あと少し、あと少し 急な斜面を重力の思うがまま、滑り降りていく。しかし、途中で木の枝に服を引っ掛けてしまい、サンジは一気にバランスを崩すとそのまま下へ転がるように落ちていった。 「いっ、てぇ……」 ドスンと尻餅をつくように地面へ着地。そのまま蹲るようにしていると、少し遅れてゾロが同じ斜面を滑り降りてきた。 「何やってんだ?」 サンジとは違って無事に平らな地面へ着地を果たしたゾロは、そこで蹲っていたサンジを見つけると、呆れたような顔をした。 「ほっとけ……」 「にしても、なかなか海岸線見えてこねぇな。ホントにこの方向であってんのか?」 「方向音痴のマリ藻は黙ってろ!」 一番言われたくない台詞だ。只でさえ、カッコ悪いところを見られてしまったというのに。もう一言二言八つ当たり気味に何か言ってやりたい。だが、今の自分達にそんな暇があるはずもなく、いつまでもそこへ居座るわけにもいかない。 サンジは立ち上がると服に付いた泥を払った。周囲をぐるりと見渡し、次に向かう方向を探す。 「今度は……あっちだな」 そこへ、一発の銃声が響いた。二人のすぐ脇にある木の幹がビシッと音を立てて穴が空く。 「クソッ、もう来やがった。おい、走るぞ」 「ああ」 「って、どっちに行く気だ、コラァ!!」 お約束通り、反対方向へ行こうとする男をサンジは慌てて引き止めると、船はあっちだともう一度方向指示しながら走り出した。 *** 「此処が海神様を奉っているという祠。此処で船乗り達は、今後の航海の安全を祈願していくんですって」 そう言って、ロビンが仲間達を連れてきたのは、確かに何かを奉っているに相応しい重々しい雰囲気のある場所だった。石を積み上げて作った柱が周囲に点在し、その中心に海神らしき石像が一段高い台の上へ置かれている。高台にあるその場所からは、海が一望出来た。 「じゃ、皆で安全航海祈願していこうかしら」 「おう! 野郎共、手を合わせろ! 一斉にお祈りするぞー」 ルフィが珍しく、船長らしい感じでその場を仕切り、全員がその石像の前へ一列に並んだ。パンと両手を合わせると、皆もそれに習う。 「せぇーの! 肉がたくさん食えますよーに!」 「「「肉がたくさん食えますよーに!」」」 ……。 「って、そうじゃねぇだろ!」 「そうじゃないでしょ!」 いつもの船長のボケに絶妙なタイミングでウソップとナミが突っ込みを入れた。最早、これはお約束と言っていい。 「まったくもう、航海の安全祈願だって言ってるでしょう。って、ゾロ! アンタも何寝てんのよ!」 そうなのだ。さっきからゾロは自分には関係ないとばかりに、少し離れた場所で柱に凭れながら寝ていた。というか、そこは柱というより何か別の祭壇みたいな場所だ。そこに足を乗せて寝ている。なんて罰当たりな。 そう思えど、船長からして未だ「肉を下さい肉を肉を……」と両手を合わせて見当違いなお願いしている。その辺りからしてどうなのか。おまけにその横ではサンジが「ナミさんとラヴ、ナミさんとラヴ」と呟くように祈っていたりする。 どう考えても、この三人は此処に来た意味を履き違えているとしか思えない。というよりわかってない。 駄目だこりゃ。 三人以外の誰もがその光景を見て思った時だ。突如、背後からバタバタと複数の足音が聞こえてきた。 「いたぞ! 麦わらの一味だ!」 海軍の制服を着た男達が大声で叫ぶ。 逃げろ、と誰が先に言ったのか。その声と同時に、仲間達は一斉に別々の方向へ向かって走り出していた。 *** 「絶対ェ、テメェの日頃の行いが悪いからだ」 「何が?」 「俺はな、テメェと違ってきっちりお願いしてきたんだよ。きちんとナミさんとの恋が上手くいきますようにってな」 「……航海の安全祈願じゃなかったか?」 「恋という名の航海の安全を祈願してきたんだよ! そのはずなのに見ろ、この状況を! なんでテメェと二人っきりで海軍に追われてんだ!」 