愛より団子



 ロロノア・ゾロの好物の中に、実は小豆という項目がある。正確には小豆を加工した「餡子」が。
 だから必然的に大福とか団子とか最中とか羊羹とか、そういったお菓子が好物の中にランクインしていた。故郷の村で小さい頃によく食べていた事が好きな要因だろう。素朴で懐かしい味がするのだ。
 しかし残念なことに、この和菓子と呼ばれるモノが船で配給される頻度は非常に少ない。普段出されるおやつはケーキやクッキーといった類のものがほとんどだ。サンジはよくそれを意味不明な形容詞をつけた長ったらしい名前で呼ぶが、ゾロにしてみればどれもこれも同じに見える。しかもリクエストの優先権は常に女性達にあり、男達が聞かれる事は皆無といっていい。
 だが、洋菓子が主流になっている一番の理由は材料の入手が簡単だから、なそうだ。
 みたらし団子やおはぎが食べたい、と言ったら、そういったモノを作るための材料、小豆や団子の粉などは、滅多に売っていないとサンジに言われたのだ。しかも、値段が結構お高いらしい。その点、ケーキやクッキー等は一般的に売られている小麦粉から作るので、お手軽なんだそうだ。
 だから、たまに出てくる和菓子は非常に貴重で大切で、ゾロにとって一番の楽しみだった。和菓子が出てくるとその日は良い事がある、なんてマイ・ジンクスを作るくらい。本当に些細な事でも、あ、これは和菓子を食ったからだ、なんて思い込んでしまうくらい。
 とにかく、ゾロにとってそのぐらい思い入れが深く大好きな食べ物だった。
 だから、今日も良い日になるに違いないと思っていたのだ。



「今日のおやつは白玉善哉だぞー」
 冬島が近い所為か、最近は寒い日が続いていた。だからなのか、配られたおやつは、温かい善哉だった。サンジが鼻の頭を赤くした仲間達に配っている小さなお椀からは、白い湯気が見える。
 実は、前に立ち寄った島で小豆が手に入ったとサンジに聞かされていたから、いつ出るかいつ出るか、とゾロはずっと楽しみにしていたのだ。その待ちに待った日が今日。
 勿論、ゾロは大喜びだ。顔に出して喜ぶとガキ臭いので我慢して黙っているが、心の中じゃ大はしゃぎだ。本人は気づいていないが、密かに顔も緩んでる。
 「おら」とサンジに差し出されたお椀とお茶をウキウキと受け取ると、逸る気持ちを押さえ込み、フーフーしながらゆっくりと中身を啜った。
 思わず、ジーンとしてしまう。心まで温まる、ってのはこの事だ。
 やっぱり餡子はいいなぁ、なんてじんわりしながら、今度は浮かんでいた白玉を口に入れた。その時だ。
「……?」
 なんか―――なんか今、白玉から変なものが……変な味が……。
 モグモグとゾロは何度もそれを噛んでからゴクリと飲み込んだ。後に残ったのは、餡子とも違う、妙な甘さ。
 不審に思いながら顔を顰めて、じっとお椀の中身を見た。
 なんだろう。今さっき食べた中に、明らかに異質なものが紛れ込んでいた。正体はわからないが、この中にあってはならないモノのような何かが、確実にこの中に入っていた。
 なんだ?
 今度は、慎重に白玉を半分だけ食べてみた。
 食感は確かに白玉。しかし、その中からトロリと何かが流れ落ちた。お椀の真ん中に、ポトリと落ちたのは茶色の雫。
 ペロリとそれだけを舐めてみた。
「?!」
 途端、ゾロがカッと目を見開く。
 白玉から出てきたのは、全く予想もつかなかった甘い―――チョコレートだ。
「あの野郎っ……」
 その驚愕ともいえる事実に、ゾロのお椀を持つ手が震え出す。
 白玉は白玉だからこそ美味しいのに。真っ白で小さくて柔らかくって、それを大好きな餡子と一緒にズズッと食べるからこそ最高なのに。
 例えて言うなら、サンジをサンジのまま頂くから美味しいのと同じだ。あの生意気な男を生意気なまま辱めて、弄くり倒し、喘がせるから面白いのだ。白玉だってそれと同じで、いやちょっと違うかもしれないが、とにかく、白玉はあくまで白玉でなければならないのだ。それなのに、それらを一瞬で台無しにされた。
 これはあれだ、白玉に対する侮辱だ。白玉にチョコを入れるなんて、邪道もいいとこ、ゾロにしてみれば言語道断だ。
 仮にこれが料理人なりの考えがあってやった事だとしても、ゾロとしては決して許せぬ行為だ。簡単に入れていいものでもないし、入れたからと言って美味しくなるわけでもない。かえってチョコの甘さに腹が立つ。
 そう、さっきの例えと同じこと。サンジに突っ込んでいいのは自分だけであって、そこへ勝手にチョコなんてものを入れていいはずがない。いや、いいかもしれないが、それはそれで面白いかもしれないが、溶けたチョコを舐めたり舐めさせたりとか、すごく楽しそうだが、今問題とすべきはそこではない。
 堂々巡りの妄想をしながらゾロがゆらりと立ち上がる。
「許さねぇ……」
 白玉にチョコを入れるなんて、白玉にチョコを入れるなんて。
 自分がどれだけこの時間を、この瞬間を楽しみにしていたか。それをチョコなんかで台無しにされた気持ちがどんなものか、きっちり教えてやらねば。

 などと、般若の如き顔でサンジに迫ろうとしているゾロであるが、実は今日がバレンタインなる日であることは当然知らない。
 だから、恥ずかしがり屋で気難しい恋人が、ゾロにだけほんの少しの好意を見せようとそんな事をしたなんて、当然わかるはずもなく。
 それで結局どうなるかと言えば、複雑なサンジの恋心も知らず「テメェのケツにもチョコ突っ込んでやろうか、コラァ!」と怒ってるんだかセクハラなんだかわからん台詞を言うゾロにサンジがキれて喧嘩になるというお馴染みの展開が待っているわけで。でも、どうにかこうにか誤解が解けて、仲直りして、二人はチョコレート以上に甘ったるい事をしちゃうと。
 まぁ、そんな感じで今日も楽しい冒険の日々は続いているのだ。



2007/02/15掲載
※実はゾロは甘党(だといい)

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