50番目のアヒル



 ロロノア・ゾロは夢を見ていた。
 アヒルに囲まれる夢だ。何故アヒルなのかわからないが、とにかくものすごい数のアヒルに囲まれていた。それこそ足の踏み場もない程、見渡す限りアヒルアヒルアヒルで、うんざりするほどアヒルだらけだった。
 しかも、そのアヒル達というのが、何故か一様にくるっと丸まった眉毛をしているのだ。どっかの誰かみたいに。挙句、くちばしに煙草まで咥えている。アヒルなのに。
 ますますどっかの誰かみたいだ。
 そして、しきりに自分に向かってこう言うのだ。
「俺達の質問に答えろクワ」
 最後の「クワ」は「グワ」だったような「グァ」だったような気もするが、その言い方というのが、やっぱりどっかの誰かにそっくりだった。命令形なとこなど特に同じ口調だ。
 当然、ゾロは非常に不愉快な気分になる。
 しかし、アヒル相手に怒っても仕方がないという人間らしい認識があったのか、ゾロには珍しく、怒ることなくアヒルを無視してどこか別の場所へ移動しようとした。
 すると間髪入れず、実に素晴らしいタイミングで顔面を叩かれた。いや、正確には蹴られた。水掻きのついた平べったい足の裏で、ベチっと。叩かれた鼻っ柱がヒリヒリして、涙も少し滲んだ。実はちょっと、シャレにならないくらい痛い。
 でも、まだ心のどこかで、アヒルのやったことだしと、そんなことで怒るほど自分の心は狭くないと思っているのか、ゾロは怒らない。
「ちゃんと人の話を聞け、このアホ頭のマリモ馬鹿が」
 そんなアヒルの台詞にもフッと鼻で笑う。そして、おもむろに刀に手をかけると

「たたっ斬るぞ!」

 かなり本気で怒鳴っていた。
 しかし、アヒルはそんなゾロのことなどおかまいなしに
「始めはこの質問だぞガァ、ちゃんと答えろグワ」
 なんてことを言っている。
 語尾が「ガァ」なのか「グワ」なのか、やはりはっきりしなかったが、勝手に話を進める気らしい。一羽のアヒルがよたよたとゾロの前に進み出ると一声グァーだかグワーと鳴き
「質問その1、サンジの好きな色はなんだ?」
 とゾロに尋ねた。
「は?」
「だから、サンジの好きな色はなんだ?」
「……知るか」
 すると、2番目のアヒルが変わりに出てきて質問した。
「質問その2、サンジの好きなネクタイの柄はなんだ?」
「……知るわけねぇだろ」
 すぐに3番目が出てきた。
「質問その3、サンジの好きな食べ物はなんだ?」
「知らねぇ」
 そして4番目。
「じゃ、サンジの好きな女のタイプ」
「俺に訊くな」
 アヒル達は一斉に、呆れたように溜息をついた。「なっちゃいねぇな……」と首をフリフリと横に振る。アヒルのくせに人間様の自分を、明らかに見下している。
 とりあえず、一羽斬ろう。うん、そうしよう。
 ゾロは先程の我慢が嘘のように非常にあっさりと、そんな物騒な決断をした。
 そもそもなんだその質問は。あのアホコックの好きな色やら女のことなどを自分に訊く方が間違っている。
 そんなゾロの心情を知ってか知らずか、次に前に出てきたアヒルが今度はお前でも答えられる質問をするぞと言った。
「サンジといつもヤってる体位」
「……」
「……」
「騎上位」
 しれっと答えると、またしても顔面にアヒルキックを食らった。
「そりゃ、テメェがやりてぇ体位だろ!」
 今度こそ、今度こそ。本当に頭のどっかがブチっと切れた。
 ゾロはもう一度、腰に差してある刀に手をかけると、その内の一本をスラリと抜いた。たかが鳥といえども、許せることと許せないことがある。大体、アヒルと体位となんの関係があるのだ。騎上位と答えて何が悪い。
 一羽といわず、手当たり次第に斬ってやると、ゾロはアヒル相手にかなりマジになっていた。非常に情けないといえば情けないことだが、本人は至って本気だ。
 が、以外にもアヒルは素早いヤツで、羽をバタバタさせながらゾロの刀を上手いこと避けて逃げている。そして、避けながら「刀振り回してないで、真面目に答えろ!」と怒鳴ってる。ある意味器用だ。
「あんな質問にどう真面目に答えろってんだ!」
「ガァー!」
「ガァーってなんだ! わかる言葉で言え!」
「さっさと、次の質問に答えろクワ!」
「あぁ?! 俺はもう答えねぇぞ! おい、聞いてんのか、このアホ鳥!」
 しかし、アヒルはゾロの言葉など無視して、どんどん話を進める。どんどん質問していく。やはりサンジのことばかり。
 サンジの好きなモノ、嫌いなモノ、苦手なモノ。サンジが使っているモノ、歯磨き粉の名前や、タオルの色など、こと細かく。
 それから、こんな時サンジはどう思っているのか、何を考えているのか、そんなことまで質問された。
 だが、ゾロは何一つ答えられなかった。サンジが何が好きで、何が嫌いで、何を思って、何を考えているのかなど、自分にわかるはずもない。
 だから当然、答えは全部「知らない」
 すると、やっぱりアヒルは馬鹿にしたように溜息をつくのだ。その度にゾロは腹を立てて、アヒル相手に斬りかかる。アヒルは逃げて、また違うアヒルがゾロに質問をする。けれど、ゾロは答えられない。アヒルの目が半眼になる。それにムッとする。そんな事を繰り返していた。
 でも、47番目のアヒルが「サンジの夢」を聞いた時
「オールブルー」
 ぶすっとした顔で、それでもきちんと答えると、アヒルがほんの少しだけ笑ったような気がした。