「さぁな」 「さぁな、じゃねぇ! どう考えてもテメェの厄災がこの俺にまで降りかかったとしか思えねぇ、この諸悪の根源が!」 「言いがかりだ」 「なんだとぉ! 自覚のねぇことが罪だって少しは分かりやがれ! ―――っと、よし、ここまでくればいいな」 すると、急にサンジが立ち止まり「あれを見ろ」と前方を指差してきた。その方向へ目を向ければ、なるほど。木立の隙間から自分達の船が見える。 「ここまでくれば、いくら方向音痴のテメェでも一人で船まで帰れるだろ?」 「それがどうした」 相変わらずの物言いにゾロの眉間に皺が寄る。だが、それに反してさっきまで怒っていたはずの男は急にニコニコと笑い出した。正確にはニヤニヤだが。 しかも、海軍が追いかけてきているというのに、何故か立ち止まったままその場を動こうとしない。 「どういうつもりだ……」 「どういうつもりって、こういうつもりだな」 すると、サンジは不意打ちのようにゾロを引き寄せ、あろうことかその場でむちゅっとキスしてきたのだ。 「……っ?!」 驚いたのはゾロだ。この状況で何を、そう思って何か言おうとしたが 「じゃ、そういうことで。後はよろしく」 何かを言う前に唇が離れていき、今度は渾身の回し蹴りを喰らった。咄嗟の判断で直撃は防いだものの、当然その衝撃でゾロは吹っ飛ぶ。 「何しやがる!!」 しかし、身体を起こし怒鳴ってみれば、蹴りを入れてきた張本人は笑いながら後ろ後ろと何かを指差している。 「あァ?」 ふと嫌な予感がして恐る恐る後ろを振り返ってみれば、案の定、そこには海軍御一行様。 「……げっ」 「油断大敵。此処までの案内料にキスまでサービスしてやったんだから、後は一人で頑張れよぉー」 「フザケンなよ、テメェ!」 「じゃあな〜、俺ぁ先に船へ行ってるぜ」 まんまとゾロを餌に、自分一人悠々と逃げ出す事に成功したサンジは手を振りながら、ご機嫌で歩き出した。後ろから何か叫んでいる声が聞こえたが、無視して煙草を吹かす。 ところが、その歩みはものの数歩で止まる。目の前の茂みから人影が現れ、ざざっとサンジの前に人垣を作って、行く手を阻んだからだ。 「なっ……?!」 行く手を阻むのは、勿論、海軍御一行様。 ちょっと待て、どういうこったと慌てふためく様子に、ゾロが呆れたように溜息をついた。 「先行って、道開けとけよ……」 「なんで先回りしてんだっ?!」 畜生という怒声と轟音が同時に響く。 木々の狭間に見えるは夕暮れ時の空。茜色の中に浮かぶは、麦わらの海賊旗。近くて遠いあそこまで。 あと少し、あと少し。 同時刻、メリー号――― 「え〜〜〜、こちらウソップ、こちらウソップ。見張り台の上からゾロとサンジは見えましたか? どうぞー」 「こちらキャプテン。二人が見えました、どうぞー」 双眼鏡片手に、ルフィが遠くの二人の様子を見ていた。 「一緒に海軍も来てますか? どうぞー」 「いっぱい来てるぞ、どうぞー」 「やっぱりそうなのかよ……二人が着いたと同時に出航だな、こりゃ。おい、ルフィ! そっから手ぇ伸ばして二人のこと捕まえてこれないのか?」 「うーん……木が邪魔だなぁ」 「木が邪魔かぁ」 「そうだなぁ……あ!」 「ん? どうしたルフィ?」 「ゾロとサンジがチューしてんぞ」 「は?」 「だから、チューだ、チュー。キスしてるぞ」 「キスぅ?」 「あ! 今度はサンジがゾロのこと蹴った」 「は? 蹴った?」 「おう、サンジがゾロのこと蹴って……うわー、すげぇ海軍集まってきてんなぁ」 「……」 「はーい、皆。馬鹿なホモは置いてさっさと出航するわよー」 そして、船は動き出す。未だ二人は森の中。 ウソップは船の上から、森へ向かってご愁傷様とばかりに、そっと手を合わせた。彼らの今後に幸あらんことを。 合掌。 2005/12/14掲載 ※一周年記念、ご愛顧感謝 |contents| |