の出来事≫に取り組んでいる横で 「お前、鉛筆の持ち方が変だぞ」 今度はそんな事を言われた。 こいつは本当に母ちゃんみたいだ、と思ったが、下手に言い返すと母ちゃん同様、もっと怒り出すので此処は一つ、自分が大人の『たいおう』というヤツをしなければならない。 なので、ゾロは黙って言われた通り鉛筆を持ち直すことにした。 「直したぞ」 「よし、いいぞ」 その偉そうな言い方にかなりムカつきつつ、これが書き終わったら憶えてろよ、なんてことをゾロは心の中で思った。 「これ、先生のとこに持ってくから」 「わかった」 ゾロが日誌を持って教室を出て行くと、サンジ一人が取り残された。ゾロが日誌を書いている間に、もう皆帰ってしまったのだ。 サンジは静かな教室の中で、椅子を斜めにして揺らした。さっき、途中で止めた分、今度は思いっきりやってやろう思ったのだ。迷惑かける相手もいないし。 しかし、暫くの間楽しく椅子をガタガタ揺らしていたが、ちょっとした弾みで反動をつけ過ぎたのか、前へ伸ばした足で床に置いていた自分のランドセルを蹴ってしまった。 「うわっ!」 しかも、最悪な事に蹴った拍子にランドセルのフタが開いて、中身を全部床にぶちまけてしまった。結構、勢いよく飛び出たのか、国語の教科書なんて遥か遠く、出口の近くまで滑っていった。 「あーあ」 散らばったノートや教科書を見てがっくりきた。折角きれいに入れてたのに。 「ちくしょぉ……」 自分の所為だとわかっているが、非常に面白くない。けれども、このままにしておくわけにもいかず、仕方なく、サンジはその場にしゃがみ込むと教科書やノートを拾っていった。 ゴミを落として、教科ごとに重ねる。そうやって順々にランドセルへ仕舞っていくと、最後に作文の用紙が残った。 なんとなくそれを手にして読み返す。 「ナミさんをぜったいにしあわせにします」 ナミさんは、サンジが大好きな女の子の名前だ。なので、きちんとこの作文が書けたら、これを読んで聞かせてあげようと思っていた。 ただこれで『かんぺき』なはずなのに、どうしても何かを書き忘れているような気がする。 サンジはランドセルを持って立ち上がると、作文の用紙だけ入れずに、ゾロの席へ戻った。 椅子に座ると、腕を組んでうーんと唸った。この後、自分はなんて書こうと思ったんだっけ。さっきはあまり気にならなかったはずなのに、一度気になってしまうと、どうしても書き忘れた何かが気になる。 うーうー言いながら、思い出そうとする。でも、簡単には思い出せなくて、組んでいた腕を解いて机に頬杖をついた。すると、コツンと肘に何かがぶつかった。ゾロの鉛筆だ。 あいつ、また出しっぱなしだ。そう思って、その鉛筆を手に取った。 「あ」 思い出した。 そうだった。大事なことなのに、すっかり忘れていた。 サンジはすぐに、その鉛筆で作文の続きを書いた。そして、これで自分の作文は『かんぺき』だと、ニコニコ笑った。 「終わった」 ゾロが職員室から戻ると、サンジが机で何かを書いていた。 「お前、なに書いてんだ?」 「作文。もう終わった」 お前の借りてたぞと言ってゾロに鉛筆を返すと、サンジはまたキレイに作文を折りたたんでランドセルの中へ仕舞った。 「よし、行こう」 すると、ゾロも慌てて帰り支度をした。渡された鉛筆を筆箱に仕舞って、机の中身もランドセルに入れる。さっきの作文は既に紙くず状態になっている。しかし、それを気にすることなく、ランドセルに無理矢理詰め込んでフタをした。 「今日は、逆上がり勝負だぞ!」 「わかってる!」 二人は駆け足で教室を飛び出す。 「お前は俺がいないと駄目だからなぁ」 「なにが?」 「なんでもねぇよ!」 首を傾げたゾロに、サンジは笑って鉄棒のトコまで競争だ、と言った。 二人は並んで走っていく。 *** それから、ぼくは大きくなってもゾロのめんどうをみます。ゾロはいつもぼくにめいわくばかりかけてるし、なんど言ってもさいごの「。」を大きく○と書きます。いっしょにあそびに行っても、すぐにまいごになります。たぶん、かいしょうなしだからだと思います。 だから、大きくなってもきちんとゾロのめんどうをみてあげようと思います。 2004/10/26掲載 ※ちっちゃな頃から世話女房 |contents| |