「ええっと……質問その47、48か? クワ?」
「おい、何度質問してもいいけどな。俺はあのアホのことなんか何にも知らねぇぞ」
「質問その48だ。お前はサンジのことで知りたいことはないのか?」
 初めて自分のことを質問された。サンジのことで知りたいこと。
 訊かれて、少し驚いた。一つだけあるからだ。でもそれは、自分が勝手に思っていることであり、答えが欲しいことでもない。
 だから、口から出たのは「ない」という一言だった。
 すると、すぐにそのアヒルは「嘘だろ?」と言った。顔に書いてあると。
「お前、サンジが自分のことをどう思っているのか知りたいんだろ?」
 図星を突かれて、憮然となる。
 その通りだ。一つだけ知りたかったことは、普段気にかけたこともない相手の気持ちだ。
 49番目のアヒルが問う。
「お前サンジに惚れてるだろ? だったら好きな相手のことくらい、もう少し知っておけよ」
 余計なお世話だ。
 知らない、だからといって何かを知りたいとも思わない相手だが、それでも自分はあの男が好きらしい。
 トマト味が好きだとか、使っているシャンプーが実は育毛剤入りだとか、見張り台から眺める海が一番好きで、一日一回はそこで煙草を吸っているとか。どうでもいい。
 アイツが作ったものならトマトだろうが、なんだろうが全部旨いと思うし、育毛剤入りとかいうアイツのシャンプーの香りは嫌いではない。二人で見張り台から眺める朝の海は、かなり気に入っている。たまのスキンシップが喧嘩かセックスのどちらかというのが難点だが、自分はそれでいいと思っているし、今の関係に満足もしている。
 答えないのを肯定ととったのか、50番目のアヒルが前に出てきて「俺で最後だ」と言った。ありがたい。
「お前はサンジのどこが好きだ?」
「どこ?」
「何も知らなくても、どっかが良くて惚れてるんだろ? どこが好きだ? どういうとこが好きだ? それをきちんと口に出して言ってみろ。そうすれば、お前が知りたいと思っていたことがわかるぞクワ」



 ―――クワ?

 目が覚めた。
 覚めてすぐ、あのアヒル共はどこに消えたんだとキョロキョロ辺りを見渡した。それからボンヤリした頭で、ああ……ありゃ夢か……と気がついた。それほどリアルだったような。
 ふと、自分の隣で寝ているはずの男のことを思い出した。
 夕べは、船を降りて宿に泊まったのだ。
 部屋を見渡すとサンジはすでに起きていて、ゆったりと椅子に座り煙草を吹かしているところだった。ふぃ〜と煙を吐き出す口元が、アヒルにそっくりだ。
 なんとなく、夢のことを思い出す。夢の中で、50番目のアヒルが言っていたこと。
 サンジのどこが好きなのか。
 それをきちんと口に出して言えば、自分が知りたいと思っていた答えがわかると言っていた。
「おい……」
 サンジを見た。頭の先から足の先までじっくり見た。
 知らないことだらけのヤツだが、自分はコイツのどっかが良くて惚れている―――はず。
(どこだ?)
 改めて考えると、難しい問題だ。知っていることといえば、身体の相性とアホだということぐらいで。考えれば考えるほど、本当に自分はこんなヤツに惚れてるのかと、そっちの方が余程疑問に思えてくる。
「……何見てやがる」
 呼びかけておいて、何も言わずただジロジロと自分の方を見てくる男に、サンジは顔を顰めた。しかし、そんなサンジのことなど無視してゾロはじっと見続け、やがて閃いた。
 自分はこの男のどこが好きなのか。
「おい……俺は……」
「あ?」
「俺は、お前の……」
「?」

「お前の尻が一番好きだ」

 蹴られた。



2004/07/16掲載
※オンリーのスペース番号が「アヒル50」だったので

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